五
「ただいま。誰か来なかったか」
父が帰ってくるなり私のとこに聞きに来たのでちょっとびっくり。
私はあの変な二人を放置して家に帰って、文字のお稽古に熱中していた。
そういえばしばらく外で騒いでたけど、静かになってる。
「変な二人が来た。子供と大人の、微妙に空き巣っぽいの。店閉まってるのわかってて来たんだってさ。キモいからほっといたよ」
外から帰ってきた父が会わなかったんなら、もっと早くに諦めて帰ったんだろうな。
「子供と大人……」
父は心当たりがあるのかないのか、眉間にシワを寄せて隣の部屋に行ってしまった。
まだ、このお人もよくわからんなぁ。
そんな事があったのもすっかり忘れていたある日、いつものように店番をしていた私。
帳簿に書かれたサインを解読しながら累計をとるという、新しく加わった作業に没頭していた。
ふ、とカウンターに影ができて顔をあげたら、いかにも魔法使いっていう黒いフード付きローブを着た人がたっていた。
客は全員魔法関係者だけどここまでイメージ通りの人は初来店。これに杖があれば完璧だよ!
「い、いらっしゃいませ」
思わずどもってしまった。顔は見えないけど、白い髭のお爺さんであれ!
「黒の十番」
聞こえてきた声は、今までにないくらい不気味な声だった。
カサカサして、変な加工をしたみたいな多重音声状態で。
それに。
「黒に、十番は無いです。三番までしか……」
説明が終わらない内に、何かが視界できらめいたと思ったら、カウンターにナイフが振り下ろされた。
や、ナイフなんて生易しいもんじゃないな、鉈だ。
田舎の老人会のボス・小林さんが山道を切り開くのに使っていたブツに似ているわ。筍やら山芋なんかを一緒に採りに行って、お祖母ちゃんに貢いでたなぁ。
「出せ、早く!十番だ!」
カウンターから離れて現実逃避をしていると、客改め居直り強盗はカウンターをガンガン刻み始めた。
「すいません、ごめんなさい、ほんとに無いんで、どうしよう?あ、入れ物見て確かめてもらえたら、信じてくれるですかっ」
身の危険を感じて、何言ってるかわからなくなりつつあったけど、とりあえず命ばかりはおたすけを~という展開に持っていきたかった。
こういう時、下手に抵抗したら八つ当たりでぶすっとやられそうだしね。
持ってけドロボーという言葉もあることだから。
ん?何か違うかも?
黒ローブの人は鉈を持ったままカウンターを乗り越えて来ようとしたので、私は入れ違いに下から出た。
怖くて足ががくがくするのを必死で動かして、そのまま店外へ飛び出した。
それから、父が家側または裏庭に居たんじゃね、という事を思い出した。
薬を探す黒ローブが更に家側に踏み込んで父と遭遇、出会い頭にばっさり、という最悪な想像をしてしまった。
大声を出して注意を呼び掛けるべきか、でも見つからない可能性だってあるわけだから、声掛けたら逆効果じゃね?
どうする、私?
「とっ――わぁぁ!」
迷った挙げ句呼ぼうとしたら、凄い勢いでドアが開いて、黒ローブが出てきた。鉈をかざして。
どこのホラー映画だ!
半泣きで、逃げるしかないでしょ!
必死で走り出して、例の一本道を目指す。
逃げ出して思ったけど、どこまで逃げたらいいんだ。
家の敷地が終わって、細い道が始まる辺りで、こっちに向かって人が来るのが見えた。
助けを求めるべき?
それとも一緒に逃げるように?
迷ってる間に顔が見える距離になり、慌てて止まろうとして失敗、つんのめって思いっきりスライディングした。
「貴様っ、いきなり何だ、何を企んでいるっ」
「いや~、単に転んだんでしょ~?立てる~?」
転んだ拍子に顎を打った!本格的に泣きそうな私の耳に入ったのは、この前の怪しい二人組の声。
「前門の虎後門の狼ってこういう事か!」
サイズ的にはジェイソンとチャッキーか?
自分の想像でもっと泣けてきた。
「汚いな、鼻水が垂れているではないか!」
「ごべんなざい、ごろざないでぇぇっく」
思春期の乙女の泣きながらの命乞いなのに、くそガキは後ずさった。
心にすごいダメージを受けたんだけど!?
「もしかしてあれ~?」
年上の方が、倒れたままの私をひっぱり起こしながら目を丸くした。
転んでたせいで、追い付かれたんだね。
「その娘を渡せ。黒の十番はどこにある」
黒ローブの気持ち悪い声でくそガキは青くなって更に離れて、私を支えていた腕に一瞬痛いくらいの力がこもった。
気がついたらくそガキの方へ突き飛ばされていて、鉈と剣が交差していた。
至近距離でバトル開始とかもう止めて欲しいんですけど。
「ほら、顔を拭かぬか。全く、女の癖に……」
唖然としている私を引っ張って道の端に避けて、ハンカチを差し出したくそガキは、目では二人を追っていた。
派手な音をたてながらチャンバラする二人。
銃刀法とか、ないんか。
なんでもありか。
黒ローブより長い剣を持ってるからか、空き巣の方が有利になってきて、追い詰める、というか家の方へ戻って行く。
横に行って欲しかった。
あ、と思ったら、生け垣がばっさり切られ、よろめいた黒ローブがスロープに沿って咲く花を踏み潰す。
我が家の被害がどんどん増えるし、この辺で止めてくれないと庭に死体が転がるんじゃないだろうか。
「ねぇ、あれ止めてよ」
「阿呆か、貴様!そんな事が出来る訳なかろう。黙って助けられておればよいのだ」
んん?空き巣に助けられるのも不思議な話。
まぁ、意思の疎通が出来るだけこっちの方がましなのかな?
仕方がないから、はらはらしながら決着がつくのをまっていたら、突然の試合終了。
「やかましいっ、この馬鹿共がっ」
ドアが開いて、消防車並みの放水が直撃して黒ローブが吹っ飛び、空き巣はそれを避けきれずに尻餅をついた。
中から出てきたのは、バケツを持った父。
水の量とバケツの体積が明らかにおかしい。
素朴な疑問がちらっと浮かんだけど、聞ける雰囲気ではなかった。
だってこの中で一番こわかったんだもん。
書いてるとどんどん長くなっていきます……。