第6話「カップ麺が引き起こす食文化革命」
領主の街での大成功を収め、大量の金貨と銀貨を手にして村に帰還したタケシたちを、エルフたちは歓喜の声を上げて出迎えた。村の広場は、もはやスラムのような廃村の面影は微塵もなく、活気に満ちた前哨基地の様相を呈していた。
「タケシさん、すごいです。こんなにたくさんのお金、見たことがありません」
リリアがテーブルの上に積み上げられた硬貨の山を見て、目を輝かせながらタケシの手を握りしめた。彼女の手のひらからは、温かい体温と、タケシへの絶対的な信頼が伝わってくる。
「これはまだ序の口さ。大事なのは、この資金を使ってどう流通網を広げていくかだ。領主は必ず反撃してくる。その前に、俺たちの商品をこの地域の必需品にしてしまわなければならない」
タケシはリリアの手を優しく握り返し、真剣な眼差しで答えた。彼の次なる一手は、異世界の食文化そのものを根底から塗り替えることだった。
翌日、タケシは村の広場に巨大なテントを張り、商品開発会議と称してエルフたちを集めた。テーブルの上には、地球のジャンクフードの結晶とも言えるカップ麺の山が築かれている。醤油、味噌、豚骨、シーフード、激辛スパイス。様々な味付けのカップ麺が、鮮やかなパッケージを煌めかせている。
「みんな、聞いてくれ。街の商人たちは、俺たちの薬草や石鹸の品質に驚いていた。だが、本当に大衆の心を掴むのは食だ。手軽で、安くて、圧倒的に美味いもの。それを市場にばら撒く」
タケシは一つのカップ麺の蓋を開け、お湯を注いだ。三分後、蓋を開けると、強烈なニンニクと豚骨の匂いがテント内に充満した。エルフたちはその暴力的なまでの香りに一斉に鼻をひくつかせ、ゴクリと喉を鳴らした。
「これを、街の一般市民や、日雇いの労働者たちに向けて売り出す。忙しい彼らにとって、お湯を入れるだけで熱々の食事ができるというのは、革命的なんだ」
タケシはエルフたちに試食を促した。初めて豚骨ラーメンを口にした若きエルフは、あまりの旨味に目を見開き、無言のままスープの最後の一滴まで飲み干した。
「タケシさん……これ、魔薬か何か入ってませんか。もう一杯食べないと、手が震えてきそうです」
「それが化学調味料の力だ。地球では健康に悪いだのなんだの言われて敬遠する奴もいるが、栄養失調ギリギリのこの世界の人々にとっては、究極のエネルギー食になる」
タケシの狙いは的中した。翌週、街の広場に設けた屋台でカップ麺の販売を開始すると、お湯を注ぐだけで完成する手軽さと、かつて味わったことのない強烈な旨味が労働者たちの間で爆発的な話題を呼んだ。
昼時になると、タケシの屋台の前には長蛇の列ができ、街中のあちこちでプラスチックの容器を持って麺をすする人々の姿が見られるようになった。お湯を提供するサービスも始めたことで、タケシの屋台は一種のコミュニティの場として機能し始めた。
さらにタケシは、廃棄予定の安価なレトルトカレーや、フリーズドライのスープもラインナップに加えた。領主が設定した高い税率で売られている粗末なパンや干し肉など、誰も見向きもしなくなった。街の食糧事情は、タケシの無限在庫によって完全に掌握されつつあった。
「おい、聞いたか。領主様の倉庫で麦が腐り始めているらしいぞ。誰も買わないからな」
「当たり前だ。あんな石みたいに硬いパンを食うくらいなら、タケシ商会のカレイライスを食うに決まっている。あのスパイスの香りを嗅いだら、他は食えねえよ」
屋台の客たちの会話を耳にしながら、タケシはエプロン姿でカップ麺のお湯を注ぎ続けていた。彼の隣では、リリアが満面の笑みで客から銅貨を受け取っている。彼女の接客態度は愛嬌があり、労働者たちからもエルフの看板娘として大人気だった。
しかし、順調に見えるこのスローライフの裏で、不穏な影が忍び寄りつつあった。領主の経済基盤を破壊した報復が、目に見える形で現れ始めたのだ。
ある日の夕暮れ時、屋台の片付けをしていたタケシたちの前に、武装した十数人の屈強な男たちが現れた。兵士ではない。薄汚れた革鎧を着込み、殺気を隠そうともしない傭兵やゴロツキの類だ。
「お前が、最近調子に乗っているというタケシって商人か」
顔に大きな傷のあるリーダー格の男が、抜き身の剣を肩に担ぎながらタケシに凄んだ。リリアが恐怖でタケシの背中にしがみつく。
「領主様からの伝言だ。お前らのせいで、街の商売があがったりだとな。ここで屋台ごと燃やされるか、儲けた金を全部置いて村から出て行くか、選ばせてやるよ」
男の言葉に、周囲の空気が一気に凍りついた。ゴロツキたちは下品な笑いを浮かべながら、屋台の周りを囲んでいく。しかし、タケシの顔に焦りの色は全く浮かんでいなかった。彼は落ち着き払った動作でゆっくりとエプロンを外し、折りたたんでテーブルの上に置いた。
「暴力で市場を独占しようとするのは、三流のやり方だ。それに、俺の在庫は商品だけじゃないんだよ」
タケシの目が、冷たく鋭い光を放った。彼は頭の中で「無限在庫処分」にアクセスし、ある特殊な在庫を引き出す準備を整えていた。異世界のならず者たちに、現代の防犯技術と圧倒的な物理的抑止力を叩き込む時間がやってきたのだ。




