終点へむけて
エミが魔界にきて一週間、魔王や官僚、元帥と軍議を重ねていった。
曰く、首都の地理について、皇帝はここにいる、皇帝の軍はここ、教皇はここ、枢機卿はここに集まり、各地の諸侯ら王はこの地図のここ……、数々のシュミレーションを繰り返しそれを否定し再構築……。
ある日エミはスラリーと二人きりで約束のデートに出かけることになった。と言ってもマクの花畑傍に行くだけのことだ。
「エミは最近元気ないっぺ」
「大きな戦が近いのよ、きっと大勢死ぬわ、というより殺すわ」
「エミは前話していた人間纏めるにはどうしたらいいと思ってっぺ?」
「今の所、宗教を使うのが効率イイわ、教会とか大っ嫌いだけど」
「オラさも考えたけど、宗教はやばいっぺ、アレをどうコントロールするっぺ?」
「政治とは切り離すのよ、坊主は政治にかかわらせない」
「理想はそうかしんねけど」
「基本村人は村から出さないようにするわ」
「そんなこと宗教と関係あっぺか?」
「大アリよ、各村に読み書き、算数、バーデン聖教経典を教える教師を派遣して教育を施すのよ、十歳くらいまでの子供にね」
「それからどうすっぺ?」
「子供が十六になった時に村の外に出してやるの、自由にしなさいってね!ここまでは強制するわ」
「それからどうすっぺ?」
「十八になった時、村に戻るか自由に生きるか選ばせるのよ!」
「意味わかんねえっぺ」
「きっとほとんどの人間は戻って来るわ、その時は農民として生きていくの、ただその二年に自分から勉強して、それでも他の可能性を求めた人間には国として技師や会計なんかの道を用意してあげるのよ」
「村の規律の基準は教典にしたがわせっぺか?
「その通り!だけどコミュニティの和を保つために週に一度宗教としての寄り合いに参加させるわ、日曜集会なんていいと思う」
「はあ、なんかめんどくさくなってきそうだっぺ」
「それこそが目的よ、やがて宗教は習慣と儀式にしか過ぎなくなっていくといいわね、だけど読み書き計算の方は残さなくちゃ、最後は宗教は骨抜きにしてお終いね」
「そううまくいかねえっぺ、宗教はずっと追い払い続けなきゃならねえハエみたいなもんだっぺ」
「だとしたらそうしないといけないわ、でも追い払い続ければ蛆は湧かない」
「宗教はハエと蛆だっぺか?傑作だっぺ!」
「良かったわ!いい議論になったわね」
フティング郊外の牧場は異常な事態になっていた。全国各地から扇動され集められた少年少女でごった返していたからだ。
「サラ!いくら何でも集めすぎだ!この人数どうするつもりだ」
「あはんっヨッカ猊下、そんなに怒られると健康によろしくなくてよ、いいじゃありませんか、枢機卿達への素晴らしい貢物、選びたい放題じゃありませンこと?」
「まあ、それはそうだが……、いやしかし、これだけの人数いつまでも養っておけるほどの備蓄は教会にはないぞ!」
「それでしたらこの子達を養う親達もいっしょですわ」
「何が言いたいサラ」
「わたくしたちバーデン聖教会は彼らの親達の代わりに口減らしをしたのですよ猊下、それを証拠に誰一人止める親がいなかったではありませんか?だから彼らをどうしようと教会に正義はあるのです、もうそれは秩序なのですわ」
「私たちバーデン聖教が千年掛けてやってきた教義がこの結果なのだろうか?いやサラにこのようなことを……」
「猊下、もしわたくしでよろしければ、告解なされてはいかがかしらん、神の子である信徒の罪を許すことは自分の罪が赦される事と同じことですわ」
「そうであったな、しかしせめて彼らが神に召される時くらいは安らかであって欲しいもの、今日のミサは彼らに祈ろうではないか」
「さすがは猊下、お優しいですわ、彼らに速やかな行動をとらせることを約束しますわ、魔界の布教という任務を」
