第125回 ちび日和
夜の薄暗い校舎を歩きながら、
「コーラを切らしちゃうなんて、オレとしたことが、だよ。まったく……」
コーラを持ったミントは、自分に対して呆れたように呟いた。
「ただいまー」
そうして寮に戻った彼が、彼の部屋のドアを開けると、
「ぐー」
いつものように、友人のいびきが聞こえてきた。
「……ん?」
が、首を傾げるミント。
「プリン、声高くなってない?」
そんなことを言いながら、ミントが彼の元に移動すると、
「って」
「ぐー」
そこには、いつものような体勢で眠っているプリンがいた。
「え? あれ? 何ゆえ縮んでるのさプリン?」
ただし、元の身長から、100センチメートル以上縮んでいる状態で。
「――はっ!? まっ、まさかプリン、全身真っ黒な人たちのなんか悪い取り引き現場を目撃しちゃって背後から近づいてきたその人たちの仲間に何か鈍器的なもので殴られて気絶している間に毒薬を――?!」
と、何やら危険な推測をミントがしている途中で、
『ェ〜ん……ふえェ〜ん』
どこからか、泣き声が聞こえてきた。
「これでよし……って、え?」
何故だかは分からないが、ちっちゃいプリンに眼鏡をかけさせたミントは、その声に反応して振り向いた。
『ふえェ〜ん……ごほこほっ……ふえェ〜ん』
泣き声は、どうやらお風呂の方から聞こえてくるようだ。
「……」
まさか。
「ぽ、ポトフ? 開けるよぉ?」
嫌ーな予感がビシバシ伝わってきながらも、ミントはそーっとお風呂場のドアを開けてみた。
「「!」」
すると、姿を現したちっちゃいポトフにミントはびっくり。
ミントの登場にポトフもびっくり。
「えええ!? なんでポトフまでちっちゃくなってるのさ?! あれか!? まさかあの毒薬を作った人なのか?!」
などと、ミントが再びわけの分からない上に危険極まりないことを口にすると、
「ふえェ〜ん!!」
ちっちゃいポトフはてててとこちらにやって来て、ひしっとミントの足にしがみついた。
「うわお?! な、なんで泣いてんのさ!? どしたのさ?!」
そう言えば泣いてたんだったと思い出したミントが、慌てて彼に尋ねると、
「ふえっ……っ……お、おねがい……」
ちっちゃいポトフは茶色の瞳いっぱいに涙を浮かべ、彼のズボンをぎゅうっと握り締めながらこう言った。
「ひとりにしないで……っ!」
ないで、ないで、ないで……。
流石、お風呂場だけあってエコーもばっちりである。
「――っ」
なんなんだこの儚い生命体は?! と思いながらも、生憎、今しがた買ってきた風呂上がりの冷え冷えのコーラを左手に持っていたミントは、
「あ。ほら、これでもう淋しくないよ?」
その時、偶然視界の隅に捕えた、脱衣場のカゴの上に乗っていたアヒルちゃんを渡しながら、彼に向けてそう言った。
「……! うん!」
わぁ単純。
「……。成程。だからポトフは毎回アヒルちゃんを浮かべたがってたのか……」
部屋に戻ってベッドに座り、小さく呟きながらコーラを一口。
きっと昔、ソラさんかエリアさんがオレと同じことをしたのだろう。
……。
……、昔?
「って、だからなんでちっちゃくなってるのさあああ?!」
思考の途中で、ようやくミントは話の中心に突っ込んだ。
朝日が眩しい校舎を歩きながら、
「……なんで……」
ミントはがっくりと頭を落とした。
「ぷぅりぃん♪ ぷぅりぃん♪」
「ハンバーグ♪ ハンバーグ♪」
(なんでちっちゃくなったら早起きになるのさぁっ?!)
理由は、未だちっちゃいプリンとポトフに叩き起こされたから。
「? どうしたの、おにいさん?」
元気のない彼に気が付き、プリンコールをやめたプリンが下からミントを見上げると、
「へ? あ、いや、なんでもないよ?」
彼は困ったように笑いながらそう応えた。
(なんか記憶もおかしくなってるみたいだし……)
と言うのも、プリンとポトフがミントのことが分からなくなっているから。
「おにィたん、おんぶー!」
といっても、すっかり懐いている様子ではあるが。
「じぶんであるけ!」
「やだ! おにィた〜ん」
「はいはい」
ちっちゃくなっても相変わらずな二人に苦笑いを浮かべながら、ミントがひょいっとポトフを背負った。
「むー、僕もー!」
「ダメー。おまえ、さっきじぶんであるけっていってただろォ?」
「そ、それは……」
「じぶんでいったんだから、おまえはあるけよな?」
「……っ」
「いこ、おにィたん。ハンバーグ♪ ハンバーグ♪」
すると、二人が口喧嘩し始めたので、
(おお、プリンがポトフに口喧嘩で負けている)
目の前の珍しい光景を、ミントは黙って眺めていた。
「……ぅ……」
「――?!」
が、そういうわけにはいかなくなった。
何故なら、プリンが今にも泣き出しそうになっているから。
「ぴえ―…」
「よーしよしよしいい子だねえええ!?」
ぴえーんと泣き出す前に、ミントは高速でプリンをだっこした。