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無限在庫チートで異世界を買い占める〜窓際おじさんが廃棄予定のカップ麺で廃村エルフと腹ペコ魔王を救済したら最強商会ができました〜  作者: 黒崎隼人


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第7話「防犯スプレーとスタンガンの洗礼」

 夕闇が迫る市場の片隅で、タケシの屋台を取り囲むゴロツキたちの数は十数人に膨れ上がっていた。彼らの体からは、何日も風呂に入っていないような酸っぱい汗の匂いと、安酒のアルコール臭が入り混じった不快な空気が漂っている。手には錆びついた長剣や、棘のついた棍棒が握られていた。


「おいおい、なんだその余裕ぶった態度は。エルフの小娘を庇って死にてえのか」


 顔に大きな傷のあるリーダー格の男が、黄ばんだ歯を剥き出しにして笑いながら一歩前に出た。彼の足元で、片付けかけだったプラスチック製のゴミ箱が乱暴に蹴り倒され、空になったカップ麺の容器が乾いた音を立てて石畳に散らばる。


 リリアはタケシの背中にしがみつき、ブルブルと小刻みに震えていた。彼女の細い指がタケシのワイシャツをきつく握りしめているのが、背中の感触を通して伝わってくる。


「リリア、目を閉じて、少しだけ後ろに下がっていなさい」


 タケシは振り返らずに静かにそう告げると、エプロンの下に着ていたスーツのジャケットのボタンを外し、ゆっくりと前に向き直った。相手は刃物を持った凶悪なゴロツキの集団だ。素手で立ち向かうなど、映画の主人公でもない四十代のサラリーマンにできるはずもない。しかし、彼には「無限在庫処分」という規格外の力がある。


 タケシは相手の視線から手元を隠すように、背中に回した右手に意識を集中させた。引き出すのは、地球の護身用品メーカーが過剰生産で在庫を抱え、泣く泣く廃棄処分に回した代物だ。空間がかすかに歪み、タケシの手に冷たい金属の感触が収まった。


 それは、業務用の超強力な催涙スプレーと、高電圧の護身用スタンガンだった。どちらも警備会社などが使用するプロ仕様の最新モデルだが、ほんのわずかな塗装の剥がれだけで検品を弾かれた不良品だ。


「おい、小娘を置いていくなら命だけは助けて……ぎゃああっ」


 リーダーの男がニヤついた顔で言いかけた瞬間、タケシは躊躇なく右手を突き出し、催涙スプレーのノズルを全開にして押し込んだ。プシューッという甲高い噴射音とともに、オレンジ色の強烈なガスが男の顔面を直撃する。


「目が。ああっ、目が焼けるゥゥッ」


 男は剣を取り落とし、両手で顔を覆いながら石畳の上をのたうち回った。唐辛子由来の強力なカプサイシン成分が、目、鼻、喉の粘膜を容赦なく焼き尽くす。異世界には存在しない純度百パーセントの化学的刺激に、男は言葉にならない悲鳴を上げ続けた。


「な、なんだ。毒魔法か」


「ひるむな。ただの商人だ、囲んで殺せ」


 リーダーの惨状に一瞬たじろいだゴロツキたちだったが、すぐに殺気立ってタケシに襲いかかってきた。しかし、タケシの足元にはすでに大量の見えない罠が仕掛けられていた。彼がスプレーを噴射した直後、足元から音もなく展開していたのは、廃棄予定の大量の防犯用粘着シートだった。ネズミ捕りの人間サイズ版とも言える、強力な接着力を持つ特殊シートだ。


「うおっ。足が、足が動かねえ」


「なんだこのネバネバは。靴が地面に張り付いて」


 襲いかかろうと踏み込んだ数人のゴロツキが、次々とバランスを崩して前のめりに転倒した。彼らの革靴やズボンの裾が、工業用の強力な粘着材に絡め取られ、もがけばもがくほど身動きが取れなくなっていく。


