第1話
スッパーーーーーーン!!!
お世辞にも広いとは言えない飲み屋さん"ほろ酔い亭"の奥、カウンター席の一番右側から小気味良い音が響いた。
「・・・はぁ、またか」
ほろ酔い亭の店主、黒木誠治…異世界からやって来た彼はこの国の住民になってから姓は捨てて、ただのセイジと名乗っている…は、今の音で何が起こったのか一瞬で理解した。
セイジは料理の手を一旦止め、カウンターを周り込んで音の鳴った場所へと向かい。
「ティナ、お客さんをひっぱたくんじゃない」
と、常連客のカルロスじいさんにお盆の一撃を加えた赤い髪をポニーテールにした美しい女性"ティナ"の後頭部に軽くチョップした。
「うぅ、だって・・・
カルロスさん、また私のお尻触ろうとしてきたんだもん・・・」
やっぱりか、と思いつつもまた「はぁ」とため息をつき。
「じいさん、ティナが頭をひっぱたいたのは謝るよ。
でセクハラはいい加減止めてくれ、ティナだって迷惑しているんだから」
「いいじゃんか、老人の数少ない楽しみなんじゃから」
自ら老人と言ったが、若々しい筋肉質の体付きに輝くブロンドの髪と口髭のこの男、店一番の常連客で毎日開店と同時に現れ、迎えが来なければ閉店まで指定席を陣取って動かない。
ありがたい人でもあるが、ティナが近くを通る度にセクハラをしようと手を出してくる困ったお客さんでもあった。
「俺も色々助けてもらってるからあんまり言いたくないけど・・・
やめる気が無いな息子さん呼び出すからな」
「そっ、それは勘弁じゃ・・・」
「分かったならもういいよ。
皆で楽しく飲もうってのがうちのモットーなんだから、マナーは守ってくれよ」
言うだけ言うとまた厨房戻ろうとしたが。
「いやいや、ティナちゃんの華麗な避けかたとカウンターの一撃見事だったぜ。
良いもん見せてもらったさ」
と、声を掛けて来たのはエルフの狩人であるラカンだ。
一般的にエルフと言えばイケメン優男なイメージであろうが、彼の姿はそれとは大分違う。
筋骨隆々で、金髪角刈りの爽やかフェイスで某合衆国海兵隊員かアメコミヒーローの中の人に長い耳を付けたらこうなるだろうといった容貌の大男だ。
「ラカンさんも煽らないでよ、カルロスじいさんがまた調子に乗るから」
「そうよ、それにセクハラされる女の子の気持ちも考えなさいよ!
そんなんじゃあんたの片思いしてる相手にだって振り向いてもらえないわよ」
「!!!っ、・・・すまん・・・」
余計な事を言ってしまったラカンにちょっぴり怒り気味なこの女性の名前はエコー、今日はたまたま居合わせた彼と相席になった可愛らしいドワーフの女性である。
ちんまい体付きで、クリクリした瞳、明るい緑色のツインテールといかにも少女といった感じに見えるが、既に齢80を超えたロリババ・・・もとい成人女性だ、精神年齢は見た目通りだが・・・
ドワーフらしく酒には目がないが、非常に弱く、脱ぎぐせがある。
因みに、ラカンの片思いの相手とはエコーの事だ、全く気付く様子はないが。
騒ぎから抜け出し、厨房に戻ったセイジはカウンター越しに一度店全体を見回す。
お客さん達に酒はいき渡っている。
料理も、先ほど手を止めた物を盛り付ければ完成、これが出ればラストオーダーだ。
手早く済ませると。
「ティナー、これ出したらラストオーダー聞いてくれ!」
「はーい♪」
ティナがポニーテールを揺らし、振り向いて笑顔で答える。
そのエルフが一目惚れする程美しい…この世界において女性に対する最大級の褒め言葉…と言われるその姿には、出会いから6年が経った今でもドキリとさせられる。
視界の端ではカルロスじいさんがフルプレートの鎧に包まれた男に引き摺られ退場していったり、泥酔したエコーがテーブルの上でストリップを始めているがいつもの事なので気にしない。
手が空くとつい、ティナに視線がいってしまうので一心不乱に片付けをする事にした。
騒がしい、でも満ち足りた生活だ。
悩みも、辛い事もない訳ではないが、俺みたいな異文化人を受け入れくれた彼らには感謝してもしきれない。
このほろ酔い亭でみんなの笑顔を見るのが今のセイジの生き甲斐だ。
また明日には違うお客さん達が来るだろう。
だがそれが楽しい、どんなつまみを作って上げようか考えながらセイジは1日の仕事を終えた。




