六
凶悪に険悪な顔で、バケツを持った父は一人ずつを睨み付ける。
私に目が止まった所で、バケツを地面に叩きつけるようにして投げ捨てて、吠えた。
「それは、どいつにやられたっ!?」
さっきの続きでえぐえぐ言ってる私の代わりに、空き巣の二人がビクビクしながら、黒ローブを指差す。
それを目で辿った父は、大股でそいつに近付いて行った。
凶器、持ってたような気がする。鉈を。
私が声をあげて歩みを止める前に、ひっくり返ったままの黒ローブに向けて手を伸ばした父。
そのまま掴むのかと思ったら、ゆったりしたシャツの袖口から何かキラキラしたものが出てきて、黒ローブにまとわりついた。
ん~?
初めは粉っぽかったのに、今はきゅっと紐状になって締め付けてる。
黒ローブを大人しくさせてから、少しだけ柔らかな表情でこっちを見た父。
とは言っても元が怖い顔なのであんまり変わらない。
「中で手当てをしてやれ」
してやれ、と言われたのは起き上がって服を叩いてた空き巣その一。
空き巣なんだけど。
家にあげていいもんなの?ハンカチは貸してもらったけど、家に入れて手当てを手伝わすのは防犯上どうなの?
私が困惑で挙動不審になっていると、舌打ちしそうな顔でこっちを見た。だから怖いってば。
「この二人の身元は保証する。傷を洗って薬を塗れ。黴菌が入る。痕が残る」
早口で言ってくるので、もうキレそうなのかもしれない。私にまで攻撃されたらたまらないから、急いで立ち上がって家に入ることにした。
倒れている黒ローブは、縛られて父に背中を踏まれているのに、まだ薬を欲しがっていた。
何なんだ、黒の十番。
麻薬かなにかかしら?
「あ~イタタ。腰打っちゃった~使い物にならなくなったらどうしましょう~」
私が入った後から、空き巣二人はついてきた。
その一は腰をとんとん叩きながら、くそガキの方は外の二人を気にしながら。
「じゃあ、傷を洗ってきてくださいね~薬出しときますから~」
そう言われて、私は素直にハイと答えて裏で顎と膝を水で流した。
痛い。しみる。
こんな怪我、小学生以来だよ。みっともない。
ん、なんであの人薬の場所とか分かるわけ?
私が急いで戻ると、傷薬とか清潔な布とか、治療に使いそうなものが用意されているではないか!
もしかして、普通に知り合いだったんだろうか?
「早くこちらに来ないか。血が垂れるぞ」
くそガキに言われて膝を見ると、確かにタラーッとしている。
相変わらず痛いし気持ち悪い。
「座ってくださいねー」
座らされて、しみますよ~とか言いながら青汁みたいな薬を塗られて、意外に深い傷だった膝に包帯を巻かれた。
顎は少し擦りむいただけだから、少しでいいんじゃないかな。
この薬、本気でしみる。
牽制と期待を込めて見つめると、困ったように微笑まれた。
「ちゃんと塗らないと、傷痕残りますよ~」
そんな顔してもダメー、と呟きながら、そっと薬を塗られた。
気をつかってくれたみたいだけど、今度は指がくすぐったくて。
「あ、笑った~」
薬を塗っていたから顔が近くて、指は相変わらず顔に当てられていて、これはかなり恥ずかしいと思う。
私もね、思春期だからね。
段々顔に血が集まって来るような気がしてきて焦るのに、この男は気付いてるのかいないのか、へらへらと私を見て笑っている。
空き巣の次はセクハラか?
「殺されるぞ」
誰が?黒ローブが?
くそガキの呟きにビクッとすると、空き巣その一はするっと指を引っ込めた。