賽は投げられた
投稿日を間違うという初歩的ミスをおかしました!!すみません!!
なので今回は直接投稿します。
「み……う……?」
呆然と呟く。そこは、先ほどまで歩いていた楽園ではなく、黒づくめの男と歩いてきたような鬱蒼とした森だった。
(うっそぅ……って、そんなこと言ってる場合じゃなくて……っ!)
ぶんぶんと頭を振る。少し落ち着こうと大きく深呼吸をし、頭の中を整理する。
すると、ぞくりと背筋に悪寒が走った。えもいわれぬ恐怖が心を支配する。冷静に考えれば考えるほど、恐怖はいや増してくる。
ほんの数秒前まで、美雨と一緒に歩いていた。
先程まで、隣を歩いていた筈だ。
先程まで、言葉を交わしていた筈だ。
人はいきなり消えたりはしない。
しかし、今までの記憶が甦る。
気配もなく、いきなり現われては消えた少女たち。
少しばかり眼を放した隙に忽然と姿を消した千歳。
どこか恐ろしい雰囲気を纏っていた黒づくめの男。
小屋で出会ったおじさんの意味深な台詞。
美雨と千歳の会話。
遅れた入寮時期。
僅かな疑問や猜疑心は、すべて恐怖へと変わる。
鬱蒼とした森に、突如現れた楽園。そしてそれは忽然と姿を消してしまった。
(何? 何っ? 何っ!?)
眼尻に涙が溜まる。恐慌状態に陥り、足ががたがたと震え出す。
(――怖い!!!!)
心を全て恐怖に支配され、理性が儚くも消え去りかけた頃、この場に似つかわしくない穏やかな声が耳に届いた。
「今日和。いいお天気ですねぇ」
ぎょっとして声のした方を振り返ると、いつの間に現れたのか、木に寄りかかった人影が見えた。
その人間が、優雅にこちらに向かって歩いてくる。
誰か人がいるということにほっとすると同時に、先ほどまで誰もいなかった空間にいきなり人が現われたという恐怖もある。
状況も感情も整理がつかず、冷静さを欠いていた栞は思わず後ずさる。
そんな栞の心境を知ってか知らずか、その人影は、迷わず栞に向って歩いてくる。近付くにつれ、その姿が鮮明になってくる。
長い黒髪を1つに結わえているところから、女性だろうとも思ったが、先ほどの声は完全に男性のものだった。
年は17・8くらいだろうか。背が高く細身で、あまり筋肉とは無縁の体型をしていた。
近くまで来ると、その顔がよく見えた。完璧に整った、甘い顔立ち。千歳は直視することを躊躇ってしまうような美貌であったが、この青年はもっと身近で、所謂イケメンといわれる類の人間だった。
女性的な美しさや華やかさはあるものの、中性的な顔立ちではなく、一見して男性であることがわかる。
その美しい容貌には常に柔和な表情を浮かべており、栞の警戒心を僅かに緩めてくれた。
「ようこそ。樫綾学園へ。歓迎致しますよ。2人目の羊さん」
にっこりと微笑むその笑顔に、何故か既視感を感じた。
「あ……あの……」
「賽は投げられた」
話かけようとした栞の言葉は、青年の明朗な声にかき消される。
「覆水は盆に返らず、投げられた賽もまた、戻すことは出来ない」
唄うような青年の言葉に、問いかけることも出来ずにただ聞き入る。
「運命の歯車は回り出した。その運命を受け入れるか、拒絶するかは貴方次第。試練を乗り越えられるか、屈伏するかもまた……」
天を仰ぐかの様に両手を空に掲げ、芝居がかった様子で続ける。
「しかし、貴方の意志に関係なく、物語は進行する。ならば眼を反らし逃げ続けるよりも、現実に目を向け運命に立ち向かう方が、強く、美しい。――そう、思いませんか?」
そう言って、にっこりと微笑みかける。その笑顔を正面から直視して、思わず頬を朱に染めてしまう。
「大丈夫。貴女には、頼りになる仲間がいます。仲間を信じ、己を知ることこそが、運命を切り開く導となるでしょう」
そこで言葉を区切り、栞に向き直る。
「今から、最初の……第1の試練が襲いかかります。これは貴女の運が試されます」
「し……れん……?」
そこで、やっとで声が出てきた。絞り出すように出された小さな呟きを、その青年は漏らさずに聞き取ったらしい。
「1つだけ、助言を致しましょう。大切なのは、諦めないこと。増援が来るまで持ちこたえられれば、貴方の勝ちです」
そう言って残りの距離を一気に詰めると、素早く栞の手を取り、その手に恭しく口づける。
その瞬間、栞の顔は真っ赤に染まり、声も出せぬ様子で口をぱくぱくさせている。
「頑張って下さい。応援していますよ」
そう言って、にっこりと微笑み、身を翻す。
「あ……っ!あのっ……!!」
反射的に声をかけると、その声に反応し、青年は振り返る。
「貴方は誰ですか!?試練とか、助言とか……一体………」
だんだん声が小さくなっていき、最後には聞き取れないほど小さな呟きとなる。
そんな栞の様子を見て、困ったように微笑むと、申し訳なさそうに答える。
「その質問の回答は私から口にするわけにはいきません。ですが、直ぐにわかることとなるでしょう。……助言はまぁ……罪滅ぼしですかね」
最後の言葉は小さく、栞の耳には届かなかった。
「私は王や姫からある種の信頼を得ていますからね。ここで台無しにするわけにもいきませんし、なりよりまだ、命は惜しい」
そう言って、栞に微笑みかける。
「ですから、もう1つ、助言を与えましょう。己の直感を大切にしなさい。目に見えるものが全てであるとは限りません。……あとはまぁ、基本的なことです。知らない人について行っちゃ駄目ですよ」
悪戯っぽく微笑むと、1歩後退する。
「ではまた、お会い致しましょう……」
その台詞と共に、青年の姿がぼやけてくる。突如大量の霧が発生し、青年の姿が見えなくなる。
「貴女に幸あらんことを……」
その言葉が霧とともに空中に霧散し、気が付くと、青年は跡形もなく消え去っていた。
栞は茫然と、青年の消えた辺りを凝視する。まるで、白昼夢を見ていたかのように、現実感がなかった。
彼が消えた後もしばらくは何も考えられず、呆然と立ち尽くしていた。
三尾(仮)は作者のお気に入りの1人。
今回の三尾(仮)の台詞も実は気に入っていたり。