第118回 初恋日和
車が行き交う街の中を歩いていると、
「! アロエ?!」
「? ああ、チロルさん」
チロルは、茶髪眼鏡の女の子、アロエと、
『わぉん』
ついでに、白くてモコモコした大きな犬を発見した。
「何? アロエのペアってこのワンちゃんなの?」
「この犬は気が付いたら隣にいただけです。と言いますか、あなたはこの犬が魔法学校の生徒に見えるんですか?」
『わぉん』
チロルがしゃがんで犬と目線を合わせると、アロエはさらさら言葉を返し、彼女の腰くらいまでの大きさがある犬はわぉんと吠えた。
「ふぅん。あ、ねぇアロエ?」
「ミントさんなら見かけてませんよ」
するとチロルが犬から目線を外してこちらを見上げてきたので、アロエは彼女が質問を言う前に、彼女の質問に答えてみせた。
「そっか……って、え? まだ何も言ってないのに、なんで分かったの?」
「なんでって、あなたがアロエに持ちかけてくる話題はほとんどいつもミントさん絡みじゃないですか」
「えへ♪ だってだって、アタイの頭の中はミントきゅんでいっぱいなんだも〜ん♪」
「お幸せそうで何よりです」
両頬に両手を当てながら言うにこにこ彼女を、アロエがどうでもよさそうに祝福すると、
「アロエはそういう彼はいないの?」
チロルが彼女に別の話題を持ちかけた。
「……さあ? いたんじゃないですか?」
一応話題の中心は変わったものの、相変わらず恋愛関係の話だったので、アロエがかなり適当に質問に答えた。
「"いた"? どうして過去形なの?」
「!」
しかし、ここで思わぬ落とし穴。
「……っ」
話を聞くまで逃がしてくれなさそうなチロルに、己の迂闊さを呪いながら、
「そのままの意味です」
アロエは極力いつも通りの口調と声で簡潔に答えた。
「そのままの意味って」
「……好きになった彼の隣には、アロエなんて足元にも及ばないほど素敵な女性がいた。ただ、それだけのことです」
彼女が再び尋ねてくるとすぐに、アロエはさらりとそう言った。
「! ……ご、ごめんなさい……」
興味本位の質問が彼女に嫌なことを語らせてしまい、チロルは申し訳なさそうに謝った。
「いいえ、もう過ぎたことです」
するとアロエは眼鏡をかけ直しながら、
「そんなことより、その犬、チロルさんに何か言いたいみたいですよ?」
さらっと話題を転換した。
「え?」
彼女の言葉通り、チロルが視線を犬に戻すと、
くんくん
『わん!』
彼女に鼻を近付けていた犬が、わんと吠えた。
「え?」
後、犬はてててと彼女から離れたかと思うと、
『わんわん、わぉん!』
振り向いて再び元気に吠えた。
「……?」
「ついてこい、って感じですね。ミントさんの居場所でも分かるんじゃないですか?」
「! ホント!?」
『わぉん!』
ぱあっと顔を明るくしたチロルの問いに、犬が元気に答えて走り出すと、
「あ、待ってワンちゃ〜ん!」
彼女も慌てて駆け出した。
「……」
そんな彼女の後ろ姿を眺めながら、
「ふぅ、鈍くて助かりました」
アロエは弱く微笑んだ。
「……あの頃は、我ながら柄にもないことをしていましたね……」
彼ともっと一緒にいたいが為にゆっくりと走ってみたり、落ち込んでいた彼を励ましてみたり、バレンタインデーに手作りチョコレートをあげてみたり。
「何してるの、アロエ? 早く早く〜!」
『わんわん! わぉん!』
彼女が昔を思い出していると、振り向いたチロルが元気に手を振って、犬が大きく吠えたので、
「本当に鈍いですね」
苦笑いを浮かべつつ、アロエは彼女と一緒に走り出した。
すると、
ウイーン
前方にあるお店から、帽子を被った黒髪の少年が現れた。
「「!」」
ので、
「ミントきゅ」
『わぉん!』
「? ――うわあ?!」
すぐにミントだと分かったチロルが彼に飛び付こうとしたところ、犬が先に飛び付いた。
「……ん……って……」
不測の事態に、思わず固まるチロル。
『わんわん! わぉん!』
「ちょ、ま……く、くすぐったいってば」
『わん! わんわん!』
「っもう、この犬〜っ!」
『わんわんわんわん!』
その間にも、犬はミントとじゃれあっている。
「おやおや、チロルさんより積極的な犬ですね」
その様子を見て、アロエがふっと笑いながら口を開くと、
「あ、アタイだって負けないんだから〜!!」
チロルの何かに、火が点いた。
「ワンちゃん!!」
『?』
「あ、チロル?」
「勝負!!」
『わん! わぉん!』
「へ? 勝負って何――って、何考えてるのさあああ?!」
犬とチロルの真剣勝負に叫ぶミント。
「お幸せそうで、何よりです」
賑やかな彼らを見て微笑みながらも、怪しげな行動をしている彼らとは、アロエはしっかりと部外者ぶっていた。