第140回 眼鏡日和
昼食の時間帯を少し過ぎて、生徒の数が減った食堂にて、
「ラーメン……ですか?」
「ええ。いけませんか?」
栗色ストレートの髪の少女、リンは、茶色くせっ毛眼鏡っこ、アロエがテーブルに運んできたものを見て思わず口を開いた。
「い、いけなくはないけど……あんた、眼鏡じゃない?」
すると、リンの隣に座っている狐色ツインテールの彼女、ウララも後に続いた。
「眼鏡をかけている人は、ラーメンを食べてはいけないのですか?」
すると、アロエはレンズ越しにその鋭く冷たい茶色の瞳でウララを見据えた。
「い、いや、だからいけないとかそういうんじゃなくって……」
「では、いただきます」
すると、両手を前に出した彼女がそう言ったので、アロエは遠慮なくラーメンをいただくことにした。
(あ、あのままでは、曇ってしまう、です……っ!)
(え、ええ、あのままじゃクールビューティーキャラが台無しに……っ!!)
などと、リンとウララが顔色を悪くして焦っていると、
「……。ヒトの食事を凝視されるのは、どうかと思うのですが?」
一口食べたアロエは、そんな二人にさらりと言い放った。
ので、リンとウララは慌てて謝る、
「「く、曇ってない……っ?!」」
のかと思いきや、顔を上げた彼女を見て、何やら別のポイントに衝撃を受けていた。
「当然です。何年眼鏡つけているとお思いですか?」
すると、アロエが再びさらりと言い放った。
(こ、この子、タダ者じゃないわ?!)
(め、眼鏡マスター、です……っ!)
ウララとリンは、何故か戦慄していた。
「……。あなた方の世界では、眼鏡をかけた人がそんなに珍しいのですか?」
何やらリアクションが大袈裟な彼女たちに、アロエが無表情で質問すると、
「い、いえ、そんなことはない、ですが……」
「え、ええ、まあ、コンタクトしてる人もいるけど、伊達眼鏡の人もいるわけだし」
完全に勢い負けしている二人は、控えめに答えた。
「そうですか。まあ、伊達眼鏡とかクソ食らえですけど」
その答えに、アロエはさらっと毒づいた後、
「なら、何故そのようにアロエを観察するのですか?」
再び彼女たちに質問した。
「え? いや、て言うか、伊達眼鏡……嫌いなの?」
すると、ウララに質問で返された。
「……嫌い、とまでは言いませんが、不快ですよね。こっちは眼鏡がないと生活できないからかけているのに裸眼で生活できるような方がかけているのを見ると。こっちは好きでかけてるわけではないのになんなんですかねあのお洒落感覚のエセメガネ? 眼鏡をかけたら外見がよくなるとでも思って」
((否定しておきながら、この子、伊達眼鏡大っ嫌いだー!!))
そう尋ねられるとアロエがぶつくさと伊達眼鏡に対する不満をながったらしく言い出したので、ウララとリンは、彼女が相当な勢いで伊達眼鏡を嫌っていることを確信した。
「あ、あのさぁ? 眼鏡が嫌なら、コンタクトにすれば―…」
「別に眼鏡は嫌いではありません。と言いますか、あなたはこの長年一緒に過ごしてきた体の一部を裏切るようなことをアロエにしろと言うのですか? そもそも何故コンタクトレンズというものに付け替えなきゃならないんですか? それは詰まりあれですか? 眼鏡を取ったら見栄えがよくなるというフィクション限定の設定を本気で信じて」
((そしてコンタクトも否定派だー!!))
