第133回 お告げ日和
雨上がりの静かな午後、撥ねまくった赤い髪と、黄緑色の瞳と意外と整った顔をもつ彼、シャーンは、
「……ふう」
紅茶を片手に、久々の平和で普通な休日を楽しんでいた。
『アイ』
『アム』
『『メルヘン!!』』
『む〜!』
「……」
庭から聞こえてくる変な声と、
「いびき〜、いびき〜」
「……」
"いびき〜"という変ないびきを掻きつつ、ブリッジの体勢で目を開けたまま昼寝をしている嫁を除けば。
「いびき〜、いびき〜」
「……」
明らかに不自然な点が多すぎる、緑色の長い髪を三本の三つ編みにしている眼鏡をかけた彼女、ジャンヌを極力気にしないようにしながら紅茶をいただくシャーン。
彼は、彼女に突っ込みを入れることは切りがない上に無駄だということを、長年の経験上分かっているのである。
「寝返り〜、寝返り〜」
だから、ジャンヌが"寝返り"と言いながら寝返りを打って逆ブリッジの体勢になっても、
「鼻提灯〜、鼻提灯〜」
"鼻提灯"と言いながら鼻で提灯を膨らませていても、
「寝言。むかしむかしあるところに白髪チビとその従者の短足がいました。彼らは公衆トイレに出かけたところメルヘンなマフィアに右側頭部を」
"寝言"と一言断ってから謎の物語を語り始めても、彼は断じて突っ込まな、
「お前百パー起きてるだろってかメルヘンなマフィアってどんなだってか鼻提灯は鼻息で膨らませると思われるものなのにどうやって喋りながら拡大縮小させてんだよってかブリッジ大好きだなお前ってか寝てるんなら目を閉じろよってか眼鏡外してから寝ろよフレーム曲がっちゃうだろおおお?!」
……いと思ったら、どうやら我慢の限界を超えてしまったようだ。
「っはぁ……っはぁ……」
一気に突っ込みを入れたせいか、息切れ気味になりながら、知らず知らずのうちに立ち上がっていた彼はゆっくりとイスに座った。
「いびき〜、いびき〜」
「ってまだやるか?!」
が、ジャンヌが再びいびきを掻き始めたので、シャーンは再び突っ込んだ。
ガチャ
「まろ〜! おやつの時間まろ〜♪」
『む〜!』
「マロ様も夢魔様も、ちゃんと手を洗ってくださいね?」
「はーい♪」
『む〜う♪』
そこへ、メルヘン特訓をしていたマロと夢魔とフランがやってきた。
「あ、シャーンさん。紅茶のおかわりをどうぞ」
「お? お、おう……どうもな」
手を洗った後に空になっているティーカップを見たフランは、手慣れた様子でカップに紅茶を注いだ。
「……? っ!」
後、
「め、メルヘンすぎですジャンヌ様ーーー!!」
逆ブリッジの体勢で目を開けたまま寝ているジャンヌに食い付いた。
「……」
あんないい子なのにもったいない、とか思いながら、シャーンは彼に淹れてもらった紅茶を一口。
「フラン、おやつ―…」
『む〜―…』
すると、手を洗ったマロとむぅちゃんがやって来て、
ぱちんっ
「んあ、ミントの兄弟つくるわよシャーン!!」
どうやら先程まで本当に寝ていたらしい、鼻提灯が弾けたジャンヌは、すっくと起き上がって仁王立ちしながらそういった。
「ぶっ?!」
「……」
「……」
『……』
彼女が切り出した唐突な話題に、紅茶を飲みかけていたシャーンが思わずそれを噴出させ、マロとフランとむぅちゃんが固まった。
「ごっ、ゴホッ……っ何言って」
「だから、ミントの兄弟つくるわよ」
むせながら聞き返してきたシャーンに、さらりと言い返すジャンヌ。
「え……え……っと……」
「ま、まろろ……、まっ! まろ、アイスが食べたくなっちゃったまろ! フラン、買いに行こうまろ?」
「そ、そう……ですね! では、僕たちはこれで」
「ご、ごゆっくりまろ〜」
