第131回 吉日日和
「ストップ」
「まろほぉ?!」
飛び付こうとしたところをミントに後ろから見事に猫掴みにされ、マロはおかしな声を発する羽目になった。
「ゴホッ……な、何するまろ、みんとん?! 邪魔しないでまろ!」
襟首を掴まれることで若干絞まった首を押さえながらも、マロがミントにそう言うと、
「見なさい」
彼は、すっと目を細め、彼女に前方を見るように促した。
「まろ?」
何やら落ち着き払った表情で落ち着き払った声を出した彼に従い、マロは前方に目を向けた。
「むぅちゃんっ!」
「くっそゥ、一体誰がこんな酷いことを?!」
その先には、ズタボロむぅちゃんの近くに膝をついたプリンとポトフの姿があった。
「あれは、オレがあなたの動きを止めると、ここぞとばかりにあなたから逃げた二人の姿です」
「ま――?!」
ミントの言葉に、目を見開いて固まるマロ。
「プリン=アラモードには十年以上も前から正式な婚約者、かの有名なジェラート社の社長令嬢であるムース=ジェラートが。ポトフ=フラントには彼が毎日のように口説き落としている上にミスウサギさん寮のココア=パウダーが。詰まり二人には既に心に決めた女性がいるのです。ですから彼らのことは、諦めなさい、諦めなさい……」
落ち着き払った口調で、まるで催眠術のようにミントが彼女に言い聞かせると、
「そ……そんな……そしたら……っ」
うつむいたマロは、震えたような小さな声を発した。
「まろがミス魔法学校になればいいんだまろね!!」
「オレの語り総無視だなオイ」
後、バッと顔を上げたマロが、とんちんかんなことを言い出したので、ミントは悟りキャラを放棄した。
「あのねぇ? どこをどうしたらそんな結論にいたるのさ?」
呆れたように溜め息をついたミントが、呆れたように尋ねると、
「だってだって、ここっちがミスウサギさん寮なんだまろ? だったら、まろがミス魔法学校になれば、まろの勝ちまろ!」
爛々と顔を輝かせながら、マロはそう答えた。
ちなみに、ここっち=ココア。
「勝ちって……て言うか、そもそもマロは魔法学校の生徒じゃないじゃんか?」
そんな彼女に、ご尤な指摘をするミント。
「まろ〜! 燃えてきたまろ〜! やってやるまろ〜!」
聞いてないマロ。
「そうと決まれば思い立ったが吉日まろ! 早速ミスコンを開くまろ〜!!」
ミントの腕から離れてぴょんっと着地したマロは、ミス・コンテストを開催する為、どぴゅーんと魔法学校に向けて走っていった。
「……。いい天気だなぁ」
ので、ミントは青く綺麗な空を見上げ、諦めたように呟いた。
『む〜』
「お?」
「む?」
「ん?」
そんな彼の後ろで、洞窟の奥から聞こえてきた鳴き声に、むぅちゃんを回復し終えたポトフとプリンと、彼らの回復魔法を見ていたアオイが反応した。
『むぅ』
すると洞窟の中から、ビニール傘を頭に載せた夢魔が出てきた。
「! むぅちゃんが増えた!」
それを見て、プリンがぱあっと目を輝かせ、
「あ、もしかしてそれ、僕の傘?」
アオイが見覚えのある傘に気が付いた。
『むぅむぅ』
「わあ、ありがとう」
こくこくと頷いた夢魔を見て、アオイがそれを受け取ると、
『む〜』
と鳴いて、夢魔は洞窟の中へちょこちょこと帰っていった。
「むぅちゃんの洞窟……!」
「この辺りにもむゥちゃん以外のむゥちゃんがいたんだなァ」
『む〜』
その後ろ姿を見ながら、きらきらに目を輝かせるプリンと、むぅちゃん以外の夢魔がいたことを初めて知ったポトフと、その夢魔と同じように鳴くむぅちゃんと、
「……」
雨でしっかり濡れている傘を見つめて、何かを心配して表情を曇らせるアオイであった。
ザーザー降りの雨の中、
「……」
傘もささずに道に立っている彼女は、当然のごとくびしょ濡れに。
「ん? りんりん?」
栗色ストレートの髪が雨水のせいで更にストレートになっている彼女、リンのところに、バッグを頭に載せて雨を凌いでいるくせにゆっくりと歩いてやって来た彼は、ブレザー姿の死神。
「どうしたんだ? 風邪引くぞ」
そう言って、死神は自分の頭に載せていたバッグをリンの頭の上に載せた。
傘だったらよかったのに。
「……」
頭に載せられたバッグの重みも手伝ってか、リンはずっとうつむいたまま。
「……。わっといずとぅどぅ? ゆーうぃるきゃっちあこーるど」
ので、死神は何故か英語で言い直した。
「……あんの、腐れピエロ……」
すると、リンはかすかに音声を発した。
「? ぱーどぅんみー?」
「ワタル!!」
引き続き、がーいこーくじーんな死神が、バッと頭の上に載せられたバッグを払ってギッとこちらに顔を向けた彼女に対して、
「おーう、雨ニモ負ケーズ」
と、よく分からない反応をすると、
「リンを、あの腐れピエロのところに連れていってください、ですっ!!」
いつもは無表情なリンが、珍しく怒りを露にした様子でそう言った。
「ずぁーつおぅけーい」
彼女のお願いを、死神は発音よく了承して、どこからともなく巨大鎌を呼び出した。




