七
じんじんと痛む膝を見つめながら座っていると、外から黒ローブの情けない声が聞こえてきた。
泣きが入っている、な。
「あ~、楽しそうに見えるのは何ででしょうねぇ~」
「人徳だろう」
「はっ?違うやろ!」
薬のついた指をふきながら外の様子を見た空き巣その一の呟きに、くそガキが謎な答えを返したもんで、思わず突っ込んでしまった。
おっさんを痛め付ける姿が楽しそうに見えるのが徳とされるのは、どエスしかいない国だと思う。
当然住みたくない。
もしかして、ここはそうなの?
「そろそろ止めた方が~、いいんじゃないですか~」
間延びした声でそんな風に言うけど、動こうとしないその一。
小さい方を見ると、慌てて首を横にふる。
聞こえてくる泣き声。
扉を開いて、三人で外の様子を見に行くことにした。
相変わらずキラキラしたもので縛られた黒ローブは地面に転がったままで、父はその上に腰かけていた。
これってどう見ても……。
「あの~、手当て終わりました~」
険しい顔のまま、私の顔と膝へと視線を動かすと、少しだけ眉間のしわが薄くなった。
「もう少し離れていろ。そろそろコイツの飼い主が来る」
飼い主って。
なんだろう。雇い主のことかな。
部下の後始末にやって来てぺこぺこ頭をさげて、「どう落とし前つけるんだ」とか言われて滝のような汗を流す髪のまばらな中年男性を思い浮かべた。
なんだか気の毒?
「大丈夫か?」
考え込んでいると、横からくそガキに声をかけられて我にかえった。
変な顔でもしてたのかしらね?
「足。立ったままで辛くはないのか」
どこかぶすっとした顔のままだけど、どうやら心配しているみたいだった。
意外と良い子なの?
しゃべり方がめんどくさいけど。
「傷は表面だから、立ってるのは平気。ええと――」
いつまでも空き巣と呼ぶわけにもいかないから、この際名前を聞いとこう。
「私は花梨」
「私はガエタン・レム・オーランシェだ。これは護衛のロラン」
「ロラン・バルトリ、二十歳独身です~」
意外と丁寧に自己紹介されたので二人に向き直った。ガエたん?ガエタン?なんか可愛い名前。
その一が護衛ってことは、もしかして君は偉そうなガキじゃなくて実際偉いの?
「ん?ガエ、たん?レムって言った?」
「発音が悪いな、カリン。レムは母の姓だ」
父の名字と一緒やねー?
落ち着いて確認しようと父に声をかけようとしたら、視線を遮るように突然一人の男の人が現れた。
「いやぁ、すまんすまん、遅くなった」
全く心のこもってない台詞を言いながら、ゆっくりと立ち上がる父の方へ近寄って行くその人。
後ろから見ると、ゆったりしたベージュ色のシャツに黒い細身のパンツで、飾り気ないけどだらしなくは見えない。
くせのある茶色の髪の毛をワシワシしながら、もう片方の手をひらひらさせて、なだめたいんだかおちょくってんだか微妙なしぐさ。
父は後者に見えたらしく、また怖い顔に戻っちゃったわ。
「ご主人さまぁ、黒の十番がないのですっ」
半泣きの黒ローブは、父が立ち上がったので芋虫のようにして逃げようと頑張っている。
「探して来るよう言ったけど、ここに行けとは言ってないんだがねぇ」
黒ローブのご主人様は、責任逃れをするようです!
悪徳政治家か!
「お前の教育が悪いからだろうが?家で暴れた挙げ句私の娘に怪我させた」
父の言葉に、その人はやっとこっちに気が付いた。
一瞬ぽかんとした顔をしたけど、すぐに笑顔になってこっちに来た。
「お嬢さん、不肖の弟子が迷惑をかけたそうで申し訳ない。私に免じて許していただけないだろうか」
あっという間に両手を握りしめて、片膝をついて「お願い」ポーズをとった。
なんだろう、この至近距離は?
ご主人様は、なんかもう全体的にエロかった。
ちょっとたれ目気味の目元も、無精髭のある口許、シャツは前から見ると胸元がっつり開いてるし。
声も渋くて、近くで聞くと響く感じ?
「触るな、花梨が汚れる」
黒ローブをいじめるのに飽きたらしい父は、跪くその人の襟首を後ろから引っ張った。
「カリンというのだね、あなたにぴったりの可愛らしいお名前だ」
「めげないですね~」
とって食われそうな気がするので、手を取り返してガエタンとロランを盾にすることに決めた。
黒ローブはアンリ、ご主人様はジャコーという名前で二人とも魔術研究家。
ご主人様が、一般の売買が禁止されている劇薬を欲しがったので、弟子が探し回って今日に至ったらしい。なんて迷惑な!
しかも全く悪びれず、最後までのらりくらりと、政治家の責任逃れのように意味のあって無いような事しか言わなかった。
最終的に、父が相手をするのに疲れてしまって、薬代と家の修理費の請求書を送るからさっさと帰れ、と追い返して終了。
「何だったんだ、あの変な大人は」
「お疲れさまでした~」
ガエタンもジャコーさんが苦手だったらしく、居なくなった途端にため息をついてぶつぶつ文句を言い、ロランは苦笑して父に声をかけた。
さて、次は君達の番じゃない?
話がなかなか進まんですね