迷探偵のサンタ論
十二月二十四日、深夜。普通の子供なら、サンタを待ちわびて、寝静まっている頃。
優は、啓輔の自室に現れた。
訝しげな父親を前にして、優は問いかける。
ねえ、パパ――。サンタさんって、どうして家宅侵入罪で捕まらないの?
優は現在小学一年生。別段、サンタを信じている事自体は、何らおかしい事では無い。寧ろ年相応……愛らしいとすら思うだろう。
ただこの娘の場合、何かがずれているのだった。
これから繰り広げられるであろう議論に思いを馳せ、啓輔は、小さく溜息をついた。
「ねえ、パパ? 家宅侵入罪くらい知ってるでしょ? あれだよ。刑法130条の、住居侵入罪――」
「じゃあ、逆に質問するけど。お前は、サンタさんに捕まってほしいのか?」
「うっ……いや、そういう訳じゃないんだけど」
まさか質問で返されるとは思っていなかったらしい。急に視線が泳ぎだす。
というか、住居侵入罪を知っているというのに、未だサンタを信じているというのは……夢があるのか無いのか、よく分からない。
「こ、これは、純粋な知的好奇心をくすぐられているだけであって――べ、別にそういう訳じゃ……」
「サンタさんは、悪い子供の所には来ないんだぞ。さて、明日の朝が楽しみだ」
「う、うう……」
啓輔のからかうような口調に、優は一気に意気消沈する。
どうやら、今年お願いした推理小説の新刊が欲しくない訳ではないらしい。
上下巻タイプの物で、かなり続きが気になっているようだったのだから、無理もないだろう。
まあそんな心配をしなくても、プレゼントは、既に用意されているのだが――。
「あ! そっか、そういう事か!」
「え?」
突如、優が何かを思いつく。かなり晴ればれとした顔だ。
どうやら、かなりお気に入りの説を思いついたらしい。
「そうだよ。サンタさんなんだから、家宅侵入罪に入る訳ないんだよ! もう、パパも分かってるなら教えてくれればいいのに」
「ほう。……お前には、サンタさんの正体が分かった、とでも?」
「勿論!」
優は自信満々に笑みを浮かべている。
さあ、一体どんな推理を聞かせてくれるのやら――。
啓輔は小さく笑い、小さな探偵の言葉に、耳を傾けた。
「きっとサンタさんは、サンタ省から派遣された人達なんだよ! だから、法律では特別免除されてる、ってわけ!」
「……はい?」
サンタ省……随分とまあ、聞き覚えの無い名前だ。
苦笑いを浮かべる啓輔を尻目に、優は偉そうに腰に手を当てている。
「つまりだね、啓輔君。郵便屋さんや新聞配達の人と同じなのだよ。彼らだって、人の敷地内に入ってはいるが、罪にはならない。サンタさんだって、きっと彼等と同じように特別免除に――」
「じゃあ優。一つ聞くが、サンタさんは、どうやって家の中に入ってくるんだ? 煙突なんて今の時代なかなか無いし、あったとしても入れないだろう」
啓輔が口を挟むが、迷探偵は、その事もきちんと考慮していたらしい。
ちっちっち、と小さく人指し指をふる。
「合鍵、だよ。きっと、サンタ協会のお偉いさんは、子供の居る家一軒一軒の合鍵を持っているんだ!」
「じゃあ、鍵を使わないオートロック製の家はどうするんだ? 今の時代、指紋認証システムが鍵代わりになっているなんて、ザラにあるぞ?」
「じゃ、じゃあきっと、子供の居る家は、夜中戸締りをしないで……」
「この事務所、ちゃんと戸締りしておいたつもりだけど? 何なら、今から確認しに行くか?」
啓輔は、わざとらしく腰かけていたベッドから立ちあがる。
いくらなんでも、サンタさんの為だけに防犯を怠るほど、啓輔も阿呆じゃない。
大体、本当にそんな事をしたら、クリスマスの街は、強盗で溢れかえってしまうだろう。
「……じゃあ、ピッキングのプロの人が――」
