プロローグ
キーンコーンカーンコーン
授業の終了を知らせるチャイムが教室に鳴り響く。
号令に合わせて先生への挨拶を済ませると、教室のあちこちで話し声がし始めた。
今日は高校1年生の始業式。
式の後、先生による学校案内や細かなルール説明、自己紹介などが行われた。
僕の学校は中高一貫校であり、中学上がりの生徒間では既にコミュニティが出来上がっているようだ。
「中野……大地くん?大地くんて呼べばいいかな?」
隣の席の爽やかな好青年が話しかけてくる。
名前は武田というらしい。
「うん。1年間よろしく、武田くん」
自分の周辺の人の名前を把握しておいてよかった、と心の中で息をつく。
滑り出しはまあまあといったところだろうか。
彼のような、フレンドリーで誰にでも分け隔てなく接してくれる人間は今後中心人物となっていくだろう。
今も彼は他の周りの人に話しかけている。
「中学どこから来たの?」
「やっぱり最初は緊張するなあ」
「連絡先交換しよう!」
初対面同士でお互いに情報を交換し合う声が飛び交う。
これこそ進学・進級時の醍醐味と言えるだろう。
活発に話しているこの雰囲気を味わうとやっと、新しい環境が始まったな、と感じる。
聞いてばかりでいてはいけない。
最初は出方を伺っていたが、新クラスで遅れをとってしまうと今後に影響してしまう。
誰かに話しかけようと意を決して声を発したはいいものの、クラスの後方からの騒がしい笑い声にかき消されてしまった。
「お前また同じかよ!」
「うちの担任当たりじゃん!」
「隣のクラス見に行こうぜ!」
おそらく中学上がりだろう。
10人ぐらいの日に焼けた男子が群がっていた。
体格からして野球部、サッカー部、バスケ部だろうと予想がつく。
しばらくその集団を眺めていると、じんわりと菜の花のような黄色が浮かび上がってくる。
キーンコーンカーンコーン
下校時間を知らせるチャイムが鳴った。
予め帰りの準備を済ませておいた僕は、結局誰にも話しかけることができずに、足早に帰路に着いた。
スクールバスの乗り場まで歩き、ひとりで席につく。この時間帯のバスに部活動の生徒が乗る気配はない。
こんな入学初日から部活動や体験に行っているのだろうか。
今日の学校の行き帰りだけでも精一杯に感じる僕とは何か身体のつくりが違うのだろうかと疑問に思う。
窓際の席からはらはらと舞い落ちる桜の花びらを眺め、物思いに耽っていると後方からなにやら揉めているような声がした。
バスの前方にあるミラーで様子を伺うと、体格のいい男子生徒が通路に立って誰かに話しかけている様子が見えた。
身長や言葉遣いからして高2以上であることは間違いないだろう。
揉めている相手は誰なのだろうと少し体勢を変えてみると、新入生の中学生らしい男の子がミラーに映った。
「一人席やめてって言ってるよね。
俺ら2人だから君が座ってると迷惑なんだよ。」
座席は基本、2人用の席が前を向いて並んでいる。
それらの中でも、座席は広い「神席」と狭い「ゴミ席」に二極化している。
中学生の男の子はそれを知らず「神席」に1人で座ってしまっていたのだろう。
もう次々と生徒が乗り込んできてしまっているため、戻ろうにも戻れない状況にあり、彼はどうしようもできないでいた。
前の方に座っている僕は、ただ成り行きを見守っているしかなかった。
ミラー越しに見つめる上級生はみるみるうちに赤く染まっていった。
その時ふと、もしかすると僕も怒られるのかもしれない、と思ったがすぐに僕の一人席を埋めてくれる人が来たお陰で無用な心配となった。
隣に座ったのは、同じ新入生らしき女の子だった。
少し大人びていて、落ち着きが感じられる。
迷わずこういった行動ができるのは好感が持てる。
少し目を離していた隙に事態が進展してしまっていたようだ。
新入生の後ろに座っていた女子生徒2人が助け舟を出したのだろう。
彼女たちは座っていた席を譲り、新入生の隣と補助席にひとりずつ座っていた。
隣に座っている新入生はまだ真っ青で、顔には血の気がないようにも見えた。
「ありがとうございます」
震えながらも少年の口がそう言ったのが見えた。
この件は無事に終わったと思って良さそうだ。
上級生や女子生徒たちはもう何事も無かったかのように会話に戻っている。
今日は高校生1日目。
僕がこんな日常に慣れるのにはまだ時間がかかりそうだ。
人は話す時、歩く時、勉強する時、何を感じ、考えているだろうか。
退屈さや苛立ち、喜びなど様々あるだろう。
同じ楽しいコンテンツでも、性格によって、感性によって感じる楽しさや心の動きが違う。
この違いはみんなに「個性」があって、それがそれぞれ違うから生まれるのだろう。
僕にはその「個性」が見える。
誰もが胸の内に秘めている個性。
僕にはそれが視覚的に観測できる。
見え方は主に2つある。
「図形」と「色」で、共通しているのはどちらもみぞおちあたりに現れるということ。
教室の中学上がりの男子のように「楽しさ」や「嬉しさ」などを感じている人は彩度の低い色が浮かび上がって見え、バスでの上級生のように「怒り」や「不快」を感じている人は彩度の高い色が見えてくる。
また、頑固で自我の強いような人は、堅さや重みを感じさせる角張った形を持っている。
反対に、暖かくて友好的な人は、丸みを帯びた柔らかい形が現れる。
だが、例外が一つだけある。
他人の形や色がこれほどまでにはっきりと見えるのに、僕自身には何ひとつ浮かび上がらない。
僕は形も色もない、透明人間のような存在なんだ。
中学では見つからなかった僕の中身が、この先の高校生活では見つかるのだろうか。




