終点へ向けて3
勇者エミは事の顛末の一部始終を魔王に報告した。その場にいたアスモデはどこかそわそわとして落ち着かない。
「アスモデ元帥閣下、くだんの新型兵器の調査はいかがでしょうか」
「う、うむ。あれは北の大国アンガルスクのものだ、筒状のものは火薬と呼ばれるものを詰め、鉛の弾を込め、これに着火し弾を爆発力で飛ばすシロモノだ」
「うーん、その説明ではよくわかりませんが、この戦では使えるようになるのですか」
「残念ながら間に合わせるのはむずかしいだろうな、それよりこの兵器が人間たちの手にあることが問題だ」
「この兵器は皇帝側に……」
「ごく少数だが、皇帝フティング三世は持っているはず。だが、アンガルスクの暗殺者をわざわざ教会が寄越してくるところからも、量産できる技術がないとみるべきだろう」
「いまだフティング三世は魔法兵団などを擁しているのですから……だけど油断は禁物です」
「それから、機械式の鉄弓の方はどうでしたか」
「そちらの方はうちの職人のおかげで、コピーが完成している。それよりもラダーレン教皇が死んだそうだ、おそらく今頃は教皇選挙の最中のはず」
「何故それを早くおっしゃらないのですか!魔王閣下!ここは一気にバーデン聖教会を叩くチャンスです!各教区を収める枢機卿達を一網打尽するのです!スラリーがここまで巨大化した今ならそれは容易に可能なはず」
「勇ましいな、さすがは勇者だ」
「お待ちください魔王様、実は僧侶サラからある提案を受けています。魔界独自のマクをもってすれば皇帝をたらしこむことができるというのです。事実、彼女は枢機卿達をたらしこみ、女性にして枢機卿の座をも狙っている方だ。彼女に協力して、いやしたふりをして、マクを人間たちに流通させ取引の材料にしてはどうでしょうか。長期決戦をアスモデは具申します」
このときのアスモデにエミはピンとくるものがあった、いわゆる女の勘である。アスモデとサラは関係を持っている。そう直感した。
「アスモデ閣下、それはフティング三世が本気になって我ら魔王様に侵攻をかけないという前提があっての話、スラリーがいる今、そんなことを言っている場合ではないのではないですか、現世界最強の存在を手に入れなぜ攻撃をためらうのですか?新参者のわたくしがいうのは、怖い事ですが、あなたはサラと寝ましたね?」
「なっなにを馬鹿な……根拠もなしに」
しどろもどろになり、口ごもってしまうアスモデ。
「全く恐ろしい女、アスモデ様、あの女は必ず閣下を裏切ります。そして今度は魔王様に取り入ろうとするかもしれない、いやする、間違いなく」
「エミは何故そう思うのだ?」
魔王がエミに問う。
「私が人間だからです魔王様。そしてそんな人間を生み出す子宮のような宗教が、バーデン聖教会なのです。あそこは腐っている、腐りきってひどい悪臭がプンプンする。陛下、これはあの教会を潰すチャンスです」
「潰した後なんとする?」
「宗教を使えば人間を支配するのは容易になります、サン・アラミノス大聖堂のような頂きを持たない宗教に変革するのです、教義は引継ぎますが、教皇も枢機卿も司祭さえいない宗教に改革するのです」
「それでは魔王様の力が届かないではないか」
「アスモデ様、民衆もそこまで愚かではありません、むしろそのような改革を行った魔王様を慕うようになるでしょう。いや、させるのです。そのためには魔族と人間との結婚を推奨させ、宗教教義により離婚は認めさせないようにすればいい。そのような束縛を人間はありがたがります。この戦が魔王様の完勝に終わった場合、魔族に人間の女たちを凌辱しつくさせる、占領の第一歩としてイイ、混血がすすむ、娼婦を開放し魔族の妾として入植させてやりましょう、案外それが彼女たちのステータスとなるかもしれない」
「エミは人間のくせにどうしてそんな提案ができるのだ……」
「アスモデ様、勇者などどいうものは所詮は戦争の犬なのです。クラベリア娼館でいやというほど思い知らされました、戦が傭兵を生み娼婦を育てるのだと。それについて教会は無力で、いえそれを利用し金儲けに走るありさま……魔王様、千歳一隅の機会、どうぞ短期決戦のご決断を」
「もともとは魔王神様のご神託によって始まった計画、よかろう、枢機卿どもを倒してまいれ勇者エミ!……それにしても人間とは面白いものよ」
「では、そうと決まった以上アスモデ閣下、
先ほどの鉄弓を、それとドラゴンは魔王軍にどれほど配備されていますか?」
「たかが知れている、十体ほどにしかすぎぬ……嗤うか?エミよ」
「何を嗤うのですか?必要十分ですわ、その子らを使い、スラリーを上空まで引き上げさせることができればいいのです、スラリー自身は上昇気流に乗ることはできても翼をもつわけではありませんから。この魔王城上空より移動し、偏西風に乗り首都に奇襲をかける作戦です」
