二
誘拐同然に連れて来られた私のあれこれ
不意打ちで、日本から謎の国へ連れて来られた私は。
泣き喚いて、手当たり次第にその辺りのものを投げつけて、数日間ハンストを試みた。
自称父はそれに黙って耐えて片付けて、私が眠っている間にこっそり水や栄養剤を少しでも飲ませようと努力していたらしい。
何で私が諦めてこの現実を受け入れたかと言うと、意識が朦朧として朝か夜かもよく分からなくなって、何となく外を眺めていたらソレが目に入ったから。
六本の花梨の木。
田舎のお祖母ちゃんの家にあったものよりは小さめでヒョロヒョロだったけど、見たことのない木に混じってそれは確かにそこにあった。
非現実の中の現実。
ワケわからん世界の中の私を見ているようで、怒りや悲しみを通り越して、むしろ笑えてきたもんで。
声に出して笑ってみたら意外とすっきりした。
それから、無表情だけど恐る恐るという感じの自称父が持ってきたスープを飲んで、栄養剤も飲んで、ちょっとずつ消化に良さそうなものを食べた。
麦みたいなので作った雑炊で、なんだか懐かしい味だった。
自称父はアナトール・レムという。
母は私に、亡くなった父の名は「とおるさん」だと言っていた……。
「なんで父と母は別れたわけ?」
「――そもそも婚姻関係ではない。お互いに、故郷や仕事から離れられなかったからだ」
私は?
あからさまな表情をしていたせいか、自称、もういいや、父は気まずそう。
「離れる時に決めていた。お前が16になったら、どちらが合うかわかるから、それまでは女親の方がいいだろうと」
「いや、そこは私に決めさせるんじゃないの?」
「世界に馴染むかどうかが重要だった。感じていたのではないか?」
思わず喧嘩腰で反論した私にそう返してきたので、それ以上言えなかった。
まぁ他の人とずれてるとは思っていたし、言われてもいたけど。
そういうもんなの?
うまく丸め込まれてない?
まぁそれはいいとしても。
「お祖母ちゃんに黙って来ちゃったから、心配してるんじゃない?学校とかも」
「学校などは彼女が手続きを済ませているから問題ない。義母上は……」
そこで初めて、気の毒そうな、可哀想なものを見る目で私を見て言いよどむ。
こういう話だと、初めからいなかったことになってたり、実は死んでたりってパターンがあるよね。
「最近、記憶力に問題が生じているようで……」
うん、誕生日を忘れられた時点でそんな予感はした!
たまに、ただの住み込みバイト扱いっぽかったから。
ちゃんとご飯を食べて、普通に活動できるように体調が戻ったある日、庭の花梨について聞いてみた。
庭と言っても、区切りはないんだけど。
父は照れに照れて中々教えてくれなかったけど、母や私に会えなくなるのが寂しいので、日本から10本くらい苗木を持って帰って育てたらしい。
外来の植物は生態を破壊するとかなんとか習った事を思い出したけど、そんな野暮は言わない。
ちょっと、いや、すごく嬉しかったから。
私は、父は死んだと聞かされてたから考えもしなかったのに、この人は私達の事を想ってくれてたんだ。
そんな感じで、ちょっとぎこちない私達父娘の生活が始まったのだった。