リーベむらの戦火2
馬車から降りて来たのは褐色の肌をし、頭には布を巻き付け、顔の鼻まで布を巻いた男達だった。様子からみてこの国の男には見えない。
「みなさん、今日はここに救援物資として食料、毛布、テントを持ってきました。困ったときはお互いさま、さあどうぞみなさん」
男はそう言って食料を村の女に分け与え、簡易ながらもテントを張り、そこに毛布を下ろした。
うれしいことに、食料は簡単ながらも温めて食べられるスープで、女達にも僅かに笑みがこぼれる。
「今日はあったかいけど、このスープ美味しいね」
「ゆっくりお食べマリア、お姉ちゃんのも食べてもいいのよ」
「それにしても、これからどうしたらいいのかしら……」
姉妹の隣の少女のつぶやき、それはみんなつぶやき。
「なんだか一体、どうしてあの男たちはこんな施しをしてくれのかしら?」
ソフィアは隣の少女に話しかけた。
「神さまのご加護があるわけじゃないでしょ、私はあいつらの正体なんとなくわかる」
「え、そうなの?どうして?」
「大体タイミング良すぎるんだよ。魔王軍がやってきて、そのあとの困窮にドンピシャでくるなんてさ。きっと、あいつら商人だよ」
「えっ商人?まさか悪い商人かな……」
「多分ね、じゃなきゃこんな施しするわけないって」
そう言って少女はマリアをちらりと見た。
「そんな……」
「でもほかに生きていくには仕方なさそうだし、たぶん二、三日中にはあいつらから切り出してくるんじゃないの。なんかそんな目してるもん、あいつ。まあ今のうちにマリアちゃんに納得させといたほうがいいかもね」
両親を殺されてから先、本当は泣いて毛布に包まっていたいのに、どうしてこんなに世界は無慈悲なんだろう?悲しむ間もなく次々に現実が押し寄せてくる。
どんなに頑張ってもきっとマリアは守れない、この娘には一人でも頑張ってもらうしかないのだ。でなければ姉妹離れて暮らしていくことになる。それだけは嫌だ。
まだあどけなさの残るマリアの瞳を、ソフィアはやりきれない気持ちで見つめた。
二日後、朝の食事の後、商人達は村の女達の前で『提案』を持ち掛けたのだった。
「みなさん、今日は折り入ってお話があります。今後の事についての提案であり、商談でもあります」
女達はざわめきながら話を聞いた。
「この度の戦災は本当に恐ろしいものでした、深く深く同情しますよ」
「私達もこの施しはとてもありがたいものです、ですが……」
姉妹の隣りにいた少女が発言する。
「厳しい話ですが、最早ここでの生活の再建は望めないでしょう。首都には仕事があり我ら商人、それを斡旋できる」
「私達もどうしたらいいか、途方に暮れている有様です。お仕事を紹介していただけるならば……」
「そこで、我々にみなさんにご提案があります。我々は奴隷商人……あなたたちと契約を交わしたいのです!」
ざわざわ、どよめきが起きる。マリアの様な子供には理解できない話である。
「私達に身を売れと……?」
「では逆に、この土地で男手無く生活再建ができますかな?我々商人ならばそれをあなた達に提供できる。住む家を、日々の食事や生活を、仕事を」
「卑怯じゃないですか!戦の後にやってきて、こんな」
後ろの方にいた少し年上の女が少し大きな声色で抗議する。
「我らを侮辱するなよ……女、契約を取り交わしてやろうと言ってるのは我々商人なんだぞ。それともここで一人取り残されたいのか……」
商人の一人が物凄い形相で女を睨みつけ、脅す様につぶやいた。
「ひっ……しょっ商人さま、申し訳ありません……」
女は委縮し小さくなってしまい、両手で自分の口をおさえた。
「まあまあ、我らは恫喝にきたのではありません。お互い対等に契約をできればいいと思っていますよ、パーフェクトな同意の上でね。あなた達は自分の意思で奴隷契約を交わし生活することになり、やがては自由を買い戻せばいいのだ」
「私達はどれ位の値打ちがあるのかしら?」
「それはこれからひとりひとり、じっくりと価値を測っていきますよ。幸いにも貴女たちは若い、良い交渉ができそうだ。ハハハ」
「こっちへ来い」
さっきの睨みつけたターバンの男が、女のひとりをテントに引っ張っていった。
「ご心配なく、彼はいかにも怖そうな顔してますが、ああ見えて医者なのです」
男は髪の色つや、長さ、眼の色、鼻梁の高さ、皮膚の色つや、耳の大きさ、を検視し衣類を脱がせ全身の穴という穴を全て指を入れ虫歯や病気が無いか触診し価値を割り出した。
