第152回 脇役日和
体育祭を終えて、通常の授業に戻ってからしばらく経ったある秋の夜。
「おお! ピクルス三枚入ってるわ!」
夕食のハンバーガーの中にピクルスが三枚入っていたことに喜ぶ彼は、キャラメル色の短めに撥ねた髪と緑色の瞳をもつ、背は低めだが八重歯が素敵ななかなかのイケメンそばかす少年、タマゴ=サンド。
「……はい……」
その隣で、膝から下もそうであるが、肘から先は猫になっている手で器用に箸を使いこなし、サンマ定食をいただいている茶色の瞳の彼は、撥ねまくった短めの赤髪に黒い猫耳を生やし、頬にはご丁寧に三本ずつネコ髭を生やし、更にはお尻にある尾てい骨の辺りから黒くて長い尻尾を生やした半獣種族"ルポ族"の少年、サラダ=ヴァレンタイン。
何やら長々と説明されているが、彼らは新キャラではなく、これまでのスクールデイズの中でちょこちょこ登場していた人物である。
「やっぱバーガーと言うたらピクルスやな!」
ピクルスにかける情熱が半端じゃないタマゴが、むしろ肉の分をピクルスに変えて欲しいわ! とか付け加えながらハンバーガーに噛り付くと、
「……はい」
サラダは、サンマにポン酢をドボドボ掛けながら受け答えた。
「ん? お前、掛けすぎとちゃう?」
身を開いたサンマにドボドボとポン酢を掛けている彼に、タマゴがもぐもぐしながら疑問符を浮かべた。
「……はい」
ドボドボ
「いや、"はい"って。むっちゃ掛かっとるで? 大根おろし全滅やで?」
「……はい」
ドボドボ
「いやいや、だから"はい"じゃなくて。たぶんもぉそれ塩焼きした意味どころかサンマである意味なくなってるで?」
「……はい」
ドボドボ
「いやいやいや、だから"はい"やあらへんて。つかもぉ、こぼれてまうこぼれてまう」
そうして、サラダはポン酢を一瓶掛け終えた。
「お、おまっ……ぽんラーだったのか……っ?!」
マヨラーならぬぽんラーに戦慄したタマゴは、サンマが浮くほどポン酢を掛けまくったぽんラーの顔に目を向けた。
「……はい」
しかし、ぽんラーは、どこか別の場所に目を向けていた。
「……?」
空になったビンを傾けたまま一点を見つめている彼の茶色の瞳の先を、まさかまだ掛け足りないのか?! とか思いながら恐る恐る追ってみると、
「いただきまーっす♪」
そこには、オムライスを食べようとしているピンク少女が。
「……」
おめめパチクリ。
「まだ好きなん?」
タマゴのさらりとした質問に、
「?! にゃにゃにゃ、にゃにを言うてるんでっしゃろかでごわすにゃあ?!」
我に返ったサラダは、顔を真っ赤にしてそう返してサンマ定食に箸を伸ばした。
「って、なんですにゃこりはぁぁぁ?!」
「諦め悪いなぁ。ココアにはポトフって彼氏がおるやろ?」
サンマどころかお盆に載っているものすべてがポン酢まみれになっていることに衝撃を受けるサラダを受け流して、呆れたように小さくため息をつくタマゴ。
「……。……ぼく、戦います」
すると突然箸を置き、ポン酢定食を食すことを諦めた後に決心したように呟いたサラダ。
「ポトフと? やめとけやめとけ。自分、炎使いやろ? あいつの父親も炎使いで、青いバーンバニッシュ使うてるて話やで?」
どうやら赤い炎の上の青い炎が使えるらしいソラ。
そんなのが家族にいるヤツに炎使いが適うわけない、とバーガーを食べながら言っている途中で、
「て、もぉおらんのかい」
サラダがいなくなっていることに気付いたタマゴであった。
「……これ、どないすんねや?」
ポン酢定食を気に掛けながら、彼はサラダを追って駆け出した。
「……で、俺を?」
お代わりをしに席を外したのを見計らって呼び出されたポトフは、ローブのポケットに両手を突っ込んだままというふてぶてしい態度で質問した。
「は、はい! ですから、ぼくと戦ってください!」
「敬語かいな」
若干びびりつつもサラダが言うと、ただ一人の見物人のタマゴがさらりと突っ込んだ。
「……まァ、分からなくもないけどな」
すると、ポトフは小さく溜め息をついた後、
「ココアちゃんは、めちゃくちゃ可愛いからな」
