第137回 占い日和
たくさんの船が停まっているシャイアの港に到着すると、
「お手をどうぞ、バニラ様?」
「……」
こくり
フランが紳士的に差し伸べた手に、バニラはごく自然に自分の手を重ねて船から降りた。
「……」
そんな二人の後ろで、
『フランも魔物まろ』
――いや、確かにマロもそう言ってたけども。
『なんだよ、あのドラゴンとフランスパン! めっちゃ強いじゃねえか!』
――ルゥ様、あの手紙の"めっちゃ強い"は、ドラゴンマスターとしてじゃなく、フランそのものに修飾されていたのですか?
ミントは思考をめぐらせていた。
それもその筈、近所の奥様方に評判で、何に付けても紳士的で、料理が上手で家事も出来て非常に気が利いていて、
(……メルヘン崇拝者……)
の、フランが、先程、茶色の硬い鱗に覆われていて、大きな翼を背に持ち、鋭い牙が生え揃った口と蛇のような鋭い目を持った巨大な魔物――ドラゴンに変身したのだから。
「? どうしました、ミントさん?」
船から降りてこない彼に、フランはきょとん顔で声をかけると、
「へ? あ、や、なんでもないよ」
ドラゴンのイメージが若干崩れたミントは、引きつった笑みを浮かべながら船から降りた。
「ミントォォォォォ!!」
ガバーッ!!
……ところ、どこからともなく走ってきたポトフに飛び付かれた。
「無事だったんだなミントォ! 心配したんだぞォ!? 食事も喉を通らなかったんだぞォ?! 一睡も出来なかったんだぞォ!?」
「あー……うん。ありがとポトフ」
確かに食事を取る時間帯ではあったが睡眠を取る時間帯ではないという突っ込みよりも、今度柔道でも習おうかなぁ、とよく抱き付かれる彼は逆にその勢いを利用して相手を投げ倒すようなことを考えながら、ミントはこの上なく適当に心配してくれたお礼を言った。
「離して離して」
「ふふふ、やー♪」
「プリンかお前は」
ぺしぺしと腕の下に回された彼の腕を叩きながら、ミントがポトフと何か言い合っていると、
「! ……」
何かを感じ取ったバニラは、水晶玉を覗き込んだ。
ぽんっ
すると、水晶玉から一枚のカードが飛び出した。
ちょんちょん
「お?」
それをぱしっと掴んだバニラは、ポトフの服の裾を弱く引っ張ると、
「……」
こちらに顔を向けた彼に、無言で差し出した。
「?」
無言な上にまったく表情がない為、当然のごとく疑問符を浮かべるポトフ。
「……」
すると彼女は、相当口で説明するのが面倒だったのか、
さくっ
無言で彼のおでこにカードを刺すと、
すたすたすた
「あ、ま、待ってくださいバニラ様!」
無言でシャイア城に向けて歩き出した。
「……」
「……」
「「……」」
慌てて二人に一礼をした後に彼女を追っていったフランの姿が見えなくなった頃、
「刺さったァァァァァ?! なんか"さくっ"て俺のおでこにカードが刺さったァァァァァ!?」
「とう」
すぽっ
「そして"すぽっ"て抜けたァァァァァ!!」
ポトフが騒ぎだし、ミントが彼のおでこからカードをすぽっと引き抜いた。
セイクリッド国立魔法学校の食堂で、
「本当にサラサラストレートでいい髪だよねー?」
タマゴサンドをいただきながら、ココアが目の前の彼の髪の毛に目を向けた。
「私なんてこんなくりんくりんになっちゃうのに……シャンプーに秘密でもあるのー?」
と、くりんくりんな自分の髪とサラッサラなプリンの髪とを見比べながら尋ねると、
「む? 僕の髪は生まれつきこんなだ。それに」
彼は、彼女に向けてさらりとこう言った。
「シャンプーなんて、何を使っても変わらないだろう?」
「それは喧嘩を売っていると取ってよろしいでしょうかー?」
どうやら言ってはいけないことを言ってしまったらしいプリンに、ココアがにっこりと笑いつつ右手をグーにしていると、
「枕テメェ、ココアちゃんに手ェ出すなって言っただろォォォ?!」
ドカアアアン!!
「ぴわ?!」
ポトフの飛び蹴りが飛んできた。
「っ、何をする!? 僕は手なんか出していない!」
「何言って―…」
透かさず起き上がって抗議してきた彼の言葉を遮ろうとしたところで、
「……」
ポトフは、プリンの手が袖口より引っ込んでいることに気が付いた。
「っ、くァあァ……っ!」
心の底からあふれ出るどこにぶつけていいのか分からないようなどうしようもない感情に、ポトフが頭を抱えて苦しんでいると、
「あ、ミントー」
「む。ミントおかえり」
「ただいま」
こちらにやって来たミントに気が付いたココアとプリンが、彼と普通に挨拶を交わした。
「ねぇ、プリン、ココア、これ読める?」
「む?」
「? 何なにー?」
苦しむだけ苦しんどけ、と言わんばかりに、悶え苦しんでいるポトフをスルーして、ミントはプリンとココアにバニラのカードを見せた。
「あ! ミント、バニラに会ったのー?」
「え?」
すると、質問に首を傾げて答えたミントに、
「ココア、バニラのこと知ってるの? って言うか、なんで分かったの?」
「知ってるよー! 去年のハロウィンパーティで会った時に私もバニラに占ってもらって、その時にそれと似たカードをもらったんだもんー♪」
ココアはにこっと笑ってそう言った。
「……。でも、このカードの絵はちょっと不吉な感じだねー?」
「ええ?! バニラって、バテコンハイジュの生徒なの!?」
カードに描かれている絵を見て言ったその前の彼女の言葉に、何故にこの国のお姫様が隣国の学校に通っているんだと驚くミント。
「? そだよー? で、この文字は古代語だよー。私がもらったカードは、ムースに読んでもらったんだけどー……」
それをさも当然のことのようにさらりと流したココアは、このカードに書かれた見たこともないような不思議な形の文字の解読法について考え始めた。
「うーん、図書室に行って調べ―…」
「……。言霊の呪い」
直後、プリンがさらっと訳してみせた。