第124回 散髪日和
緑豊かな森の奥に存在する小さな町、アクリウム。
カラコロカラン
その町外れの森の近くに位置する青い屋根の家の一階にある美容院に、二人の客がやってきた。
「いら――って、あれ? シャーン?」
「おう、久しぶ」
ドアが開いた音を聞いて、客に対する典型的な挨拶をしようと振り向いた直後、茶髪お兄さん、ソラは、少し驚いたように客の名前を口にした。
「で、あってるよね?」
後、確認した。
「……。ええ、シャーンであってますとも勿論……」
久しぶりに会ったのにも関わらず、相変わらず扱いが酷いと言うか、そんなことを思いながら肯定するミントパパ、シャーン。
「……相変わらずだな、いろんな意味で」
「シャーンこそ、相変わらず……だね」
「一応伏せてくれたみたいだけど視線が如実に何が相変わらずなのか物語っている気がするんですがそこんところどうなんでしょうかねえソラさん?!」
文字通り、足元見てそう言ったソラに、シャーンは一気に突っ込んだ。
「ぃようソラ兄、ひっさしっぶり〜♪」
すると彼の後ろから、もう一人の客、国王のルゥがひょっこり現れた。
「! ルゥ! 久しぶりだね」
「あれ、どして中腰になったのちょとねえソラ兄?」
彼に笑顔で挨拶を返したソラであったが、ルゥは彼の挨拶の仕方が気になった模様。
「こんなところになんのご用事ですか、国王様と兵士長様?」
そんな彼らを見て懐かしそうな笑顔を浮かべながら、ソラは二人の用件を丁寧に尋ねた。
「おお、久々にちょっと切ってもらおうと思っ」
「かしこまりましたー」
「ハハハ、何ゆえ剣をお抜きになられたのですかソラさん?」
答えるとすぐに了解してすらりと剣を抜いたソラに、シャーンは爽やかな笑顔で質問した。
「"さん"だなんて、そんなよそよそしい。僕とシャーンは、はじめまして以上こんにちは未満の仲でしょう?」
「え? 俺とソラってそんな挨拶もままならない関係だったの? この人誰だか知らないけどよく見かけるなー的な? って言うか、それならむしろその表現の方が適当だと思われるのですが?」
「うん。それで、僕に切ってもらいにわざわざシャイアから来たんでしょ?」
「うんまあ。て言うか、否定はしないんだ? まあいいや。それはそうなんですけど、その立派な剣でどこ切る気なのか非常に気になりまして」
「手足三千、胴体二千、首千円になりまーす」
「うわぁ、もはや美容院に来た理由が分からない。て言うか、命に関わるところほど安くなるのはおかしいのでは?」
「それは勿論、こんにちは以上友達以下のシャーンだもん。友達プライス♪」
「いやいや、よく見かける人から一応友達レベルにランクアップしたのは嬉しいんですけども、そんなことガッツポーズしながら満面の笑みで言われましてもねえ……?」
お互い笑顔で会話をしながらも、きらきら輝くソラとは対照的に、シャーンはガンガン青くなる。
「そ、ソラ兄? オレら、髪の毛を切ってもらいに来たんだよ……?」
青い顔のまま笑っているシャーンの隣で、ルゥは引きつりまくった笑顔でそう言った。
「あは、やだなぁ、そんなの分かってるよ。じょーだんじょーだん♪ ……ち」
((笑顔で舌打ちしなさった?!))
素敵な笑顔が印象的なかつての旅の仲間に、ガクガクブルブル震える国王と兵士長であった。
白銀の髪にはさみが入って、それがぱさりと床に落ちると、
「じゃあ、また城を抜け出してここに来たの?」
ソラは疑問符を浮かべながら質問をした。
「おう! オレ、ソラ兄に会いたかってん♪」
「いや、それは嬉しいんだけど」
きゃぴっと脱出してきた理由をルゥが答えると、
「髪をこんなに切っちゃったら、バレバレなんじゃない?」
ソラが、ご尤な意見を口にした。
「あ」
今気付いたのか。
「う、ああ! ソラ兄やっぱ短くするの変更変更!」
「えー? もうこんなに切っちゃったのにー?」
「ってもう既に後戻り出来ない状況?!」
鏡に映った自分を見て、言うの遅いよ! と嘆く、気付くの遅いルゥ。
「くそう! こうなったらすべてシャーンのせいにしてやる!」
「いや最初からその気で俺を強制連行したんだろお前?」
「え、なんのこと? 自意識過剰じゃね?」
「諦めろ。俺なんかとうの昔に、お前が城から抜け出すとか言い出した時からもう既に諦めてるんだぞ?」
「まあ、シャーンは人生も諦めてるしな」
「張り倒すぞテメェ」
そんな会話をするルゥとシャーンを懐かしく思いながら、休まずに手を動かすソラ。
「あ。そう言えば、昨日シャイアに買い物に行った時に、妙にご機嫌なジャンヌを見かけたんだけど、何かいいことでもあったの?」
懐かしついでに思い出したのか、ソラは紅茶をいただいているシャーンに質問した。
「お? ああ、昨日は」
「ソラ兄、パー子がテンション高いのはいつものことだよ?」
「あながち外れてねえけど黙ってろ」
ので、シャーンはルゥを黙らせた後、
「昨日、母の日のプレゼントが届いてな」
ミントから、と付け足しつつさらりとそう答えた。
「ぅええ?! ミント病気なのか!?」
「へえ〜、プレゼントって?」
ミントの頭を心配するルゥと、母の日のプレゼントをあげたミントに感心するソラ。
反応は違えど、二人とも、実はジャンヌを母親と認めていたミントに、失礼ながら驚いていた。
「カーネーションと、凝固剤」
そしてジャンヌに贈られた、意味深なプレゼント。
「……」
「……」
「いい子だねぇ」
「深いぜミント」
数秒の沈黙を経て、ほのぼのしたソラと、プレゼントの内容の深さに感心するルゥ。
「シャーンは去年の父の日に何か貰ったの?」
そのついでに、ソラは再び質問した。
「……っ」
すると、シャーンはボーンと落ち込んだ。
「あれ? 貰えなかったの?」
突然うなだれた彼を見て、ソラがきょとんとしていると、
「……や、貰いましたよ? 貰いましたともええ勿論……」
シャーンはうなだれたまま、消えそうな声で呟いた。
「? 何を貰ったんだ?」
貰ったのに喜んでいないということは、内容に問題があったのかと思ったルゥが尋ねると、
「…………シークレットブーツ」
シャーンはぼそりとお答えになった。
「「うわ、超いい子」」
それを聞いた二人は、声を揃えてそう言った。
「パー子は溶けないように、シャーンは足が長く見えるように、って、おまっ、ミントって実は超親想いじゃねぇか?!」
「想ってくれるのはありがたいんだが露骨すぎると言うか直球すぎると言うか、とにかくもう少しオブラートに包んでいただきたいんだようわーん!!」
感動するルゥと、ナイーヴなシャーンと、
「……」
現在手にしているはさみを見て、嬉しそうに微笑むソラ。
「って、え? ソラ兄、なんか思い出しちゃった感じ?」
「父の日のプレゼント、かあ……」
「いや、思わず笑みがこぼれるほど素敵エピソードがあったんだとしても上の空でのカッティングはやめていただきたいんですけどねえソラ兄いいいいい?!」
息子からのプレゼントに、片や泣いて、片や笑うパパ二人と、よく言えば元気いっぱいの、悪く言えばやかましい国王様であった。