「では、今日のうちに主の挺身者を選抜しなくてはな、一部の枢機卿からせかされて困っておるのじゃ、それからサラ、例のクスリの方もよろしく頼むぞ……」
「そのための彼らなのですから、ご心配なく、クララも今回は頑張ってくれました、今晩は猊下が労をねぎらって下さいませ、クララも猊下のことを一日千秋の思いで待っている様子でしたわン」
「そうであった、そうであった、さてつまらない目利きなど早く済ませようとするかなサラ司祭も一人二人つまんでみては?」
「わたくしはそのようなことは苦手なたちでございますわ」
「意外だな、そうかサラ司祭は幼少の頃修道院育ちであったな、いや敬虔な心掛けであるぞ、父と子と精霊の栄あらんことを……」
「はぁい、そのよう心掛けてますわん、父と子と精霊の栄あらんことを……」
笑いながら少年たちの間を歩く枢機卿を物凄まじい貌で、サラは睨みつけた。
翌日、選りすぐりの容姿の子供たちを連れ、ヨッカは大胆にもバーデン聖教の総本山サン・アラミノス大聖堂へ、枢機卿達にお披露目に出向いた。
クララは残り物の少年少女を率いて、一路魔王城へ向かった。
一方、サラは一足先に魔王城のアスモデに会うため早馬を飛ばしていた。
魔王城、謁見室。
「アスモデ元帥閣下、ご機嫌麗しく」
「サラ殿もお変わりないようで、今日は急な訪問ですね、いかがなされた」
「まもなく五千に及ぶ十字軍が魔界にやってきます」
「何っ!それは一大事!すぐに軍議を……」
「大丈夫です閣下、彼らは何も武装していないただの少年少女、魔王軍にとっておそるる何程のこともございません」
「どういうことだ……」
サラは事の経緯をアスモデに話した。
「それでは、五千にも及ぶ少年達を我らの生贄に捧げて頂けるということですか、サラ殿」
「今までの取引の中で最大の取引になりますね」
「何を望まれる、サラ殿」
「マクを百貫(375㎏)」
「まっ!それ程の量を……」
「その価値はあるはずですわ」
「それほどの量をどうするおつもりか?」
「枢機卿達を骨抜きにした後、皇帝に近づく為に、やがて皇帝を骨抜きにするために」
「怖い方だ、まさか最後はサラ殿が魔界を滅ぼす気ではありませんか」
「まさかそのような、むしろわたくしは魔界の協力者なのですよ、皇帝を骨抜きにすることが出来れば、魔界に大軍を送られることも、確率的に減らせるのではないですか」
「それはそうだが……」
「ではもう一つ、アスモデ様、わたくしをお抱きになって下さいませんか、信頼の証にですわ……」
「なっなにを言い出される、サラ殿」
「人間の信頼を深めるのには、よくある事なのですよ閣下……魔族お方の習わしはどうなのですか?それともわたくしのこと、お嫌いかしら?」
白い蝋の様な透き通る肌に、通った鼻梁、燃えるような深紅の瞳、広い肩幅に、長い手足、大きな手、人間の男よりも平均して高い上背。
サラから見て魔族のアスモデは魅力に溢れている。
以前より気にはなっていたが、ここで関係を深められるならばサラにとって、取引のタイミングとして好都合であった。
サラは修道院時代に犯され続けた経験から、男、人間の男が大嫌いだ。魔族アスモデにはそんな色眼鏡で見ることがない為、正直な自分を出せる妙がある。
「我ら魔族は約束は守る、勿論サラ殿の言われる情の事も我らも理解できる。しかし物量が物量、今回はマク十貫をお持ち願い、それ以上は暫しお持ちいただきたい」
アスモデの対応は元帥としての理性が働いたものであったが、其の眼は艶のある潤んだ瞳だ。
二人は近づき暫く見つめ合い、サラはアスモデの胸に顔をうずめ、アスモデはそんなサラの髪を優しくなでる。
アスモデはサラの頬に手を添え、そっと顔を起こしサラの薄い唇に自分の口を重ねた。
翌朝魔王城を出たサラはマク十貫を携え、サン・アラミノス大聖堂へ早馬を飛ばした。
これから先、書くのに時間がかかるかもしれません。
投稿に間が空いたらすいません。