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第98話 田舎では円滑な生活を送る為にはご近所付き合いは重要です。

 ご近所付き合いというのはぶっちゃけ面倒です。ですがしない訳にも行かないのですよなぁ……


 この村での少年の生活で先ず変わった事と言えば、人付き合いが圧倒的に増えた事だ。元々村の雑用を仕事にしていたので、村民と顔を合わせる事は多かったがそれはあくまでも仕事上だけの付き合いであり、仕事が終われば特に関係を持つ事は無かった。


 だが今は——


「おお、クリンよぅ。今日はそろそろ仕事終わりだろ? 飯行こうぜ飯。何時もの食堂だけどな。あ、今日の当番はロッゾだったか。お前も一緒に行くだろ?」


 夕方、そろそろ作業を終えようかと言う時間に鍛冶場に当然の様な顔で入って来たマクエルがそう言ってくる。


「こんにちはマクエルさん。またですか? 最近ちょっと多く無いです?」


 村の農具や装備品の修理を引き受けて以降、マクエルはこうして時折クリンを夕食に誘うようになっていた。最近はその頻度が割と多い。それと言うのも——


「そりゃぁだってクリンよぅ。漸く秋も深まってコレが旨い時期だもんよ!」


 そう言って何かをグイっと煽る仕草をして見せる。そう、この辺りでは秋の収穫が終わる頃からエールの仕込みが始まる。そしてこれ位の時期に丁度飲み頃になる。


 大麦で作られるエールは農閑期に入る農民達の、秋冬の間の最大の楽しみなのだ。大量に仕込まれ、この時期になると村唯一の宿屋兼食堂でもエールが安く売りに出される。


 何時も一人で小屋に閉じこもってライ麦粥なんてクソ不味い物を好んで食べるクリンにせめてまともな食事を、と言う口実でマクエルは自慢の奥さんから許可を得て頻繁に食事に連れまわすようになっていた。


 勿論目当てはエールなのだが、それだけではない。旨いエールには旨いツマミは欠かせない。だがもう一つ欠かせない物があるとマクエルは思っている。


「はいはい、解りました。全く、魂胆は解りますがどうせ暇なので乗りますよ」


 クリンは諦めた様に溜息を吐き、鍛冶場の跡片付けと掃除を済ませるとマクエルに連れられて宿屋兼食堂に向かう。因みにロッゾは無言のまま当然の様な顔で付いてきている。


 食堂に入ると、さして広くもないスペースに既に結構な人数の村人達がエールを煽っていた。娯楽の少ないこの様な世界では食堂や酒場は数少ない憩いの場でもあり、割と利用する者が多い。


 並べられた粗雑な机に丸太の様な板に枝を突っ込んで足にした様なベンチに腰掛け、それぞれ思い思いにエールを飲んだり食事をしたり、近くの者と会話をしていたりしていた。


 そんな雑多な空間の中を分け入る様にクリンはマクエルに誘導される様に空いている席に座る。因みに、この時のマクエルとロッゾはギンギンに自警団の恰好をしており、装備もそのまま身に付けている。だが周囲の者は特に気にした様子はない。


 前世でもそうだったように、この世界でもこう言う庶民が集まる場所と言うのは基本監視対象だ。大なり小なり権力者が存在するコミュニティでは、治安維持の名目で公然と衛兵や自警団員が酒場や食堂に客として入って来るし、密偵の様な立場の者が常駐していたりする事もある。住人もそれは知っている事なのでマクエル達が装備を身に付けたままエールを注文しだしても特に反応する事は無い。


 クリンはそんな雑多な様子をぼんやりと眺め、何時も頼んでいるメニューが来るのを待つ。と言っても基本的にこの様な村の食堂ではメニューは何時も同じだ。シチューと言う名の野菜たっぷり大麦粥に腸詰の薄切りが数枚入った物。


 これ以外は臭いチーズと臭いパンと焼いた臭い腸詰だけなので、酒がまだ飲めない少年は大体いつもこの大麦粥シチューである。因みにコレもクリン的には十分臭い。


 なのでこっそりと忍ばせている乾燥ハーブをパラりと掛けてサクサクと食べるのも、ここ最近のパターンである。量だけはソコソコあるので、汁物でも食べきるのに結構な時間がかかるのを、マクエルとロッゾはノンビリとエールを煽りながら食べ終えるのを待つ。


 何やら期待する様な視線を向けてくるのはマクエル達だけではない。他のテーブルでそれまで騒がしくしていた村民までも、静かに少年が食事を終えるのを待っている。


 その視線に、クリンは当然気が付いている。敢えて無視してシチュー粥を食べて行き、やがて食べ終えて口元を軽く拭くと——軽い溜息と共に、


「はいはい、じゃぁ一曲吹きますかね。何かリクエストあります?」


 と、クリンが言うが早いが、マクエルとロッゾが「「ガルーダ!」」と口を揃えて言い、近くの農家のオヤジが「鳥!」と叫び、それを聞いた別の男が「三角の詩!」とがなり立てる。他にもそれぞれ曲名を口にし、次々と声が上がる。


 因みに三角の詩とは、クリンの前世で人気があった古典ゲームシリーズ、デルタ・サガと言う物があり、そのシリーズにオカリナ曲が登場する。クリンの時代でも根強い人気があり、HTWとコラボもされていて課金すればそのオカリナ曲の譜面がHTWでも演奏出来た為、メインテーマ曲をオカリナで演奏した所、皆が三角の詩と呼ぶようになった為、こうやって頻繁にリクエストを受けている。