「うわ出た彼女バカ」
「で、ですよね?!」
「って、お前も乗っちゃうんかい」
真剣な顔で言った後、サラダと同様にタマゴにさらりと突っ込まれた。
「だから、お前がココアちゃんを彼女にしたいって気持ちはよォく分かる」
「「……?」」
何やら予想に反して落ち着き払っている彼に、サラダとタマゴが疑問符を浮かべていると、
「けどな」
ポトフはまっすぐにサラダとの目線を結んだ。
「なんでそれが俺に決闘を申し込む理由になるんだ?」
そうして紡がれたポトフの質問に、
「はにゃ?」
サラダは、きょとん顔で小首を傾げた。
「例えばだ」
すると、ポトフは両手をポケットから出し、例え話を始めた。
「お前の彼女――……ごほんっ。おかァさんが、お前のおかァさんになりたいと言ってきたレディとの戦いに負けました。だからその人がいきなりお前のところにやってきて、今日から自分がお前のおかァさんだと言いました。さァ、お前はその人がおかァさんだってすんなり認められるか?」
「――! そ、それは……っ」
「おい、彼女をお母さんて言い直されてっぞサラダ」
ポトフの優しさを優しさのまま受け取ったサラダに、階段の柵に寄り掛かって頬杖をつきながら突っ込むタマゴ。
「詰まりだ。ココアちゃんと付き合いたいなら、ココアちゃん本人にそう言え」
「……!」
タマゴの突っ込みが聞こえていないのか、彼の言葉に目を見開いたサラダ。
「そ、そんなこと言って、万に一つって言うか兆に一つもあり得ないどころかあり得なさすぎけど」
「えらい控えめやな」
「ぼ、ぼぼぼくと付き合うとかそんなふうに取れなくもないような言葉をちょろっと口にしたような気がしてそそそそんなことになっちゃったとしたらどうするんですかっ?!」
「例え話に動揺しすぎや」
「そォすればいいだろ?」
「「――……え?」」
遠距離な突っ込みをかますタマゴと一緒に、再び疑問符を浮かべていると、
「他に好きな人がいるなら、わざわざ好きでもねェヤツと一緒にいる必要なんてねェだろ?」
ポトフはふっと静かに閉じた瞳を、
「無理やり引き止めて縛り付けるより」
再び開いて力強くこう言った。
「俺は、ココアちゃんが幸せになる方を選ぶ」
――瞬間、サラダとタマゴの視界上で、ポトフがきらきらと輝きだした。
「「か……かっこいい……!!」」
そして、きらきらの視線を彼に向けた。
「ポトフさん!」
「?」
「ココアさんと」
「末永くお幸せにな!!」
後、二人の恋を応援した。
「お、おォ……ありがとな……?」
二人からの熱い視線と声援を受け、取り敢えずお礼を言うポトフ。
「あ、あの、もしもよかったら」
「どうしたらそんなかっこよくなれるのか、教えてください!!」
おめめパチクリさせているポトフに、タマゴとサラダがお願いすると、
「お、おォ、俺でよければ……?」
未だ展開にいまいちついていけていない彼がぎこちなく承諾した。
「ほ、本当ですか?!」
「野郎には冷たいかと誤解してたで!!」
「や、別に野郎には全員冷たいとかじゃなくて。初めて会ったときから敵意向けられてたら仲良くする気にもならねェだろ?」
「にゃにゃ?! で、ではっ、ぼくらが悪かったのですね!?」
「ごめんなぁ、ワイらポトフみたくかっこよくないからひがんでただけなんやっ!!」
「! そ、そォだったのかァ?!」
「はい! あ、そう言えばお食事の途中で呼び出したりしてすみませんでしたっ!!」
「お詫びと言ったらなんやけど、何かおごらせてもらうなっ?!」
「マジで?!」
「「マジっす!!」」
「あは、ありがとォ!」
「「笑顔が眩しいですぜ兄貴〜!!」」
こうして、よく分からないがポトフに新たなお友達と弟子が二人出来たのであった。
――一方、その頃、
「ポトフ遅いねー?」
「お代わりにどんだけ時間かけてるんだろね?」
「ぷわ……。ミント、僕眠い」
「「……」」
「「じゃ、帰ろっか?」」
「うむ!」
いつまで経ってもお代わりから戻ってこないポトフはほっといて、寮に戻ることにしたミントとプリンとココアであった。