第135回 銀髪日和
青い空と青い海が果てしなく広がる海の上、潮風の吹き抜ける船矢倉に、銀と赤と緑が乗っていた。
「……」
こくり
しかし、それは別に三人いるわけではなく。
「……なるほど。詰まり、魔法に失敗したらオレがここに現れた、と?」
「……」
こくり
この結論に到るまでどれほどの時間がかかったのか、赤と緑、ミントは、銀、バニラが頷いたのを見ると、
「……さいですか……」
疲れたように船矢倉の柵に寄りかかった。
「えーと、バニラ、魔法が苦手なの?」
「……」
ふるふる
「? じゃあ、何か難しい魔法を?」
帽子が吹っ飛んだことを忘れているのか、赤と緑の髪を風に踊らせているミントが尋ねると、
「……」
少女はこくりと頷いた後、難しい魔法って? と聞きたそうな彼を見て、珍しく発声した。
「……。…………呪い」
と。
「……」
ので、思わずバニラのごとく無言になってしまったミント。
「……。え? 呪い?」
「……」
こくり
聞き返した言葉に文字通りおとなしく頷いたバニラを見て、
「だ、誰に呪いをかけようとしてたのさ?」
ミントは恐る恐る聞いてみた。
「……」
「……?」
その問いに、バニラは海の向こうに目を向けた。
「……」
「?」
その後に彼女が何も言わずに船矢倉の下、船の甲板に目を向けたので、ミントは疑問符を浮かべながらそれを追った。
「ご昼食の用意が出来ましたよバニラ様……って、ミントさん?」
「! フラン!?」
そこには、彼女、バニラを呼びに来たシルクハット紳士、フランが立っていた。
「え、フランを呪い殺そうとしてたの?」
彼から離した目をバニラに向けて質問するミント。
「……」
何故に"殺す"がプラスされたのか若干疑問に思いつつも、バニラはふるふると首を横に振った。
「……」
ひょい
「……?」
後、彼女はひょいっと頭の上に持っていた水晶玉を載せて、
「……」
船矢倉から甲板へ、梯子を伝ってスルスルと降りていった。
「……」
す、すげぇ、あの球体を載せたまま……と、思わず感心してしまったミント。
ちなみに、彼女が水晶玉を手放さない点については、よく似た例が身近にいるのでまったく不思議には思わなかった。
「……」
「ミントさんも、よろしければご一緒にどうぞ?」
彼が彼の友人であるねむねむボーイを思い浮べていると、水晶玉を頭から降ろしたバニラが船矢倉を無言で見上げ、フランがミントを食事に誘った。
「へぇ、魔法でそんなことが起きるのですか」
「うん。て言うかさ」
フランにことの成り行きを簡単に説明した後、
「何この優雅な昼ご飯?」
ミントは、目の前の大きなテーブルいっぱいに並べられた豪華絢爛なお昼ご飯を見てそう言った。
「そんでそれをバニラは普通に食べてるし」
ついでに、上品でいながらもごく自然に食事をしているバニラに軽く突っ込みを入れた。
「! や、やはり何かおかしいところがありましたか?! 僕、失礼のないようにと頑張ってはみたのですが……」
するとフランは素でショック。
あわあわとミントと昼ご飯とバニラとに視線を往復させた。
「いや、そうでなくて。て言うかフランってここまで料理上手だったのかと驚きつつ」
そんな彼を落ち着かせるべく、ミントはさらさらとそう言った後、
「なんでこんな豪華絢爛なのさ?」
と、まるで王宮で出されるような豪華絢爛なお昼ご飯について質問した。
「いえそんなもったいない……ええと、それに、国王様の大切なお姫様をおもてなしするには、このくらいしないといけないと思いまして」
豪華絢爛と言われて恐縮したフランは、困ったように笑いながらそう答えた。
「……」
「……」
「……」
間。
「……え? お姫様?」
さらっと言われた単語を聞き返すミント。
「え? ご存知ではなかったのですか?」
それを、更に聞き返すフラン。
「……」
「……」
「……」
間、再び。
「あ、で、では、これは秘密にしてくださいね?」
うっかり口外してしまったフランは、慌ててしーっと口の前に人差し指を立ててそう言った。
「ええええええええ?!」
「"しー"ですってばミントさぁん!?」
びっくらこいて思わず叫んだミントに、あわあわと思わず突っ込みを入れたフラン。
「いやいやいや、だってルゥ様結婚してないじゃんか?!」
彼にしては珍しい突っ込みを無視してミントが言った。
「え、ええと、国王様は年を取らない体であるからして子どもをつくることが出来ないのでしてそれでやむなく国王様のご兄弟のお子様を」
「……」
「はう?! すみませんすみません、これも"しー"でお願いしますミントさんっ!!」
びっくりミントに事情を説明している途中でバニラの無言の視線に気付き、またもや内部事情を口外してしまったフランは大慌てでミントに口を閉じさせた。
「……年を、取らない?」
彼の話を聞いたミントは、自分の今までの記憶を振り返った。
言われてみれば、記憶の中にあるルゥは、まったく姿が変わっていない。
――しかも、しょっちゅう"何歳ですかあなたは?!"と突っ込むと"永遠の12才でぇす☆"とか言っていた。
「……っ」
その事実に驚くよりも、今までそれに気付かなかった自分に驚いた上に、最後のいらないエピソードにミントが頭を抱えていると、
「……。…………写し身の、呪い」
バニラは、フォークとナイフを置いてぽつりと呟いた。
「え?」
それを、頭から手を離したミントが聞き返す。
「…………脱け殻は、年を取らない。術者の魔力が消えるまで、そのままの姿で生き続ける。そして、本当のルクレツィア=シャイアルクは、父の、セルシオ=ヴォルグランダム」
するとバニラは珍しく長い発言をした後、食事を終えた為か、自室へと帰っていった。
「……呪いを受けた父は、二度とルクレツィアには戻れない」
ぱたむ
「……」
「……」
バニラが部屋を出ていった後の数秒の沈黙を経て、
「……っ、な」
「な……っ」
「セル先生の子ども?!」
「バニラ様だって喋っちゃってるじゃないですかぁ!?」
ミントとフランは、お互いに話の筋から若干ずれた感想を口にした。
「って言うかなんでフランが内部事情をって言うかお姫様の護衛みたいなことやってるのさあ?!」
「お姫様であるバニラ様が悪い人たちに狙われないようになるべく目立たないようにとシャーンさんの代わりに僕が国王様の、この船のところに呼ばれて、その時にいろいろ質問したら国王様がぺらぺらーっと!」
「まあアイツはいろんな意味で目立つからねぇって言うか、かっる?! ルゥ様口かっる!?」
「本人曰く"聞かれなかったから言わなかったんだっちゃ♪"だそうです!」
「うわぁ、なんか無駄に腹立つなぁ!!」
と、何故か怒り口調で会話を交わした後、
「はぁ……はぁ……って、あれ?」
ミントは息切れの途中で、あることに気が付いた。
「なるべく目立たないようにしてるのに、ルゥ様の自家用船を使って大丈夫なの?」
彼の疑問文で、フランもあることに気が付いた。
「あ」




