第2話「廃棄予定品が照らす廃村の夜」
森を抜けた先に広がっていたのは、廃墟と見紛うばかりの寒々しい光景だった。傾いた木組みの家々が数軒、枯れ果てた畑の周りに力なく寄り添うように建っている。空気はどんよりと重く、人の気配はほとんど感じられない。風が吹き抜けるたびに、腐りかけた屋根の草がカサカサと乾いた音を立てて崩れ落ちていく。ここがリリアの言うエルフの村なのだ。
タケシがリリアの背中を追って村の中心部へ足を踏み入れると、土気色の顔をした数人のエルフたちが、家々の陰から幽鬼のように現れた。誰もがリリアと同じように痩せこけ、瞳の光を失っている。彼らは見知らぬ人間のタケシを見ると、怯えたように身をすくませ、ある者は落ちていた木の棒を震える手で構えた。
「人間……どうして人間がここに」
「リリア、そいつは領主の使いか。もう奪うものなんて何もないぞ」
かすれた怒声が飛び交う中、リリアがタケシの前に立ちはだかり、両手を広げた。
「違うの。この人は、私を助けてくれたの。すごくおいしくて、体が温かくなる食べ物をくれたのよ」
リリアの必死の訴えにも、村人たちの顔に浮かぶ不信感は消えない。タケシは彼らの恐怖と絶望がどれほど深いものかを感じ取り、刺激しないようにゆっくりと前に出た。そして、スーツの内ポケットから何も取り出さず、ただ両手を広げて見せた。
「突然押しかけてすまない。俺はタケシというただの商人のようなものだ。領主とは関係ない。信じられないだろうが、俺には君たちを助ける当てがある」
言葉で説得するよりも、証拠を見せる方が早い。タケシは村の広場の中央、少し開けた場所に視線を定めた。頭の中で「無限在庫処分」のシステムにアクセスする。狙うのは、災害時の備蓄用に製造されながら、賞味期限まで残り半年を切ったという理由だけで一斉廃棄の対象となった大量のレトルト食品と飲料水の段ボールだ。
『出ろ』
タケシが念じた瞬間、広場の空間が微かに歪み、ドドドッという重い音を立てて、数十箱もの段ボールが山のように出現した。村人たちが息を呑み、後ずさりする。タケシは構わず箱の一つを開け、中から銀色のレトルトパウチを取り出した。さらに、発熱剤と水がセットになった簡易加熱キットを箱から取り出し、手際よくパウチを温め始める。シュウシュウと白い蒸気が上がり、やがて甘辛い肉の匂いがパウチの隙間から漏れ出し、村の冷え切った空気を一変させた。
タケシは温まった牛丼の具を、別に出したパックご飯の上に豪快に盛り付けた。肉の脂が熱で溶け出し、タレがご飯に染み込んでいく様は、見る者の胃袋を直接掴むような圧倒的な破壊力を持っていた。タケシはそれを、一番近くで警戒の眼差しを向けていた年配のエルフに差し出した。
「まずは食べてみてくれ。話はそれからだ」
年配のエルフはタケシの目と差し出された丼を交互に見比べ、震える手でそれを受け取った。鼻先をかすめる強烈な肉の匂いに抗うことはできず、彼は手掴みで肉とご飯を口に放り込んだ。次の瞬間、彼の目から大粒の涙がぼろぼろとこぼれ落ちた。
「あぁ……なんという……こんな甘くて、力強い味は初めてだ」
年配のエルフが泣きながら丼をかき込む姿を見て、他の村人たちもたまらずタケシの周りに群がってきた。タケシは次々と箱を開け、温かいシチュー、ハンバーグ、カレーなどのレトルト食品を振る舞った。冷え切っていた廃村の広場は、瞬く間に現代の加工食品が放つ強烈な匂いと、食事をむさぼるエルフたちの熱気に包まれた。
タケシは少し離れた場所に立ち、彼らの様子を静かに見守っていた。企業が数字の辻褄を合わせるために書類上で「ゴミ」として処理したものが、ここでは命を繋ぐ奇跡の恵みとなっている。自分の持っているスキルの異常な価値と、異世界と地球の常識の絶望的なほどのズレを、彼は冷え冷えとした実感として噛み締めていた。
「タケシさん」
リリアが小走りで駆け寄ってきた。彼女の顔には、もう死の気配はない。代わりに、戸惑いと深い感謝が入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。
「本当に、いいの。こんなにたくさんの、神様が食べるようなごちそうを……私たちなんかに」
「神様が食べるものじゃない。これは、俺の故郷では少し古くなっただけで捨てられてしまうものなんだ」
タケシの言葉に、リリアは信じられないというように目を丸くした。
「捨てられる。これが。どうして……こんなにおいしくて、体が元気になるのに」
「それが俺のいた世界のおかしなところさ。でも、だからこそ俺はここで君たちの役に立てる。この村は、俺がなんとかするよ」
タケシは力強く断言した。彼は単なる善意だけで動いているわけではない。物流と在庫管理のプロとして、この手付かずの異世界で自分のスキルがどれほどの価値を生み出せるか、試してみたかったのだ。この村を拠点にして、自分の商圏を作り上げる。そのための初期投資として、この大量の廃棄食品は決して安いものではなかった。
夜が深まり、食事を終えたエルフたちの顔には、久方ぶりの安堵の色が広がっていた。タケシは彼らに、もう一つの驚きを用意していた。暗闇に包まれた広場の中央で、彼はLEDのランタンを複数取り出し、スイッチを入れた。眩いばかりの純白の光が、廃村の闇を鮮やかに切り裂き、広場全体を昼間のように照らし出した。
「光だ……魔法の火を使わずに、こんなに明るく」
村人たちが驚嘆の声を上げる中、タケシは今後の計画を頭の中で組み立てていた。明日は村の修繕だ。型落ちの電動工具とブルーシート、そして大量の建築資材代わりの廃材が、俺の「在庫」には腐るほどある。この村を復興させるのは、タケシにとって地球での単調な倉庫整理よりも、はるかにやりがいのある仕事になりそうだった。




