第142回 夏夜日和
「……やべ、なんか出そォ……」
と、顔色を悪くしたポトフがことの発端。
「お、オバケなんかいないっ!」
彼の言葉にプリンがそう切り返し、
「そー言えば、この山のもっと奥ーの方にある廃墟でオバケが出るって話だよー!」
ココアが楽しそうに話に乗ったもんだから、
「何を言ってるんだマイシスタ!? 可愛くてか弱い女の子が一人で夜間外出するだけでも危ないっていうのにその上ケダモノを連れて行くだなんてっ、お兄ちゃんは絶対の絶対の絶対の絶対の絶対の絶対に認めないぞ!!」
ケダモノ(ポトフ)と可愛い妹を夜にデートさせるものかと、突然彼らの部屋に現れたショコラが猛反対したので、
「だ、大丈夫ですよ、ココアのお兄さん。オレ――ごほんっ! ……わ、私もついていきますからっ♪」
ココアに目で訴えられた、ショコラに未だに女の子だと思われているミントが、女の子のふりして説得する羽目になり、
「ここだよー♪」
――現在に至る。
「わは〜、いかにもって感じだね〜?」
涼しげにくさむらで虫が鳴く夜、ココアの家の旅館に毎度のごとく来ていたミントとプリンとポトフは、ココアに導かれて山奥にやってきた。
彼らの目の前には、焼け跡の残る古い城が、いかにもと不気味な雰囲気を纏いながらそびえ立っている。
「うん。何十年も前にね、このお城、火グマに襲われてー」
ちなみに、火グマとは、ヒグマではなく、文字通り、火を吹くクマ、のような魔物のことである。
「周り一帯を巻き込んでの大火事。その時このお城の中にいた人は、みんな助からなかったんだってー」
と、目の前にそびえ立つ城が、現在の姿になった理由を説明した後で、ココアはプリンに目を向けた。
「ふむそうなのかそれは悲惨だったなテレポ――」
「そんなに早くお城に入りたいのー? もー、しょうがないなー♪」
「っぴわあ?!」
冷静沈着を装っていながら冷や汗を滝のように流し、テレポートでトンズラぶっこいてやろうとしていたプリンを、ココアはにっこりと笑って古城へと押し飛ばした。
バカァン!!
よってプリンは古城の扉を勢い良く開けて中に入り、
ドサドサドサ!
どのくらい強い力で押されたんだと思うほど転がっていったかと思うと、
「みみみみみみんとっ!」
彼なりに猛ダッシュでミントのところまで戻ってくると素早く彼の背中にしがみついてガクガクブルブル震えだした。
「あは……。大丈夫、プリン?」
彼の怯えように、苦笑いを浮かべるミント。
「てれっ、てれぽっ、てれぽっ!」
必死に瞬間移動魔法を試みるプリンであったが、テレポートは正確な計算と精密な魔力のコントロールが必要な魔法の為、冷静さの欠片もない今の彼には到底使用できそうにない。
「あはは、いつものクールさが台無しだねー♪」
プリン語と枕を除けば見た目も中身もクールな彼の、見事なまでの怯えっぷりを見て、ココアはお腹を抱えて楽しそうに笑っている。
「ほらほら、もうその辺にしときなさい、ココア」
泣くから、とミントはココアにプリンをからかうのをやめるように言った後、
「時に、お腹は大丈夫、ポトフ?」
何か出そう、と顔色が悪かったポトフに声をかけた。
「おォ、完全回復だぜミント♪」
夕食をちょっと食べ過ぎた為にそんなことを口にしたポトフは、あとで、結果として肝試しに行くきっかけを自分で作ってしまったプリンから、理不尽な制裁を加えられる羽目になったそうだが、それはまた別のお話。
「……」
そんな彼、
(やっぱり、ポトフはオバケよりも真っ暗になることが怖いのかな?)
特にオバケが出そうな古城に対して怯えた様子を見せていないポトフを見て、ミントはそんなことを思っていた。
(……もっとも、ココアの前でポトフがこんなふうになるわけないか)
こんなふうに。
「てれぽ、てれぽ……っ、おうち帰るうっ!」
古城に入る気満々の二人と帰る気満々の一人と中立な一人は、中立な一人を除いての多数決により、帰る気満々の一人を引き摺りながら、いざ、肝試しへ。
「みんと、おうち帰るっ」
帰る気満々の一人はもちろんプリンで、
「大丈夫だよー、オバケなんていないってー♪」
「そォそォ。まァ、いたとしても、ココアちゃんは俺が守るぜ♪」
入る気満々の二人はココアとポトフで、
「あは……一人じゃ帰れないんでしょ? でも、今オレとプリンが帰ったら」
中立な一人はミントである。
「ここがポトフのお墓になっちゃうよ?」
「縁起でもねェなミント」
「別にいいっ!」
「むしろテメェの墓にしてやっかコノヤロー」
「貴様ここになんの文句あるっ! 広いし静かだし見晴らし最高だぞ?!」
「立地条件うんぬんの話じゃねェよ」
「お友達もたくさんできそうだしねぇ」
「ってだから縁起でもねェってば」
と、古城に足を踏み入れたポトフが前を行く二人にさらさらと突っ込みを入れたところで、
ヒョオオオオ……!
「「!」」
古城が、啜り泣いた。
ガシィ!!
「「?!」」
直後、それぞれ背中とお腹をがっしり掴まれたので、ミントとポトフは驚いてそちらにバッと顔を向けた。
「「ヤー!」」
「……て、プリン?」
「なァんだ、ココアちゃんかァ♪」
そこには、引き続き泣きそうなプリンと、先程まで彼をからかっていたココアが。
よって、プリンにひっつかれたミントは苦笑いを浮かべ、ココアにひっつかれたポトフはご機嫌上々。
「あっは、大丈夫だぜココアちゃん?」
「そそ。ただの風だよ、プリン?」
「「風―…」」
ポトフとミントの言葉に、プリンとココアが顔を上げた途端、
バコォオン!!
「「ヤー!?」」
と古城の扉がひとりでに閉まり、
ボワッ!!
「「ヤー?!」」
次いで、ひとりでに廊下にあるすべての燭台に紫色の炎がともった。
「ヤー! ヤー! おばけヤー!!」
「……」
プリンに耳元で悲鳴をあげられ、煩いったらありゃしないミントと、
「ヤー! ヤー! おーそーわーれーるー!!」
「ちょ、待ってココアちゃんそんなくっつかれたらむしろ俺が襲っちゃ――」
ココアと違う意味で危機に陥るポトフ。
――直後、
「ちゃお」
彼らの目の前に、忽然と巨大な鎌を担いだ死神が現れた。
「「っ、ヤーーーーーーー!!!!」」
ので、それぞれミントとポトフの腕を掴んだプリンとココアは、古城の扉を突き破ってそのまま走り去っていった。
「……むう、ノックもしないで入ってくるわ、扉は開けっ放しで閉めないわ、夜中に騒ぐわ、ヒトの顔見て悲鳴あげるわ、挨拶もしないで帰っていくわで、失礼だな。ぷんぷん」
ガンガン小さくなっていく彼らを見送りながら、勝手にこの城に住み着いていた死神は、むくれながらそう呟いた後、彼らに再び開け放たれた扉を魔法でバコォオンと閉じて寝室へと帰っていった。