「それは幾ら何でも犯罪だろ」
うう……と、優は押し黙ってしまう。
とはいえ、このままお開きになってしまうのもつまらない。
啓輔はもう少しだけ優の迷推理を聞いてみることにする。
「じゃあ、一旦それは置いといて……一体、サンタさんは、どうやって国中を回っているんだ? 一人の人間が、全国各地を一日で回り切るなんて、とてもじゃないが、不可能だぞ?」
「ああ、それは簡単だよ。だって、サンタ省は全国各地にあるんだもん。ほら、郵便やさんだって、色々な所にあるでしょ?」
「成程。全国各地にあるサンタ省の人達が、空飛ぶそりに乗って、子供たちの家を回る……ってわけか」
「やだなあ、パパ。空飛ぶそりなんてあるわけないじゃん! 家には、車で回ってるんだよ! パパって、何ていうか、いい年して夢見がちだね」
啓輔の皮肉に、満面の笑みで優が答える。心なしか、呆れたような視線すら感じられる。
お前にだけは言われたくない!――と啓輔は、心の中で叫んだ。
苛立ちを表情に出さないよう、必死に口角を上げ、啓輔は問いかける。
「じゃあ優。サンタさんの用意してくれるプレゼント代って、誰が出しているんだ? まさか、子供がいない間に、こっそり回収にくる――なんて、言いださないよな?」
「いや、まさか。優も、そこまで馬鹿じゃないよ。あれでしょ? 税金」
「……まあ確かに。あながち、間違ってはいないな」
「ほら! やっぱり優の名推理が当たった!」
迷推理、の間違いだろう? と啓輔は心の中でツッコミを入れる。
ついでにいうと、それは公務員の子供だけだな。
「他に、質問はないかね? 啓輔君」
相変わらず優の態度は偉そうだ。少しムカつく。
「……じゃ、最後の質問。これ終わったら、ちゃんと寝ろよ?」
「ふっふっふ。何でもきいてくれたまえ」
「サンタさんって、冬しか仕事してないのに、どうやって生活してるんだ?」
「……え?」
初めて優が呆けた顔をする。……どうやら、そこまで考えていなかったらしい。
「そ、それは――えっと、あれだよ! 税金で補助――」
「そんな楽な仕事があるなら、俺今頃サンタさんやってるよ」
「……実は、酷く難しい入社試験がある、とか?」
「ま、いいや。じゃ、その有能なサンタさんは、どうやって子供たちの欲しい物をつきとめるんだ? 全国の子供たちに、アンケート調査でも?」
「……そんなの、やった記憶ない」
ぐぬぬぬぬ……と、優は言葉に詰まる。
唸っている優を前に、啓輔はふっと微笑んだ。
「ほら、馬鹿な事考えてないで……もう寝なさい。本当に、サンタさん来ないかもしれないぞ?」
「う、うう……」
啓輔が諭すように言うと、優は小さく頬を膨らませる。
子供特有の怒り方に、小さく苦笑しながら、啓輔は優を外へと追いやる。
「ほら、とっとと部屋に戻れ。……それとも、一人で寝るのが怖い――」
「おやすみなさい!」
少し小馬鹿にすると、優は頬を膨らませたまま部屋を出て行く。
不機嫌気味だが、一人で寝るのが怖い、と思われるよりはマシなのだろう。
……全く、手のかかる娘だ。と、啓輔は思う。
優の部屋に行くのは、これから一時間後くらいが良いだろうか。
何かがずれているが、基本小一の彼女。一時間も、睡魔に耐える事は不可能だろう。
「おやすみ、優。……メリー、クリスマス」
啓輔は、小さく、そう呟いた。
こんにちは、明智 ひなと申します^^
初めての短編だったのですが、いかがだったでしょうか?
勢いで書いたものなので(汗) いつも以上に酷い仕上がりですが、お楽しみいただけたら幸いです。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございました!