第一話:仲間
祐二達が、白川神社の裏手に位置する榊中学校に到着するのには、5分もかからなかった。
昇降口には、クラス別に名前が張り出してある。
榊中学校は、小さな中学校なので、一年は全部で4クラス。仲間内の誰かしらとは同じクラスになるだろうと思っていた祐二は、張り出されたクラス表を見て、目を疑った。
和哉と誠はA組。
祐二はB組。
博樹と邦生と薫はC組。
「っつーか、なんで俺だけ1人!?意味分かんねー!」
祐二は、かなり大きな声で叫んだ。
「なんかお前らしいよな。ちょーウケる!ハハハ。」
和哉は、腹を抱えて大笑いしている。
「祐二、元気出せよ。」
「新しい友達出来るんじゃね?」
「榊小で一緒だった女が祐二のクラス、いっぱいいるじゃん!いいなぁ。」
「登校拒否してクラス替えしてもらえよ!」
誠達も和哉同様に言いたい事を言い、大笑いしている。
「チクショー!バカにしやがって!もういいですよ。」
祐二は、運命を受け入れたらしく、教室に向かった。
「アイツ、立ち直りも異常に早えーよな。」
誠は邦生と顔を見合せ、同時に同じ台詞を言ってしまい、また大笑いした。和哉達もつられて笑う。
「いつまでも、笑ってんじゃねぇ!お前ら、俺に続け!」
祐二が階段の踊り場から呼び掛ける。
和哉達も階段を上がり、教室へと向かう。
祐二達は知らなかったのだが、一年生が教室へ向うルートは、一階の廊下を歩き、職員室の前の階段を上がるというのが、榊中での一般的なルートなのだ。
昇降口前の階段を上がり教室に向うと、二年生の教室の前を通らなくてはならない。
二年生に顔がきく一年生は、祐二達が選んだルートでも問題はないのだが、祐二達は二年生からは、入学前から目をつけられていた。上級生から見たら、生意気な新入生という事だ。
「おい、見ろよ祐二達だぜ!?入学早々、二年の廊下通るってのは、ナメてるな。」
廊下にたむろしていた二年生の一人が呟く。
「何??こいつらめっちゃ睨んでんだけど…」
薫はニヤニヤしながら、二年生の方を見ている。
一見、祐二達の中では一番おとなしそうに見える薫だが、実は一番好戦的で喧嘩早いのだ。
「薫、今はやめとけって。どーせ嫌でもそのうち上とは揉める事になるんだからさ。」
和哉は冷静に薫を諭すが、視線は一切こちらを睨んでいる二年生達から逸らさない。
「和哉の言うとーり!今はとりあえず教室行くべよ。」
邦生も和哉の意見に賛成し、祐二は今にも二年生に飛びかかりそうな薫を引っ張って歩きだした。
「イテテ。痛てーよ、祐ちゃん!そんな力いっぱい引っ張らねーでも、喧嘩しないから、平気だよ。」
薫は顔をしかめる。
「お前はいつキレるか分かんねーから危険なの!」
トラブルメーカーの薫を黙らせるのは、毎回祐二の仕事だ。薫は、何故か祐二にはあまり反抗しない。
昇降口から、教室までの道のりは距離のわりにはやたら長く感じられたが、祐二達は何とか始業の時間までに教室に入る事が出来た。
「はぁ…。俺だけ一人っつーのはキツいなぁ。」
黒板には、出席番号順に並べられた席順が張り出してある。
祐二の名字は
「矢崎」なので、出席番号は男子で最後。窓際から三列目の一番後ろの席だ。
クラス分けは、祐二的には最低だったが、席はまあまあのポジションだったので、少し救われた気持ちになれた。
「祐二、また同じクラスだねっ!」
右隣の席からの声。声の主は、佳奈だった。
佳奈とは、小学校が一緒で、クラスも何回か同じクラスになった事がある。
茶色に染めたサラサラの髪が、いかにも今風といった感じで、男子からもかなり人気があった。
「おぉっ!佳奈じゃん!和哉達と離れちまったけど、お前がいれば暇しねーわ。助かった〜。」
祐二は、心から思ったし、それをついうっかり口に出してしまった。
「祐二ってもしかして、あたしの事、好きなんじゃないのー??」
佳奈はいたずらっ子の様な表情で微笑む。
「好きなんかじゃねーよ!ただ知り合いがいなかったから、お前がいてよかったと思っただけっ!」
「なーんだ…。好きなのかと思った。」
佳奈は残念そうに呟く。
祐二は、佳奈の態度をどういう風に取っていいのか、分からなかった。
正直言って、佳奈の事は小学校の頃から好きだった。だけど、佳奈が自分の事を好きかなんて、考えた事もなかった。
もし、佳奈が自分の事を好きだというのなら、これほど嬉しい事はないが、お互い冗談を言い合えるような仲だし、真に受けて突っ走るのは怖かった。
祐二は幼いながらも、祐二の気持ちが、一方的なものであったとしたら、それが佳奈に知れた場合、佳奈との関係が今までのものではなくなってしまうような気がしていた。
今のように、気楽に遊んだり、話をしたりする関係を壊したくなかったのだ。
〜A組
「なぁ、和哉。誰も男友達が同じクラスにいない祐二よりはマシだけどさ、俺らのクラスって、榊小から来てる女はカワイイの一人もいねーぞ!」