「他に必要なものは何だ?」
「以上が全てです、スラリーがいればほとんど賄えます、この作戦は超短期決戦、電撃奇襲攻撃です」
「わかった、もう何も言わぬ。この作戦は魔王様、いや魔界中を巻き込んでの戦、勇者に任せる」
「いいえ、アスモデ様は一つおっしゃていないことがあるはず」
「………………」
「サラをどうされたいと考え、いえ、思われているのですか?」
「サラの事か……もしできるならば、殺さず、生かして捕らえることはできまいか?」
「………………」
「これは政治的な話ではない、情けない私の個人的なお願い……後生だ」
「見返りは期待してもいいのですか?白紙委任されるならば」
「勇者エミ殿、かたじけない、情けない私で良ければいかなる協力も惜しまない、約束する」
「………………」
電撃作戦は即実行されなければならない、枢機卿共を一網打尽にし、出来るならば皇帝を打ち取る。千歳一隅のチャンスなのだ。時間との勝負だ。
スラリーはすでに四萬貫を超え、ドラゴンの能力では百程に分け空に揚げなくてはいけない。
ドラゴンは十体しかおらず、十回に分けての作業だ。
「スラリー、私の事を包んでちょうだい」
「エミ、オラと空飛ぶっぺな。空の上さ気持ちいいっぺよ!」
「そうね、とっても楽しみ。ドラゴンに乗る人間の話なら聞いたことあるけど、スライムに乗せてもらえるのは私が初めてだわ、きっとこの戦はうまくいく、そんな気がしてきたわ」
スライムに包まれて、ドラゴンに上空へと舞い上げてもらうエミ。
戦を前に高揚する気持ちは、遠ざかる地上と空の景色に溶かされていく。
魔王城がミニチュアの様に小さくなったあたりで、ドラゴンは鉤爪を離し。スラリーは帆の様に体を広げ、上昇気流にのる。
あたかも空飛ぶ絨毯に乗ったようなエミ、自然に笑顔をほころばせず居られない。
今だけは戦から解放され、年相応の少女に戻ることができる。夢見たような世界、いや現実の夢の世界!
「うわあ、素敵!ホントに空飛んでる……これが醜い戦をしてる場所だなんて、信じられないわ」
「なっエミ気に入ったぺ?すごかっぺ!」
「あ、あの方角きっと父さん母さんのいる村の方角だわ、下に見える山脈はこの間刺客に襲われた所、まるで空を支えてるようだわ、遥か東北東に見えるのってイザベル港の港町ね、まるで豆粒の様、ああ今日という日は一生忘れないわ、スラリー有難う」
そういってエミはスラリーに、そっと、くちづけをした。
「エミ照れるっぺ」
後発組のスラリーを待っている時間がおしい、戴冠式が終わっては元も子もない。もっと空の旅を楽しみたいが、気持ちを抑え、エミは首都を目指した。
先頭を切るのはエミで、聖堂を急襲するため聖堂頂点のドームにスラリーとともに舞い降り、すぐ後に付いてきた九体のスラリーには周りを包囲させる。
サン・アラミノス大聖堂の周りの人々はざわめきだした。見たことなないモノが空から舞い降りたのだから。
エミはドームの天窓から中を覗き込んだ、すると絢爛豪華で、温かみのある光に包まれた神秘的な儀式が行われている最中だ。
「ああよかった、間に合ったよスラリー」
あの上段に構えてる奴が教皇だっぺな?皇帝はどのにいっぺな?」
「多分、あの黒いマントをしたヤツだ、顔見えないからよくわかんないけど。ってあれ?皇帝の後ろにいる儀仗兵、背中になんか背負ってない?」
「あっ!あれはエミと一緒に逃げてるとき、追っかけてきたやつが持ってたヤツと同じだっぺ!アレの威力はすごかったっぺ」
「二人いる、今のスラリーならどうって事無いはずだけど、先に排除しとこうかしら」
「背中に抱えてきたデカい鉄弓使うっぺか」
「直進性と射程距離ならこれに勝るものはないわ、きっとこれからの時代の先端を行く兵器よ」
この兵器の弱点は滑車を引いて弓を引き絞るまでの時間にある。照準を合わせ、慎重に儀仗兵に狙いをさだめる。反動一閃、全くの初めての扱いなのに、鉄の矢は儀仗兵の後頭部からこめかみを貫通し、先の地面に突き刺さった。
「こっ皇帝、かっ、かっかか」
断末魔すら発せぬまま兵は糸の切れた人形の様に真下に崩れる。
「すげえ威力だっぺ!、音がほとんどしないせいか、まだ周りの人間気付いてねえっぺ」
エミは無言で滑車を再度引き、もう一人に狙いを定め、矢を放った。
今度は兵の首を貫通したものの、即死は免れたのか暴れさせてしまい皇帝や周りの枢機卿達がざわめきだした。
「まっいっか、戦闘能力奪ってやったし。後はスラリー殺っちゃおうか、あっでもサラは生かしておいてよ、あの娘とはけじめ付けなきゃいけないから」
「わかったっぺ」
「じゃあ作戦開始!いっぱい殺すわよ~」




