第121回 先生日和
きゅーっと絞ったタオルを彼女の額に載せると、
「……もう、具合が悪いなら来なくてよかったのに」
と言いながら、ミントはベッドの横にあるイスに腰を下ろした。
「うふふ♪ ねぇ、ミントくん?」
「? はい?」
すると彼に話し掛けてきたのは、綺麗な桃色の髪と赤い瞳をもつ医務室の先生、ベル先生。
「彼女に熱出されるようなことしてきたのかしら?」
「? 待ち合わせ場所に来た時にはもうフラフラだったって言ったじゃないですか」
「うふふ、面白くない回答しないでくれるかしら?」
彼女がベッドの上に横になっているチロルを見ながらにやりと笑って尋ねると、ミントが素で答えたので、ベル先生は笑顔のままそう言った。
「面白くない回答……? って、言いますか、具合悪い人が来たのになんでそこにずっと座ってるんですか先生?」
何故にボケる必要がある? とか思いながら、ミントとチロルが医務室に来てからずっとイスに足を組んで座っているベル先生にその理由を質問すると、
「だって私、治療は専門外だもの」
「だったらなんであなたが医務室の先生をやってるんですか?!」
予想だにしなかった答えが返ってきたので、ミントは思わず突っ込んだ。
「それはあれよ。ほら、医務室の先生って言ったら、美人でスタイルよくて白衣の似合う人って決まってるじゃない?」
「いや、んな変な固定観念で医務室の先生になっちゃったんですか!?」
「えー? じゃあ、ミントくんはセルシオに看病とかしてもらいたいと思うのぉ?」
「いや、何故にセル先生が出てくるんですか?!」
「だって、この学校の教師でまともな回復魔法が使えるのはアイツだけだもの」
「いや、……って、えええ!? セル先生って、回復魔法使えるんですか?!」
ベル先生の言葉から得た豆知識に、ミントが若干失礼ながらも驚くと、
「そうよぉ。セルシオって闇魔法と暗剣の他に回復魔法が得意だったりするの。まあ、見た目によらず、って言うかシャイでツンツン野郎だから他人にそれが伝わらないんだろうけど、子ども好きと言うか動物好きと言うか、そんなんだから得意なのね。きっと」
彼女も若干失礼な答えを返してきた。
「……なる、ほど……?」
動物好き、と聞いて、セル先生がプリンのように犬と戯れている姿を思い浮べた後、
「って、他の先生は回復魔法使えないんですか? えっと、ピッド先生とか」
ミントは思い出したように質問した。
「ステイピッドも使えないわよ。アイツ、料理と裁縫は出来るけど、度胸と魔力があんまりないし」
「……度胸? ……あ、えと、ポリー先生とかは?」
「ポライトも使えないわ。まあ、初歩的なヤツなら魔法学教えてるだけあって使えるみたいだけど。あと、変態カーフェイとかお馬鹿クロレカとか無愛想リアラとか熱血クルーエルとか、校長のオーブとかも使えないわよ」
何か余分な言葉が入っていたように思えてならなかったミントが聞き返すと、ベル先生は肩をすくめつつ、ピッド先生とポリー先生とフェイ先生とクー先生とリア先生とエル先生と、校長も回復魔法を使えないと答えてみせた。
「はへ〜……」
それに頷いているのかと思いきや、
(校長の名前、初めて聞いた)
ミントは別のことに関心がいっていた。
「まあ、校長、って言っても、実質この学校を仕切ってるのは、あのチビッコ国王様なんだけどねぇ」
「はへ〜……。……え?! チビ――!?」
「あの子、お金持ちなところとカワイイところはいいんだけど、戦闘好きで困るのよねぇ」
「へ!? や、ち、チビッ?!」
おかげでバトルイベントが多くて、私が回復魔法が使えないのがバレちゃうじゃない、とかぶつくさ言っているベル先生をよそに、ミントは思わぬ黒幕に動揺していた。
「……」
「?」
が、ベル先生がじーとこちらを見ていることに気付き、ミントは冷静に疑問符を浮かべて小首を傾げた。
「チビッコ国王様で思い出したんだけど、ミントくんのご両親って、あの短足くんとブクブクちゃんなのよね?」
そして、彼女の質問に、彼の頭の上にデカイ漬物石が二つ降ってきた。
イメージ的に。
「ふぅん。あんまり似てないのね」
が、その言葉で漬物石は吹っ飛んだ。
イメージ的に。
「あの内気な炎くんとまな板ちゃんに育てられたとは思えないほど眼帯くんは積極的だし、あの積極的な猫ちゃんの子どもの子猫くんは消極的だし、あのお子様メニューが好きなセルシオと明るいのが取り柄のクロレカとの間の子どもはこの上なく無表情で無口だし」
そんな彼に構うことなく、顎に右手の人差し指を当てながら呟くベル先生。
「……え?」
彼女の口から飛び出した言葉に、え? セル先生とクー先生って結婚してたんですか? って言いますか、セル先生ってお子様メニューがお好きなんですか? とミントが、どちらかと言うと後者を重点的に聞き返そうとしたところ、
「似てない家族も多いのね……ま、その点チロルちゃんは、髪と目の色こそ変態カーフェイに似ちゃったものの、私にそっくりの美少女よねぇ♪」
ベル先生は、実はチロルのお母さんだった事実が発覚した。
「え、ええええええ?!」
ので、ミントは本気で驚いた。