第153回 憑依日和
「ぐー」
中庭の大きな木の下で気持ち良さそうにお昼寝しているプリンを、
「……」
水晶玉を抱えてしゃがんでいるバニラは、何をするわけでもなくただただ無言かつ無表情でじ〜っと見つめていた。
「プリンさんが苦手なものは、運動に料理に牛乳に水にオバケですね」
その近くで、アセロラが眼鏡を掛け直しながらさらりと言うと、
「「……」」
オバケというワードにぴくっと反応を示したアオイとユウはほっといて、
「オバケ、ですか?」
リンは小首を傾げながら、いつもの口調で聞き返した。
「あァ、オバケって聞くといつもの冷めた態度が嘘みたいに動揺し始めるんだぜェ?」
そんな彼女に、やれやれといった感じで付け加えるポトフ。
「ふぅん、変なの。魔法がない私たちの世界ならまだしも、こっちは普通に魔法が使えるし魔物だっているんでしょ? それなら別に物がひとりでに動いたって不思議じゃないし、オバケみたいな魔物だっているんじゃないの?」
すると、ウララが不思議そうに意見をし、
「……。確かにそうだね」
そう言われてみれば、とミントがそれに納得した。
「てことは、入学初日の夜にプリンが見たって言ってたのは、魔物だったのかな?」
この学校での初めての夕食の帰り道、ふと姿が見えなくなった彼が戻ってきた時に口にした言葉を思い出しながらミントが呟くと、
「そうですね。俗に言うオバケのような姿をした魔物は、半透明の無定形からヒト型まで実際にいますからね。ちなみに、彼らに物理攻撃は効きませんが、彼らも僕たちに物理攻撃を加えることは出来ませんよ」
魔物の特性を補足しながらアセロラは頷いた。
「スケスケなんだもん、触れるわけないわよね」
腕組みをして頷きながら納得したウララは、
「いたとしても私たちにはなんにも出来ない相手なのに、何がそんなに怖いのかしらねぇ?」
にやりと笑ってアオイとユウに目を向けた。
「で、でも、取り付かれたりしたらどうするのっ?」
「そ、そうだ、アオイの言う通りだっ!」
その言葉に対抗するアオイとユウ。
「……。……取り付かれてる」
すると、バニラがぽつりと呟いた。
「「?」」
彼女の言葉に、騒いでいた七人は思い思いの表情で振り向いた。
「……取り付かれてる」
皆の注目を受けるなか、いつの間にかカードを手にしていたバニラは、再びぽつりと呟いた。
「悪魔の、人形」
そのカードが指し示す人物は、
「ぐー」
大きな木の幹に背中を預けてぐうぐうと眠っている、プリン。
「プ、プリンが取り付かれてる?」
驚いたミントが確認するように聞き返すと、
「……深すぎて、気付かなかった」
バニラはカードを魔法で消し、しゃがんでいた状態から立ち上がった。
「深い、と言うことは潜伏期間が長いということですね」
それを受けて、何やら病原体のような言葉を口にしたアセロラは、
「ミントさん、ポトフさん。今までにプリンさんに何か変わったところ……例えば、人格が変わったことなどはありましたか?」
プリンと一緒にいる期間が長いミントとポトフに質問した。
「! た、確かに!」
「あったよ――……って」
はっとしたポトフとミントがアセロラの質問に答えている途中で、
「バニラ?」
ミントは、バニラが水晶玉を大きく振りかぶっていることに気が付いた。
「取り付いた魔物が宿主を支配できるのは、宿主の意識が薄いとき。詰まり、怒りで我を忘れたときや」
アセロラは、バニラの変わりに説明した。
「寝起きです」
どごおっっっっっっっ!!
直後、バニラがプリン目がけて豪速球を投げつけ、鈍い音が辺りに響き渡った。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
間。
「……」
静寂のなか、バニラは水晶玉を取りにてくてくと歩いていった。
「ば、ばばばばば、バニラ?」
「い、今、すごい音がしたけど……?」
「ななな、何もそこまでやらなくてもいいんじゃねェ……?」
「……死んで、ないか?」
水晶玉をメジャーリーガーのごとくぶん投げたバニラに、ミントとアオイはおろか、ポトフとユウまでもが思わずプリンを心の底から心配した。
「……っ」
リンとウララが未だに開いた口が塞がらない状況下で、プリンはぴくりと反応を示し、非常にゆっくりと立ち上がった。
「「!」」
よかった生きてた! と皆が顔を明るくした直後、
「っ……いい……度胸だな……?」
ヘアゴムが千切れて解けたプリンの長い水色の髪が、風もないのにゆらゆらと動き出した。
それと同時に、彼を取り巻くどす黒いオーラと禍々しい魔力。
いつもはのんびりと眠そうな青い目は完全に据わっていて、長い前髪の奥で危険な光を宿している。
大切な枕を邪魔そうに投げ捨て、敵とみなした目の前の友人たちに、これ以上ないほどの殺気を放ちながら牙を剥く。
――今ここに、邪悪に支配された暗黒の美男子、
「「ご、ゴマプリン……っ!!」」
ゴマプリンが現れた。