『む、むむ〜!』
話の内容的に、慌てて退散したフランとマロとむぅちゃん。
「五時までには帰ってくるのよ〜?」
「「は、はーい」」
『む〜う』
ガチャ、ぱたむ
そうして二人と一匹がいなくなると、こちらに向き直ったジャンヌは、
「さあ、張り切ってつくるわよ!」
腕まくりしながらそう言った。
「いや、待て? だから、何を作る気だ?」
彼女を落ち着かせるように両手を前に出したシャーンが尋ねると、
「だーから、ミントの兄貴をつくるのよ」
「いやどう考えても無理だろそれは」
ジャンヌがそう答えたので、シャーンは迷わず突っ込んだ。
「そんなの、やってみないと分からないじゃない?」
「いーや無理ですね。どうやったらいきなり18歳以上の子どもが出来るんですか」
「フフン♪ そこは気合いと根性とメルヘンがあれば朝飯前よ!」
「どんな解釈をして"メルヘン"って名詞を使ってるんだお前は?」
「だす・めーあひぇん」
「いや、本場っぽく発音されても」
そんな具合にさらさらと言葉を交わした後、
「……大体、なんでそんなこといきなり言い出したんだよ?」
シャーンは、頭を抱えつつ小さな溜め息をついた。
「パッパラパーの神様のお告げがあったからよ!」
「なんだそのいかにも頭がおめでたい神様は?」
しかし、彼女は彼に休む暇を与えてはくれない。
「"おめぇ、ガキいっぺ? あんちゃんこさえたほーがえーど? でねーと、おめぇらにいぐないことがおきっと?"って!」
「そしてなんで妙になまってるんだよその神様?」
「だからウチ、そいつみたいなミントの兄貴をつくることに決めたの!!」
「むしろお前がパッパラパーだな」
なんだかめちゃくちゃなことを言うジャンヌを前に、ガンガン頭が痛くなるシャーン。
「てなわけで、いくわよっ☆」
「オー♪ っていやちょっと待て!? 爽やかなノリだったからうっかり乗ってしまったけどちょっと待て?!」
左手を振り上げたジャンヌは、右手を振り上げたシャーンの左腕を右手でしっかと掴むと、彼の静止も聞かずに、彼を自分の部屋へと強制連行した。
ぱたむ
「……」
「……」
部屋の扉が閉まり、訪れたのは、沈黙。
「……」
その沈黙を守ったまま、ジャンヌは戸棚へと歩を進めた。
「! ジャンヌ、お前……!」
そして――。
「ぷわ……ねむね、む?」
雨が止んですっきりと晴れたお昼すぎ、ようやく目を覚ましたプリンは、窓をつついている一羽のフクロウに気が付いた。
「む。ミント、お荷物」
「へ?」
窓を開けると50センチ四方の箱をフクロウから渡されたプリンは、その箱に書いてある宛名を見て友人を呼んだ。
「オレに?」
「うむ」
彼に呼ばれてポトフとのチェスを中止してこちらにやって来たミントに、プリンは頷きながら荷物を手渡した。
「……? なんだろ?」
自分に荷物が届くような覚えのないミントが、疑問符を浮かべながら箱を開けると、
"親愛なる我が息子へ。彼があなたのお兄さんよ"
"兄弟が出来てよかったな。仲良くするんだぞ"
と、ジャンヌとシャーンの文字で書かれたカードと、
「……」
取り敢えず、誰が見てもブサイクと形容できる粘土で作られた人形が入っていた。
ぱたむ
「? 何が入ってたんだァ?」
無言で箱に蓋をした彼を見て、ポトフが小首を傾げながら尋ねると、
「バカとアホの結晶」
愛の結晶もしくは汗と涙の結晶とは雰囲気は似ているものの、意味合い的にはとても似つかない言葉を用いた後、ミントは振り向きもせずに彼のお兄さん入りの箱を後方にあるゴミ箱に投げ捨てた。
英語のテスト終わったー! なノリで書いたら、こんなわけのわからない話に仕上がりました☆←