エピローグ「物流は世界を繋ぎ、在庫は未来を創る」
乾いた風が、平坦に整地された石畳の街道を吹き抜けていく。
かつては獣が通るだけの細い土の道だったその場所は、今や片側二車線分ほどの幅を持つ、異世界最大の物流の動脈へと変貌していた。街道の脇には等間隔で太陽光充電式のLED街灯が並び、夜間でも安全な通行を約束している。
地響きのような音を立てて街道を進んでいくのは、馬ではなく、屈強なオークやミノタウロスたちが引く巨大な四輪の荷馬車だ。彼らはタケシ商会のロゴが背中にプリントされた統一の制服を身にまとい、誇らしげな顔つきで整然と行軍している。荷馬車の上には、ブルーシートで厳重に覆われた大量の段ボール箱が積まれていた。
「第一部隊、歩調を合わせろ。王都へ向かう貴重な医薬品の輸送だ、揺らすんじゃないぞ」
先頭で魔獣に跨り、号令をかけているのは魔王ルビアだ。彼女はかつてのボロボロのドレスを脱ぎ捨て、機能性と威厳を兼ね備えた黒を基調とする特注のライダースーツのような軍服を着こなしている。その赤い瞳は鋭く前方を見据え、魔王軍が異世界最強の総合物流警備会社へと生まれ変わったことを体現していた。
タケシ商会が領主の街を支配下に置いてから、すでに一年の歳月が流れていた。
タケシの「無限在庫処分」から生み出される圧倒的な物資の量と質は、瞬く間に近隣の領地、さらには人間の王国の中心部までその噂を轟かせた。各国の商人たちはタケシの前にひざまずいて取引を懇願し、各領主たちは魔王軍の武力に怯えるだけでなく、タケシ商会の経済基盤に依存しなければ自国の民を養えない状態に陥っていた。
戦争は消え去った。武器を取るよりも、タケシ商会から仕事をもらい、段ボールを運ぶ方が遥かに安全で儲かることに誰もが気づいたからだ。物流は血を流すことなく、世界を一つに繋ぎ合わせていた。
街の中心部、かつて悪徳領主がふんぞり返っていた巨大な館は、今では全面改装され、タケシ商会の本社ビルとして機能している。
その最上階の執務室。タケシは大きく分厚い無垢材のデスクに向かい、山積みになった羊皮紙の報告書と、タブレット端末の数字を交互に確認していた。
開け放たれた窓からは、街の活気ある喧騒がBGMのように聞こえてくる。タケシが持参した型落ちの電動工具によって建築技術が飛躍的に向上した街並みは、現代のヨーロッパの旧市街のような美しい統一感と清潔さを保っていた。
「北部の鉱山都市からの発注書……防寒着一万着と、保存食二ヶ月分か。在庫は十分にあるが、輸送ルートの雪が心配だな」
タケシは報告書に万年筆で素早くサインを書き込みながら、独り言をいった。かつて地球の物流倉庫で感じていたあの息が詰まるような虚無感は、今の彼には微塵もない。デスクの上の書類一枚一枚が、数万人の生活に直結しているという重圧と、それをコントロールしているという絶対的なやりがいが、彼を突き動かしていた。
コンコン、と控えめなノックの音が響き、執務室の重厚なドアが開いた。
「タケシさん、お疲れ様です。少し休憩にしませんか」
銀色の髪を綺麗にまとめ、機能的で洗練された秘書用のスーツに身を包んだリリアが、銀のお盆を持って入ってきた。お盆の上には、タケシが好む微糖の缶コーヒーと、エルフの村で採れた果実を使ったタルトが乗っている。
「ありがとう、リリア。ちょうど一息入れたかったところだ」
タケシは万年筆を置き、大きく背伸びをして姿勢を正した。リリアはデスクの脇にコーヒーとタルトを丁寧にセッティングし、タケシの顔を優しく見つめた。
「北部の輸送ルートの件ですが、ルビアちゃんから連絡がありました。雪山の魔獣を警備隊が蹴散らして道を確保したそうです。予定通りに到着できると報告を受けています」
「さすがは魔王軍だな。彼女たちがいなければ、これほど短期間で世界中の物流を掌握することは不可能だった」
タケシは缶コーヒーのプルタブを開け、冷たい液体を喉に流し込んだ。苦味と微かな甘みが、長時間の思考で疲労した脳に染み渡っていく。
「タケシさん。私たち、本当に遠くまで来ましたね」
リリアは窓辺に歩み寄り、眼下に広がる街並みを見下ろした。彼女の背中は、初めて出会ったあの森の中で倒れていた時の弱々しさとは無縁の、確かな自信と誇りに満ちていた。
「ああ。だが、まだまだ世界は広い。俺の『無限在庫処分』には、地球の企業が吐き出した膨大な無駄が眠っている。それをすべて、この世界の笑顔に変えるまで、俺たちの仕事は終わらないさ」
タケシはチェアから立ち上がり、リリアの隣に並んで窓の外を見つめた。赤紫色の二つの太陽が、西の空をドラマチックに染め上げている。
廃棄される運命にあったカップ麺や段ボール、型落ちの工具たち。それらはタケシという男の采配によって新たな命を吹き込まれ、異世界を根本から作り変えてしまった。
タケシはスーツのポケットに手を入れた。そこには、いつかの宴の夜からずっと持ち歩いている、一本の割り箸が静かに眠っている。すべてはここから始まり、そしてこれからも、彼の商圏は無限の広がりを見せていくのだろう。
窓から吹き込む風が、タケシのネクタイとリリアの銀髪を同じ方向へと揺らした。タケシは真っすぐ前を見据え、その眼鏡の奥で、次なる商取引の壮大な青写真を静かに描き始めていた。




