語られるはずのない話
これは忘れられた物語
形としては何処にも残らず、残留した思いのみで綴られた物語。
幾度読み返しても結末は変わる事なく、始まりもまた不変。
原書であり、始原のお話。
これは遠い夏の日の記憶
縁側に腰を掛けながら、二人の姉弟が星空を見上げていた。
まだ少女と少年と呼ぶに相応しい外見の彼女たちは存外にも分不相応な話をする。
「姉さん、僕は最近よく考えるんだ。明日もしも世界が壊れてしまうとして、その元凶っていうのは一体何なんだろうって」
ただの好奇心にしては随分な問いかけに姉は笑いながら答える。
「そんな事もわからないの?元凶はいつだって人間よ。世界が自殺を選べない以上、いつだって始まりの合図は私達なんだから」
少年は姉の言葉を噛みしめて、理解しようと問いかけを続ける。
「じゃあ僕たちは世界に生かされてるんじゃなくて、人間に生かされているってこと?」
「そうね。でも忘れないで、人間が必ずしも生かしてくれる訳じゃない。時に罵倒し、時に傷付け、時に殺しもする。大事なのは選択する事、選択するのもいつだって人間なのよ」
少年には姉の言葉がまだ理解出来なかったらしい。眉間いシワを寄せて姉の言葉について考え込んでしまう。
「極端な例で言うとね、貴方がもしも誰かに傷つけれて、その誰かを私が殺したとしましよう。この場合、私は貴方を生かしたとも言えるし、誰かを殺したとも言える。ほら、私の行動一つで2つの選択が生まれたことになるでしょう。この二つのバランスが崩れてしまった時に、きっと世界はその結果に耐えられなくなるのでしょうね」
姉は弟の頭を優しく撫でながら世界の真理を語る。
それは深く、とても昏い考えだ。
弟は顔を上げて縁側から立ち上がり、満天の星を背にして姉にこう言う。
「じゃあ僕は誰にも傷付けられない人になる。そしたら姉さんは誰も殺さなくて済むし、世界も守る事が出来る。姉さん、僕は今日から正義の味方になるよ」
あまりにも短絡的で局地的な回答に、姉は可笑しさが込み上げてきて笑い出すのを我慢しきれなかった。
弟は自分の決意を馬鹿にされたと憤慨していたが、姉の胸は喜びで満たされていた。幼くも自分を守ろうと考えた弟が非常に愛おしくて、その一瞬だけは『正義』などどいう理想に酔いしれた。
願わくば、彼の夢見た未来になりますように
願わくば、彼と世界が守られますように
彼女は意味が無いと分かりながらも、星空にそう願った。




