第3話「型落ち電動工具とブルーシートの魔法」
翌朝、タケシは村の現状を正確に把握するため、リリアとともに村中を見て回った。状況は想像以上に酷かった。屋根は抜け落ち、壁は腐り、雨風を凌ぐことさえ困難な家屋ばかりだ。畑は完全に栄養を失い、カチカチに干からびている。井戸は枯れかけており、濁った泥水がわずかに底に溜まっているだけだった。
「これじゃあ、いつ病気が流行ってもおかしくないな」
タケシはスーツのジャケットを脱ぎ、ワイシャツの袖をまくり上げた。ネクタイも外し、すっかり現場作業員のような出立ちになる。彼は広場に戻ると、村人たちを集めた。彼らの目は、昨夜の食事と眩い光の記憶から、タケシに対して畏敬の念を含んだものに変わっていた。
「みんな、聞いてくれ。今日からこの村を修繕する。俺が道具を出すから、力仕事を手伝ってほしい」
タケシが「無限在庫処分」の能力を発動させると、広場の地面に巨大なプラスチックのケースがいくつも現れた。ケースを開けると、中には黄色や黒の鮮やかな色をした電動工具がぎっしりと収まっている。これらは、最新モデルが発売されたことで型落ちとなり、まとめて廃棄業者に回された新品同様の品々だった。さらに、大量の木材の端材、釘、ネジ、そして分厚いブルーシートのロールが山のように積み上げられた。
「リリア、これを持ってみてくれ」
タケシはリリアに、充電済みの小型電動ドライバーを手渡した。リリアはおっかなびっくりそれを受け取り、タケシに教えられた通りに引き金に指をかけた。ギュイィィンという甲高いモーター音が響き渡り、リリアは驚いてドライバーを落としそうになる。
「これが、俺の故郷の道具だ。魔法の力を使わずに、木を切り、穴を開け、家を直すことができる。俺がやり方を見せるから、みんなで手分けして作業しよう」
タケシは率先して崩れかけた家屋の前に立ち、手際よくブルーシートを広げた。破れた屋根の上にシートを被せ、タッカーでバシバシと打ち付けていく。雨漏りを防ぐための応急処置だが、この異世界の劣悪な環境においては、これだけでも劇的な住環境の改善となる。
村人たちは初めは戸惑っていたものの、タケシが丸ノコで分厚い木材を数秒で切断し、電動ドライバーで次々と釘を打ち込んでいく様を見ると、目を輝かせて集まってきた。エルフたちは元々手先が器用で、自然と調和する技術を持っていた。しかし、過酷な搾取と飢えによってその技術を振るう気力さえ奪われていたのだ。タケシの提供する圧倒的な利便性を持つ現代の道具は、彼らの眠っていた職人魂に火をつけた。
「すごい……この丸ノコという道具、まるでバターを切るように木が切れるぞ」
「こっちのインパクトドライバーとかいうのも信じられん。力を入れなくても、一瞬で木と木がくっついてしまう」
広場のあちこちから、驚きと歓喜の声が上がる。タケシは彼らの作業を監督しながら、次々と現れる小さな問題を解決していった。ネジが足りなくなれば、即座に在庫から補充する。刃がこぼれれば、新しいものと交換する。枯れかけた井戸の底には、泥水でも濾過できるアウトドア用の携帯浄水器を大量に設置し、清潔な飲料水を確保した。
昼食の時間には、タケシは再び「在庫」から大量の食料を引き出した。今日は、栄養価の高いプロテインバーと、お湯を注ぐだけのフリーズドライの味噌汁、そして缶詰のフルーツだ。重労働で汗を流したエルフたちにとって、塩分と甘味が染み渡るこれらの食事は、まさに命の薬だった。
「タケシさん」
食事の合間、リリアがタケシの隣に座り、プロテインバーをかじりながら話しかけてきた。彼女の顔には泥と汗がついていたが、瞳は昨日とは見違えるように生き生きとしている。
「本当に、夢みたい。昨日まで、みんな死ぬのを待つだけだったのに。タケシさんが来てくれて、村が生き返っていくのがわかる」
「まだまだこれからさ。家を直して腹を満たしただけじゃ、根本的な解決にはならない。領主がまたやってきたら、同じことの繰り返しになる」
タケシの言葉に、リリアの顔がさっと青ざめた。
「領主……そうだった。税の取り立ての日が、もうすぐ来るわ。彼らは私たちが少しでも物を隠していないか、村中をひっくり返して探すの。こんなにおいしい食べ物や、魔法みたいな道具を見つけたら……全部奪われてしまう」
リリアの震える声に、タケシは手にしたコーヒーの缶をゆっくりと置いた。彼は空を見上げ、ふうっと息を吐き出した。サラリーマン時代、彼は悪質な取引先や理不尽な要求を繰り返す上司と何度も対峙してきた。彼らの手口は、異世界の強欲な領主とさして変わらない。力で押し切り、相手から搾取できるだけ搾取する。そんな相手に対して、真正面から抵抗するのは下策だ。
「リリア、心配しなくていい。俺に考えがある。領主の要求には、きっちりと応えてやるさ。あいつらが二度と、この村に手出しできないような方法でな」
タケシの目は、普段の温厚なサラリーマンのそれではなく、冷徹な計算を巡らせる商人の色を帯びていた。彼は手の中の「無限在庫処分」という切り札を、どう使えば最大の効果を生むか、すでに盤面を描き始めていた。異世界でのタケシの本当の戦いは、この廃村の復興から、周辺の経済全体を巻き込む壮大なゲームへと移行しようとしていた。




