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リーベむらの戦火

 スラリーの捕食をまじまじと観察した魔王とアスモデは顔を見合わせ、同時にうなずいた。

 「スライムの体があっという間に肥大したぞ、凄い早さだ!」

 「これは本当に驚きです!魔王様」

 「このスライムは恐らく突然変異種なのだだから救世主降臨とのご神託だったのじゃ」

 「魔王様、このことは我ら二人の秘密にしておかねばいけません。人間やほかの魔物に知られては大変なことになってしまいます」

 「うむ、魔族の中には人間を好んで食べる者もおる。ましていま、人間に悟られては一気に大軍を送られ我らは壊滅じゃ、我らには時間が必要」

 「もっともでございます。ここはあの破戒僧サラを今までどおり利用していきましょう」

 「サラ、そうか!いや、ここはひとつ最も有効に利用してやろうではないか」

 「どういうことでございましょう?」

 「よいか、魔王軍の少数精鋭を揃え、辺境の村一つを襲撃するのだ。このことはサラを通じバーデン聖教会にリークしておく。そうすれば戦火を逃れた人々を教会は教義のもと保護することが出来るのじゃ。そのときでた死者は我らが引き取りスラリーに与えればよい」

 「辺境の村一つ滅んだ位ならば、いかに我ら魔王軍の仕事のいえど貴族どもも騒ぎはしないでしょう。」

 「そして見返りに処刑すべき罪人ども、手に余る孤児、死病に侵された老人を要求してやるのじゃ、無論生きたままな」

 「なるほど、流石魔王様!これならばスラリーから目をそらさせ教会に恩を売ることもできる」

 「恐らくスラリーがドラゴン程の大きさになれば、第一段階の目標は達成できるであろう」

 「魔王様まだ何かお考えがあるのですね?一体どのような?」

 「機が熟す時に話すことにしよう、先ずはお前からサラにこの事を上手く持ち掛けてやるのだ」


 僧侶サラは捕縛したエミとクララを一頭立ての馬車に積み、人目につかぬよう夜中に魔王城を出発した。

 二人には目隠しとさるぐつわが噛まされ、今どこを走り向かっているのか分からなかった。

 そんな二人を後目に僧侶サラは意気揚々、気分は上々。夜道であるにもかかわらず、煙草を咥えながら首都フティングを目指す。

 「今回は勇者エミは美少女だし、クララに至っては美少年の男の娘ちゃんなんて、すばらしいわ。きっと枢機卿も大喜びね、男の子大好きだし。ホント素晴らしいクオリティだわ。おまけに魔王軍元帥アスモデからはあんな提案をもらちゃうなんて、私にもツキが回ってきたんだわ!うふん」

 

 二日後、一頭立ての馬車は首都フティングの外れにある修道院に入っていった。この修道院は改装を控え、今は人気がない。無人の修道院は会合にはうってつけであった。

 無人であるはずの礼拝堂の中にはすでに赤い帽子を被った男が静かに佇んでおり、黙って祈りを捧げているようだ。

 その男とは距離をあけ、席に着いたサラは同じく祈りを捧げる、お互いに視線を合わせず。

 二人とも前を向いたまま、サラご静かに話し出した。

 「枢機卿猊下、わたくしサラはまたもや今回のバーデン聖教遠征に失敗してしまいました」

 「とても罪深い事です」

 「また今回の遠征で、一人の殉職者をだし二人の背教者を出してまいました。しかしこの二人は咎人にもかかわらず、深く反省をしています。何卒ご慈悲を」

 「罪人ほど天国に近いものはない、我らが主はおっしゃられておられる。その者たちを破門することはない、安心せよサラ。ただその者には神の警策が必要です、分かりますねサラ?」

 「はい枢機卿猊下、いつもの裏の馬車に保護しています」

 「その者たちの保護は教会が保証しよう。神の御名により貴方の罪は許されました共に祈りを捧げましょう……」

 「猊下一つご相談をしたいことがございます。なにやら魔族の者どもが、レム地方のリーベ村を襲撃するという確かな情報を得たのです。襲撃の日時も全て分かっています。ここにその情報を記した紙を猊下に」

 「バーデン聖教会としては良い手を打てるよう善処します。良いことをしましたねサラ父と子と精霊の栄あらんことを」

 「父と子と精霊の栄あらんことを…」

 バーデン聖教会の経営する娼館の労働は過酷だ。それは神の警策と呼ばれ、教会の戒めなのだと教義には記されている。

 娼館に堕ちたエミとクララは恐らく生きて出ることは叶わない。現法律では娼婦は奴隷の身分であり、楼主の持ち物なのだ。自由の身を手に入れるために、奴隷は身分を持ち主から買い戻さねばならない。

 もっともこの二人にはいい客が付くだろうから、ずっと長生きはするだろうが。

 こうして勇者志向の少女少年を売ることでサラは教会での地位を築いていく。見たことも、行ったこともない辺境の村を売ることでサラは出世の機会を得ていた。

 