などと、クールな筈のアロエがクールな口調はそのままにして熱く語っているのを目の前にして、ウララとリンが心の声をぴったり揃わせていると、
「と言いますか、"眼鏡を取った方が可愛い"とか誉め言葉になってないですよね。詰まりそれって暗に眼鏡をかけてたら可愛くないと言ってるんですよね? 詰まり眼鏡をかけた人そのものを否定して」
「あ、こ、ココア!」
「え? あ、ココア! 遅かったじゃない!」
食堂に帰ってきたココアの姿を発見し、未だにくどくどと語っているアロエの愚痴を遮って、リンとウララは彼女に向けて大きく手を振った。
「何なに? 彼氏に呼ばれたっきり帰ってこないから心配してたのよ?」
そして、眼鏡の話題をぶった切るべく、先程やって来たポトフに呼び出されたココアをいじろうとした。
「……れた……」
「え?」
――ところ、
「……振られた……」
ココアは、震える声でそう言った。
「え?」
「え?」
「ええええええええ?!」
「な、何かの間違い、ではない、ですかっ!?」
ので、ウララとリンはびっくり仰天し、
「……。何があったのですか?」
いつの間にやらクールダウンしていたアロエが静かに問い掛けた。
「……成程。あなたは彼に、もうあなたには迷惑をかけないと言われた後、じゃあまたねと別れの挨拶をされた、と?」
さらさらとした口調のアロエの確認に、ウララとリンの間に座らせられたココアは、うつむいたままそれを肯定した。
するとアロエは、
「よかったじゃないですか?」
さらりとそう口にした。
「「?! 何言って」」
ので、ココアを慰めていたウララとリンが食って掛かった。
「何故そう言われて悲しんでいるのですか?」
突き刺さるような冷たい声でそれを遠慮なく遮った彼女は、
「ポトフ=フラントは、あなたの願いを了承しただけではないのですか?」
と、言った後、手元にある器が気になり出した。
「――!」
その言葉に疑問符を浮かべた二人の間で、ココアは、はっとあることが思い当たった。
――それは、ひっついてくる彼を拒絶しつづけていたこと。
「……で……っ、でも、だって……」
「だって、なんですか?」
うつむき加減になった為、何故か悪役っぽい彼女の眼鏡が光を反射し、更に悪役っぽくなったアロエ。
「だって、付き合ったのはポトフが初めてだし、恥ずかしくってどうしていいのか分かんな―…」
彼女の言葉に、うつむいたままぎゅっとスカートの裾を握り締めたココアが答えた。
「――それは彼も同じなのではないですか?」
「え……?」
それを遮った言葉に反応して、顔を上げたココアに向けて、
「他の女性にココアさんのように拒絶されたことがなかった、詰まり、初めての経験だったから、分からなくなってしまったのではないですか?」
アロエはいつもの冷たい声を和らげてそう言った。
「……。だから……お別れ?」
すると、いつもは強気なココアが今にも泣き出しそうになったので、
「違いますよ。ココアさんは、彼の別れの挨拶の意味を取り違えているのです」
アロエは小さな苦笑いを浮かべながら、こう言った。
「振った相手に、"またね"なんて普通言いますか?」
と。
「……」
「……」
「……」
「「あ」」
そのことに、今更ながら気付いたのは、親身になってココアを慰めていたウララとリンと、ココア自身。
「あ、え? え? で、でも」
ちょっと待ってよ今本気で涙ぐんでたんですけど? と、ココアがだんだんと恥ずかしくなっていると、
「まあ、ポトフさんが普通でなかったら言うかもしれませんが。気になるのであれば、本人に直接確認してみたらいいのではないですか?」
アロエはふっと微笑んでみせた。
「う、ううううん! 私、行ってくる!」
すると、ココアは立ち上がり、勘違いであったのが嬉しいのかこの場にいるのが恥ずかしくなったのか、すぐさま食堂の外へと駆け出した。
「「お、おお〜」」
「……?」
ココアが見えなくなったところでパチパチと拍手を贈られたアロエが、疑問符を浮かべながら、拍手を贈っているリンとウララに顔を向けると、
「アロエ、すごい、です」
「ホントホント! 私も相談してみちゃおうかしらっ?」
見事にココアを復活させたことに対して、彼女たちはアロエに尊敬の眼差しを向けていた。
「何を言っているんですか? アロエは恋愛経験がまったくない上に」
そんな彼女たちに、
「アロエが手帳を見ないで言っていることは、すべて適当ですよ?」
アロエは、さらりとそう言った。
「……」
「……」
「「……え?」」
オイオイオイちょっと待って、さっきまで真剣にココアの相談に乗っていたのではないんですかい? 的な顔になったリンとウララを見て、
「……まあ」
アロエは、珍しく面白そうにふっと笑った。
「双方がこの上なく素直じゃないという厄介な関係にあるあなたと」
「へ?」
「それ以前にまず恋愛感情というものを持っているのかが定かではない相手が好きなあなたには」
「!?」
そして、ウララとリンに順に顔を向けた後、
「今後の発展は厳しいのではないでしょうか?」
疑問符を浮かべたウララとぽんっと顔を真っ赤にしたリンに向けて、いたずらっ子な笑みを浮かべてそう言った。
「え? え? どういう意味? ってか、リンに好きな人が――って、リン顔あっか?! え、え、え? ちょっとずるいわリン、誰のことが好きなのよ?!」
「いいい言わない、ですーっ!!」
「ふふ、応援してますよ」
そんなこんなで、異世界の友達が遊びに来た日のお昼は、ゆっくりと過ぎていくのであった。
……と。
……おやおや、ココアさんの話の辺りから気になってはいたものの、やはり完全に伸びてしまいましたね。激辛ラーメン。
……?
おやおや、これは失礼しました。
みなさんこんにちは。
前回に引き続き、ここは、"誰が喋っているでしょう"後書きです。
今回はアロ……あ、自分のこと呼べないことに気が付きました。
えー、テスト期間が迫る上に科目が多いことから、今更ながらひーひー言い出した為、七月の更新は難しくなるそうです。
ならなんでこの話を更新したのかって話になりますけれど、作者曰く現実逃避だそうです。
そんなことやってるから後で大変なことになるって、いつになったら学習するんでしょうね?
おっと、完全なる私事になってしまいましたね。
企画はまだまだ募集中ですので、そちらもどうぞよろしくお願いしますね。
では、ご縁があればまたいつか。