午後に入った頃には全ての検査を終え、一人ひとりの価値が告げられた。
ソフィアとマリアの姉妹の価値は四〇〇シリカ。目安では一年程で奴隷の身分を買い戻せる計算だという。二人とも男を知らない田舎娘ではあったが、何としてでも生き延びまた葡萄畑に戻るとソフィアは誓った。
「いい、聞いてマリア。私達これからガラッと暮らしが変わる、最初は男たちにすごくいやらしいコトされるわ。ううん、ずっとされると思う。でも生きて、二人で生きてきっとまた葡萄をやろう!ここに戻って家族を作りまた一緒に暮らすのよ。それまでは辛抱して、お姉ちゃんもそうするから」
「お姉ちゃんと一緒だったらマリアも辛抱する、わがまま言わない」
ソフィアはマリアを自分の体の一部とする如く強く強く抱きしめた。
「お姉ちゃん、ちょっと苦しいよ」
「ごめんね……マリア」
その後、村の女達だけで話し合い、いつかきっと村に戻り、葡萄の栽培、ワインの醸造の再開を誓い合う。きっと行先は娼館、だからそのときの気持ちはどう置いたらいいのかなどを経験者が話し聞かせ、心を一にした。
こうして魔王が発案計画し、バーデン聖教会が協力し、表向き知られていない教会の下部組織、サンタテレシータ娼館に村の女達は送り込まれることとなった。
そのころ、魔王城には村で殺された何十人分もの死体が運び込まれていた。
この襲撃作戦はの魔王側の目的は教会に恩を売りつつ、秘密裡に人間の肉を得ることにある。無論魔王軍の精鋭によるもので、ほとんどの魔物達は知らず、一部のクロウと魔王の側近アスモデのみ知る極秘作戦だった。
「おおうっコレぜんぶオラが食べていいっぺか?」
「そのつもりだぞスラリー、我ら魔王軍の切り札、救世主となってもらうのだ。これからは教会が病人やら、罪人を生きたまま我らに引き渡す算段になっている」
「うれしいっぺ、腹いっぱい食うだよ。いただきますだっぺ」
そういってスラリーは死体の上に乗っかり全身の皮膚を、筋肉を、脂肪を、内臓を、骨を、髄液を瞬く間に溶解し、消化吸収する。
「魔王様、やっぱ人間うまいっぺよ。でも生きてる人間食ったほうが旨がったなぁー」
と言いつつスラリーは次々にリーベ村の住民だった遺体を平らげていく。その速度は加速度を増し、三十程あった遺体はものの半々刻程で全てスラリーの体となった。
最早スラリーの体重は四百貫(千五百㎏)に迫り、容量は巨大なベットの様だ。
「だがまだまだ、スラリーにはもっともっと巨大になってもらわなくては。どう思うアスモデ」
「左様ですな魔王様、少なくとも二千人ほどは食わせなくてならないでしょう」
「それまでは秘密裡に事を進めるのだ。バーデン聖教会とはより緊密に協力し合え、奴らにも我ら魔族の力は必要なはず」
「このアスモデに一つ提案がございます。魔王様、このわれらの地に咲くマクの実の精製品を、教会に売ってはいかがでしょう?」
「我らの鎮痛、睡眠剤を敵にくれてどうするのだ?」
「このマクの実、実は強力な麻薬作用がございまして、我らは口よりこの薬を飲みますが、実はまた別の使い方があるのでございます」
魔王はいぶかし気な顔をした。そもそもこのマクは偶然に効能が発見されたもので、この世界の魔界と呼ばれるこの地でのみ自生する植物だ。
強い鎮痛、睡眠、下痢止め作用が認められ。人間との戦争により負傷した魔王軍の兵士、それも主に人型の兵士に、痛み止めとして処方されるもので、重要な兵站の一つである。
「このマクの粉を火であぶり、その煙を吸い込むというものなのです。これをすると天にも昇る気持ちとなり、一度体験したものはマクの虜。かつ、非常に中毒性が高いことが分かっています」
「ふむ、読めた。ならば、次に教会より送られる罪人共に使い、効果を確かめさせるのだ。効果が認められればすぐ教会に売れ、間違ってもマクの実を売るでないぞ」
「このマクの喫煙に人間どもは虜となることうけあい。きっと最高の結果をご覧になって頂きます」
「それからスラリーのこれからについて、このスライムは分裂、いや分断させ別れさせることは出来るのではないのか」
「魔王様、それはやってみなければ……、しかしこのスライムを何匹にも分けるのに、どのような意味があるのでしょうか?」
「スラリーに陣形、戦術を理解させるのにと思っておる。一匹一匹に別の事を学習させその後に合体させる。知識、経験を共有できれば大変便利ではないか」
「それは非常に興味をそそられます、早速このアスモデが致してみましょう」