 首都フティングから遠く離れるレム地方のリーベ村。ここは周りを低い山々に囲われ、村の中央に渓流が走る盆地。

 昼と夜の寒暖差が大きいため、果樹栽培が盛んである。

 今日も葡萄の木の手入れの為、ソフィアとマリアは畑仕事に精を出していた。まだ初夏だというのに日差しはきつい。

 「ソフィアお姉ちゃん、今年は暑いね。きっとこのままいけばいい葡萄が取れるよ」

 「そしたら家族みんなで葡萄を踏んで潰すのよ、きっといいワインができるわ。楽しみだわ。マリアも少しだけ飲ませてあげるわ」

 「本当?やった、初物のワインってフレッシュなのよねえ」

 「じゃあ、痛んでる葡萄の実は、しっかり間引いていくのよ。ここで手を抜いたら元も子もないんだから、マリア聞いてるの?」

 「ねえ、お姉ちゃん。あっち村のお家のある方、何か煙が出ていない?」

 マリアが指さす村の方角にソフィアは目を向けた。

 大変だ、あの家は村長さんの家だ。ここからはっきり分からないけれど、他のお家も何か煙のようなものが見えるわ、きっとなにかあったんだ。

 「マリア、何があってもここを動いちゃだめよ。お姉ちゃんが村の様子を見てくる。父さん、母さんが心配だわ。ああなんてこと、一緒に畑仕事に出てればこんなこと…」

 「マリアもいきたい、お姉ちゃんついってちゃダメ?一人で残るの不安だよ」

 じっと見つめるマリアの瞳に対し、ソフィアの瞳は不安で揺れ動いていた。でもなにか村では起きているんだ。かわいそうだけど、妹は連れていけない。

 「ああマリア、かわいそうに、怖いよね。大丈夫、お姉ちゃんすぐ戻ってくるから。父さん母さんも連れてくるから。ここでまってて、ね?」

 嫌な胸騒ぎを抑える様にソフィアはマリアを抱きしめた。

 後ろ髪を引かれる思いでソフィアは村へと駆け出していた。

 ソフィアが村に近づくにれ、物の焼ける臭いが濃くなり、時折悲鳴も混じってくる。彼女の胸は不安で一杯になりそうだ。

 村を直に見た時のソフィアは絶望に染まった。ほぼすべての民家は炎を上げ、男たちの死体が見るも無残に転がっているのだ。

 村を焼き男を狩っているのはクロウと呼ばれる有翼人だ。彼らは上空から電撃的に村に襲いかかってきて村を焼き払った。

 ソフィアは有翼人が暴れまわっている中を自分の家を目指し、村の中を駆けた。クロウにつかまり殺されることも頭に無くはない。

だけどそれより家族の事の方が心配だった。

 やっぱり、ソフィアの家も炎上していた。

 「父さーん!母さーん!ソフィアよ!どこにいるの、返事をしてー!あああっ」

 自分の燃え盛る家の前で泣き崩れ、地面に額を押し付け泣き叫ぶ少女ソフィア。

 無情にもその少女の髪をわし掴みにし、引き上げる者がいた。カラスの様な漆黒の翼をもつクロウ。きっと私の家を焼いた奴だ。

 「女、お前の家族が知りたいのか?見せてやるぞ。ほら、そこの草むらに隠れてるやつだ。立て!」

 「いやっ、痛いやめて!」

 恐ろしい、見たくないような、そんなはずない、という思いから引きずられるようにソフィアは草むらの中をのぞき込む。

 二人は、父が母を、かばうように伏せて、鉄の棒が二人の体を突き貫いていた。

 鉄の棒は微動だにしない、二人がもう呼吸していないのは明らかだった。

 最悪の事態を想像していたのに、最悪の二人を見せつけられソフィアは茫然となった。

顔から表情が消える。彼女の表情は能面のようであったが、心は大量の血をながして、のたうち、絶叫の声なき声を上げていた。

 こころの傷や痛みは癒しずらい、親愛の二人を失った絶望から、ソフィアは棒のように突っ立ち、身動きできなくなった。

 どれぐらい時間が経ったのだろうか、辺りはとうに暗くなり、女達のすすり泣きの声も止みそれでも身動きの取れないソフィア。

 「お姉ちゃん、ソフィアお姉ちゃん?大丈夫?しっかりしてお姉ちゃん……」

 聞き覚えのある声。茫然自失のソフィアははっと我に返った。マリア、マリアだ。忘れていた、妹マリア。

 マリアはいつまでも戻ってこない姉ソフィアを心配して、山を下りてきてしまっていたのだ。

 二人は抱き合い、互いに寄り添った。

 いつの間にか、姉妹の両親の遺体は無くなっていた。いやこの二人だけでなく、他の村の遺体すべてが魔物達によってもち去られていた、一体何のために?

 ソフィアにとって両親の痛ましい姿を目にせず、マリアに見せないですむのはせめてもの救いだった。

 この村に生き残ったのは未だうら若い非力な女達のみだ。仕方なく女達は村の一か所に集まり残り火を囲い、夜の開けるのを待つ。盆地のリーベ村の夜は冷え、女達を不安にさせた。

 みんなの境遇は一緒で、女達は互いに同情し、なぐさめ、傷を舐めあう。

 一夜が明け、戦火を生き延びた女達。互いに村中を歩き、食料を捜した、水を求めた。 幸いにも井戸に毒は投げ込まれていなかったので、彼女たちが命を落とすことは無かったが、集まった食料は極わずかでしかなかった。

 暮らす家は焼失し、食料は極わずか、生活再建の男手は刈り取られた今、彼女たちが取れる手段はそう多くない。

 そうして食料が底をつきかけたころ、村に二頭立ての馬車が、二台やって来た。


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