第136回 秘密日和
セイクリッド島を挟んだ二つの大陸を隔てている海洋に、派手というわけではないが、立派な船が走っている。
「国王様の自家用船……ということは……」
その船内に立つシルクハットボーイ、フランはあわあわと右手で口を覆った。
「あ、で、ですが、別にこの船に王国の印があるわけではありませんし、たとえこれが国王様の船であると分かったとしても、一般公表されていないバニラ様が狙われるなんてことは」
顔色が悪いながらも、プラス思考で話をうまい具合に持っていこうと試みるフラン。
「でも、ルゥ様の船に乗ったバニラの銀髪見たら、何か繋がりがあると思われない? オレたち、さっきまで甲板にいたわけだし」
彼の考えに対して言葉を返しているミントは、
「それに、バニラは海の向こうを見て誰かに呪いをかけようと―…」
重大なことを思い出した。
「?! そん」
「って、そだ! 帽子ぃぃぃ!!」
「な、って、ああもうっ」
なかなかスムーズに話が進まないことからか、帽子が風にさらわれたことを思い出して騒ぎだしたミントの頭に、フランはヤケを起こしたかのように自分が被っていたシルクハットを被せた。
「詰まり、バニラ様は何者かの敵意に気付いているかもしれないということですねっ?」
「へ? あ、う、うんっ」
帽子を被って安心していた彼にフランが確認すると、ミントはこくこく頷いた。
ガタン!
「「!?」」
直後、外で何かが落下した音が聞こえてきたので、ミントとフランは顔を見合わせてから駆け出した。
デッキに落下した水晶玉が転がって、壁にぶつかりその動きを止めたとほぼ同時に、
「……っ」
「おやおや、随分と攻撃的なお嬢さんだねぇ?」
右手で首を掴んでそのままバニラを宙吊りにした軽装の男が、ニヤニヤと笑いながら口を開いた。
「うふふ、あたしたちは別に危害を加えるつもりはないのよ、お嬢ちゃん?」
その後に、乗り付けた自分の船からゆっくりとこちらの船に乗り移った女が続く。
「あたしたちはただ、この船にある宝と食料をいただきに来ただけなのよ」
首を絞められているバニラの顔に、パイプから吸った煙をふぅっと吹き掛けながら。
「バニラ!!」
「バニラ様!!」
そんな見るからに悪役な彼女たちに捕らえられているバニラを発見したミントとフランは、驚いて彼女の名を叫ぶ。
「「あん?」」
すると、バニラと、彼女の首を絞めている男と、その隣にいるいかにも姐御な女と、彼女たちの周りにいるその他大勢の男たち――海賊がこちらに顔を向けた。
「……」
ちなみに、バニラはこんな状況でも無表情。
「って、こんな時でも無表情?!」
その表情に気付いたシルクハットミントが思わず突っ込むと、
「! いえ、見てください!」
別の何かに気付いたフランがそれを指差した。
「え?」
ので、ミントが疑問符を浮かべながらそれに目を向けた。
――そこには、"へるぷ"という文字が浮かび上がったバニラの水晶が。
(分かりづらっ!!)
と、素直な感想を抱いたミントの隣では、
「護衛を任されたというのにバニラ様が捕われてしまった挙句彼女の助けを呼ぶ声に気が付かないとは……っ!!」
フランが情けなさそうに、かつ、悔しそうに拳を握り締めた。
「いや、あれは普通に気が付かないって。しかも助けを呼んではないよね」
彼を落ち着かせようとしているわけでもなく、普通に突っ込みを入れるミント。
「っ、バニラ様から手を離しなさい!!」
勝手に盛り上がる節があるフラン。
「あら、カッコイイ。いいわ、離してあげる」
ズビシっと海賊たちを指差して言い放ったフランを見て、海賊船の船長らしき女がにこっと笑って応えた。
ドサッ!
「っ」
「「な――!?」」
船長の言葉通りに船員が手を離すと、バニラは当然のごとく落下した。
「「バニラ―…」」
「おっと、そこまでよ」
慌てて駆け出そうとしたフランとミントを制したのは、船長の一言と船員たちから向けられた銃口。
「三分あげるわ。その間にこの船にある宝と食料を全部渡しなさい」
動きが止まった彼らを見ると、船長は邪悪に口角を吊り上げ、
「このお嬢ちゃんを、返して欲しかったらね」
「っ!」
ヒールの高いブーツで、バニラを踏みつけた。
「お前―…」
見事な悪役っぷりを見せ付けてくれた船長に食って掛かろうとしたミントを、フランは右手を出して黙らせた。
「―…? フラン……?」
「……すみません、僕」
疑問符を浮かべてこちらに顔を向けたミントに対してかは分からないが、フランは一言謝った後、
「あまり気の長い方ではないんですよね」
向けられた銃口に構うことなく思い切り地を蹴った。
「「――?!」」
それにミントと海賊たちが驚くや否や、
ドガアアアアアアアン!!
一瞬で距離を詰めたフランの拳によって、バニラを踏みつけていた船長が海の向こうにぶっ飛ばされた。
「「!? キャプテン?!」」
海賊たちがそれに気を取られた隙に、思い切り空気を吸い込んだフランは、
ゴオオオオオオオオオ!!
「「――!?」」
比喩表現とかではなく、文字通り火を吹いた。
「……。口程にもありませんね」
海に背を向けたフランがそう呟いた直後、
ドパアアアアアアアン!!
彼にぶっ飛ばされた海賊たちが、豪快に水しぶきをあげて海に落っこちた。
「大丈夫でしたか、バニラ様?」
「……」
こくり
「そうですか。よかった」
その後、何事もなかったかのような問いに、何事もなかったかのようにバニラが頷くと、フランは安心したように微笑んだ。
――そんな彼を見て、
『フランも魔物まろ』
(……。……まさかドラゴンになろうとは……)
マロの言葉を思い出しながら、ミントは、ドラゴン化したフランにただただ驚いていた。