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「いらっしゃいませぇ」



狭い店内にギリギリ聞こえる程度の、やる気のない私の声。

椅子に座ると胸の高さまで来るカウンターに、顎をのせて本日一人目の客を迎えた。


「赤の三番と、緑の五番を二つずつ」


「毎度どうも。月末に請求しますんで」


赤い粉と緑の粉が入った包みを引き出しから出して、カウンターへ並べた。

お客さんは簡単に中身を確かめて、帳面にサインをして帰っていく。

来た時と同じように、音もなく、瞬きしたら居ない。

ドアを使う人もいるんだけど、気付いたら立っている事があるから構えるのをやめた。

基本姿勢はカウンターに伏せ。

この店に来る客はものすごく事務的で、合理性命!みたいなのが多いから、販売さえきちっとやっとけばいいのだ。


あくびしながらでも、おやつ食べながらでも。



別に私は元々こんな怠け者じゃなかった。

他人よりちょっととろいかな、ずれてるかな、と感じることはあったけど。


ここまでやさぐれたのには訳があるのです。




あれは私の16歳の誕生日。

父を亡くし、女手ひとつで私を育てていた母が長期出張中の事。


夏休みに、田舎で小さな商店を営むお祖母ちゃんのところでバイトをしていた私は、一人寂しく店番をしていた。

記憶力がほんのちょっと衰えてきていたお祖母ちゃんは、私の誕生日はスルーして近所の皆さんと句会に出掛けてしまったのだ。



色々空しい感じで、それでも真面目にバイトをしていた私。小学生にアイスを売ったり駄菓子を売ったりして午前中を過ごしていたけど、午後からはぱったり客が来なくなった。


暑かったしね。


これなら店閉めてもばれないんじゃないかという心の声と戦いながらウトウトしていると、すごい勢いで男の人が入ってきた。


急いでいる訳じゃないけど威勢がいいというか、テンポが速いというか。


例えるなら軍人さん?


ゴッゴッゴッピタッガラガラッゴッゴッピタッ


どんな靴はいてるのか確認したい程の足音。

真夏に革靴?正気?


そう思ったから私はその人を足から見上げた訳よ。



真っ黒い編み上げショートブーツみたいのに、真っ黒いパンツ、真っ黒い……。

神父さんみたいな、首元まで暑苦しい、長袖の上着。


「暑くないですか?」



思わず聞いてしまった。

言ってから、ヤバイと思って顔をみたけど怒ってはなかったと思う。


真夏でも色白なお肌には汗かいてないし、無表情だった。

焦げ茶の髪をオールバックにした、割と渋めの30代後半のおじさんは、見たことがある顔だったから、近所の人かな?と思って愛想笑いをしておいた。

お祖母ちゃんが文句言われたら嫌だからね。


「コンニチハ、何かお探しですか」


慣れない敬語で話しかけてもすぐ答えずに、私をじっと観察するみたいに見てくるので、照れるというか、ぶっちゃけキモかった。


真夏に脳が煮えた変質者という可能性もあるし。

いつでも通報できるようにこっそり携帯を握っていると、やっと観察を終えたおじさんが口を開いた。


曰く、


「私はお前の父親だ」



なんか色々叫びたかったのを、察して欲しい。





「なぁにを、言ってるんですかぁ?」


「田仲 花梨、平凡だか凝ってるんだか微妙な名前だな」


「やかましぃわっ!花梨は花は可愛いし、エキスは喉にも良い、お役立ち植物なんだからねっ」


「知っている。私がつけた名だ」


バカにされた、と思って噛みついたらそんな事を言われて、どう反応していいか分からなくなった。


「16になったのだろう?約束通り迎えに来たのだ」


普通それは白馬の王子様が跪いて言う台詞じゃないだろうかいやきっとそうだ。例外は認めない。


「あんたに迎えられる覚えはない!」


毅然とした態度で返事をすると、自称父のおじさんは初めて表情を変えた。

片方の眉をあげて、口元も片方にシワを寄せて。


はっきり言って怖かった。

あ~ん?俺様の言う事に文句あんのか、このガキ?


といったような台詞がお似合いで。

でも、口に出してはこう言った。


「母も承知だぞ?16になったら跡を継ぐと。頑張ってね~、と言っていた」


「ふざけんな――!!」


老朽化したカウンターを思いっきり叩いた私の手を、掴まれたと思った瞬間、視界がぐにゃっと歪んだ。



こうして、私はお祖母ちゃんの店から自称父の店へと職場を変わったのだった。

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