誠は、唇を尖らせながらつぶやく。
「まぁ、いーじゃねーかよ。他の小学校からカワイイ女が来てるかもしれねーじゃん。」
和哉は、口には出さなかったが、佳奈と同じクラスになれなかった事が一番悔しかった。
小学校低学年の頃からだから、佳奈の事を想い続けてもう5年になる。
佳奈に伝える勇気はなかったが、和哉達のグループと仲が良い佳奈達のグループと一緒に遊んでいるだけで、和哉は幸せだった。
「おぉっ!新しい出会いってやつか!?俺らも中学に入った事だし、そろそろ彼女欲しくね?」
「まあな。第一歩として、誠はヤンキーファッションをやめた方がいいと思う。」
「うっせー!これは俺のポリシーだ!」
誠は、また口を尖らせた。
〜C組
「祐ちゃんと一緒のクラスがよかったなぁ〜。」
薫は椅子にもたれかかり、天井を見上げながら不満を洩らす。
「ホントに薫は、祐二の事が好きだな。」
邦生は呆れ返った様子だ。
「薫の祐二好きは、もはや病気の領域だからな。」
博樹も邦生の後に続く。
「なんだよ?二人してそんな事言うなよ〜。俺は、祐ちゃんにはいっぱい助けてもらったから、感謝してんの!」
転校生で、皆と打ち解けられなかった薫は、祐二に遊びに誘われてから、急激に友達が増えた。
こうして、6人でつるむようになったのも、祐二がいたからだ。
祐二はそんな事をすっかり忘れていたが、薫は律儀にも、今だにその恩を忘れてはいないらしい。
〜B組
ガラッ
「皆、席につけ〜!入学式の前にSHRやるぞ〜。」
教室のドアを開けるなり、担任の教師は言った。
佳奈と楽しく話していた祐二は、担任の顔を見てギョッとした。
祐二のクラスの担任は、朝、白川神社で喫煙していた祐二を叱った、伊藤という教師だったのだ。
「ヤッベ〜!俺、アイツ知ってる!」
祐二は小声で佳奈に話しかけた。
「何で??」
佳奈も小声で返す。
「朝、神社でタバコ吸ってたら見つかった…。」
「マジ!?初日からヤバくない?」
「コラッ!一番後ろの席の茶髪二人!無駄話しないっ!まったく、入学式早々髪なんぞ染めて…。」
注意した拍子に祐二と目が合った伊藤は、祐二の顔を見て、何やら考え込んでいる。
「え〜と、君は…矢崎君だな。俺のクラスの生徒だとは思わなかったよ。」
伊藤は、ニヤリと笑う。
「俺も、まさか伊藤先生が担任とは思わなかったよ…。」
祐二は苦笑いしながら、気まずそうに答える。
伊藤は祐二から視線を戻し、生徒達に向かって、こう言った。
「今朝、矢崎君にはちょっと言ったんだが、君たちも今日から中学生だ。榊中学校は、お世辞にも良い子ばかりの中学校とは言えない。中には悪い生徒だっている。俺は悪さをするなとは言わない。俺も君らぐらいの歳の頃は、良いこと、悪いこと、色々な事に興味があった。しかし、悪さをするなら、可愛げがある悪さをしなさい。人をいじめたり、傷つけるような行為を先生は一切許さないので、覚えておいて下さい。」
伊藤は、生徒一人一人の顔を見るようにしながら、真剣に語りかける。
何かある度に自分を目の敵にした駒田とは、明らかに異質な教師という事は、たった一瞬で祐二には理解できた。
「自己紹介等は、入学式が終了した後にする事にします。それでは、体育館に集合して下さい。」
伊藤はこう付け加え、教室を出た。
「さてと、廊下で和哉達を待つかな。」
祐二は呟きながら席を立つ。
「待ってよ!祐二。あたしも一緒にいくよ。」
実は、佳奈も祐二同様に仲の良い友達とは違うクラスになってしまったのだ。
「じゃ、A組の前で待つべ。」
祐二と佳奈は、A組の前の廊下に座り込み、和哉達が出てくるのを待つ事にした。
どうでも良いような話題で佳奈と盛り上がっていると、次第に生徒達は体育館に移動していく。
「おっ!佳奈じゃん。相変わらず、お前ら仲が良いなぁ。またクラス一緒かよ?」
一人で廊下を歩いてきた邦生が二人を見つけ、声をかける。
「やっと来たよ。薫と博樹は?」
「そろそろ愛子達と来るんじゃん。あいつら、おせーから置いてきた。それにしても、佳奈も運が悪いよな。愛子達は皆C組で一人だけB組。まるで誰かさんみてーじゃん。」
邦生は祐二の方を見ながら笑い、祐二達同様に廊下に座り込んだ。
榊小学校だった生徒達は、祐二達の事をよく知っているので、挨拶程度に声をかけ、通り過ぎて行くが、他の小学校から榊中に来た生徒の中には明らかに敵意を剥き出しにした視線を投げ掛けてくる者もいる。
祐二と邦生は、特に揉め事が好きというワケではないので、明らかに喧嘩を売っているような生徒も、特に相手をせずに無視する。
そんな事を繰り返している間に、和哉と誠が教室から出てきた。
「佳奈〜!」
和哉達が合流したのと同時くらいに現れた愛子が佳奈に抱きつく。
「やーっとみんな揃ったな!体育館行こうぜ。」
祐二は、制服の尻をパンパンと叩きながら立ち上がった。