 タケシはその隙を見逃さなかった。動けなくなったゴロツキの一人に静かに歩み寄ると、左手に隠し持っていたスタンガンのスイッチを入れる。バチバチバチッという青白い放電の光と、空気を切り裂くような鋭い破裂音が薄暗い市場に響き渡る。五十万ボルトの電流を放つその黒い塊を、タケシは男の首筋に冷酷に押し当てた。


「ガ、アアアァァッ」


 男の体は硬直して白目を剥き、一瞬で気を失って崩れ落ちた。タケシはそのまま流れるような動作で、隣で粘着シートにもがく別の男の肩口にもスタンガンを押し当てる。バチッという音とともに、肉の焦げる嫌な匂いが漂い、二人目の男も痙攣しながら沈黙した。


 魔法の詠唱もなしに、見たこともない道具で次々と仲間が無力化されていく。残った数人のゴロツキたちは、もはやタケシをただの商人ではなく、得体の知れない恐ろしい魔術師か何かと錯覚し始めていた。


「ば、化け物め」


「逃げろ。こんな話、聞いてねえぞ」


 顔を真っ青にした残りのゴロツキたちは、粘着シートを避けるようにして、我先にと市場の出口へ向かって脱兎のごとく逃げ出していった。石畳の上に残されたのは、顔を押さえてうめくリーダーと、粘着シートに絡まりながら痙攣する数人の男たちだけだった。


「ふう……危ないところだった」


 タケシはスタンガンのスイッチを切り、大きく息を吐き出した。催涙スプレーの刺激臭がまだわずかに漂っているため、スーツの袖で鼻を覆う。背後でしゃがみ込んでいたリリアが、恐る恐る目を開けて立ち上がった。


「タケシさん……今の、いったい何ですか。雷の魔法ですか」


 リリアは目を丸くして、気絶している男たちとタケシの手にある黒い機械を交互に見比べた。


「魔法じゃない。ただの護身用の道具さ。少し刺激が強すぎたかもしれないが、こいつらにはちょうどいい薬だろう」


 タケシは倒れているリーダーの胸ぐらを掴み、無理やり引き起こした。男の顔は涙と鼻水でぐちゃぐちゃになり、目は真っ赤に充血して焦点が合っていない。


「よく聞け。俺の商会に手を出すということは、こういうことだ。領主に伝えろ。次はこんなものでは済まない。俺を排除したければ、軍隊でも連れてくるんだな」


 タケシは男を乱暴に突き飛ばした。男は悲鳴を上げながら這いつくばって逃げ出し、気を失った仲間を置いて暗がりへと消えていった。


「さて、リリア。片付けを済ませて、早く村に帰ろう。領主の奴も、これですぐには手を出してこないだろうが……本格的な対策を急ぐ必要があるな」


 タケシは冷静に状況を分析していた。ゴロツキを追い払ったとはいえ、領主がこのまま引き下がるはずがない。経済的なダメージに加えて面子まで潰されたとなれば、次は本物の兵士を差し向けてくる可能性が高い。


 彼には「無限在庫」という切り札があるが、それでも多勢に無勢の戦闘になれば、エルフの村を守りきれる保証はない。物理的な防衛力と、さらに強固な流通の保護が必要だった。


「タケシさん……私、何もできなくてごめんなさい」


 荷車に空の段ボールを積み込みながら、リリアがうつむき加減につぶやいた。彼女の銀色の髪が、夜風に揺れている。タケシは彼女の頭にポンと手を置き、優しく微笑んだ。


「気にするな。君がいてくれるから、俺はこの世界で商売を楽しめているんだ。戦うのは俺の仕事じゃない。俺の仕事は、どんな相手でも丸め込める取引を見つけることさ」


 タケシの頭の中には、すでに一つの壮大な計画が浮かび上がっていた。領主の武力を無力化し、異世界の経済を完全に掌握するための究極のパートナーだ。彼は村への帰路につきながら、夜空に浮かぶ二つの月を見上げて不敵な笑みを浮かべた。

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