「はぁ……全部は無理です。まぁ最初は何時も通りに『ガルーダは飛んで行く』から始めましょうか。其の後は気分で二、三曲って所で」


 そう言いつつ、クリンは懐から手製のオカリナを取り出す。そう。クリンがオカリナを吹ける事を知った後にマクエルとロッゾは事ある毎に演奏をねだり、それに答えて吹いている内に気が付けばこの食堂に引っ張り出され、皆の前で演奏する羽目になっている。


 流石に毎日食堂に出入りなどしていられないので、マクエル達に誘われた時だけ食堂で食事をし、その後に何曲か演奏をするのがここ最近の定番の流れである。


 そう、酒の席に音楽は付き物。娯楽の少ないこの世界では音楽はその数少ない娯楽であり、演奏ができると言うだけで割とこうして演奏をせがまれる機会が多い。


 お陰で演奏技術はどんどん上がっている。流石にスキルは発現していないが。ただ別に吟遊詩人系のスキルを上げる気は無いので、少し面倒だと思い始めている。


 ただ良い事もある。演奏すると多少のおひねりが飛んで来る。そのお陰で演奏した時はクリンは飲食は無料である。まぁ飲み物はエールだけなので実質食べ物だけ無料だが。そして帰る時にはおひねりの中から銅貨十枚から二十枚は貰えるので時間単価で考えたら実は農家の仕事よりは割がいい。のだが……


「でも、普通こういうおひねりは演奏者の総取りなのでは? どう考えても銅貨二十枚以上飛んできていますよね?」

「嫌だよぅ、そんな事だから守銭奴なんて呼ばれるんだよこの子は。いいかい、子供がそんなに銅貨持っても良い事なんてありゃしないよ。それにこの手の投げ銭は子供のアンタじゃなくて場所を提供しているウチに向けて投げれている物なんだよ。飯をタダにして更に銅貨まで渡すなんて、本当は渡し過ぎな位さね」


 一度だけ食堂の女将に言って見た事があるのだが、こう返されてしまい「なら普通に道端で演奏した方が良いじゃん」と思った物だ。


 どう考えても守銭奴はソッチだろうと思ったが、それを言うのもそれはそれで面倒なので、どうせただ飯食えればそれでいいや、と気にしない事にした。所詮田舎の農村なんてこんな物だ、と言うのが少年のこれまでの経験である。





 人付き合いはこれだけではない。それまで近寄ってこようとしなかったこの村の子供達も、チラホラとクリンを見れば寄ってくるようになっていた。


 きっかけはトマソンの下の子供達だ。それまでのトマソンは自警団として忙しくしており、勤務時間も長ければ日程も複雑で家に居ても殆ど子供と絡む事が無かった。


 しかしクリンが鍛冶を引き受け、彼の元に派遣される様になってからは、割と決まった時間に家に居る様になり、時には昼に休憩する為に家に戻って来るようになった。


 クリンの当番に無い日もあるが、持ち回りであまりサイクルを崩す訳にも行かないので、以前の様に夜間業務は無くなった。


 そうしてそれまで接触する機会が無かった子供達は、その機会が増えた原因に興味を持ち始めた様だ。


 つまりクリンである。父の仕事の事はまだ良く分かって居ない様だが、あのよそ者の子供の所に頻繁に通う様になってから父が良く家に居る様になった事だけは解った。しかもそれまで忙しかった筈の父が、よそ者の子供の側にいるだけと言う仕事何だかどうだか良く分からない事をしているだけとなれば、同じ子供相手と言う事もあり気になった様だ。


 トマソンはある時にクリンの元に向かおうと家を出ようとした矢先、下の子供二人に「自分達も連れていけ」と盛大に泣きつかれ、どんなに「仕事だからダメだ」と諫めても「拾われっ子に会うだけじゃんか!」と言って聞かず、困り果てて仕方なく連れて行った。


 その時のクリンは苦笑いして作業の邪魔をしなければ別にいい、ただ作業場内は危険だから勝手に入らない様に、と約束をさせた上でそれ以降も子供達が付いて来る事を許した。


 こうして二人の子供達はトマソンが当番の時は時々彼に付いて鍛冶場に顔を出すようになる。ただ最初の内は父親と一緒に居られる事が嬉しいだけであり、クリンに積極的に話しかける様な事は無かった。


 加えて火を使う作業がある場合は鍛冶場には絶対に入れてもらえなかったので、それもあってか暫くは微妙な距離感が保たれていた。


 日が経つとトマソンの子供達の話が他の団員達の子供にも知れたのか、自分の子供を連れて来る別の団員も現れ、ちょっとした託児所の様になりつつあった。


 ただマクエルの子供は引っ込み思案らしく一度しか姿を見せていないし、ロッゾは子供がいない様なので連れてこなかった。


 最初は自分達の親について来る事が面白いだけの子供達だったが、時が経つにつれ少年が器用に修理していく様や、修理に必要な道具が出来た場合、即座にその辺の雑木やら石やら泥やらで作り出していく姿を見て、段々と声を掛ける様になってきていた。そしてそんなある日。


「なぁなぁ、守銭奴。お前ってさぁ、何か色々と変な物作るけどさぁ。もっと面白い物とか作れねえの?」


 トマソン家の三男、ネルソンがそんな事を言い出したのは、秋も深まり冬が近い時期の事。もう涼しいので一日鍛冶仕事が出来るようになっていたが、この日は歪みのある物の修理だけだったので、ネルソンも妹のモリーンと共に鍛冶場に入る事を許されていた。暫くは妹と一緒に父の様子を眺めていただけだったが、やがて飽きたのかそんな事を言い出した。


察しの良い人ならピンと来たでしょうが、デルタ・サガの元ネタは、元、某花札会社の看板RPG、緑のアイツが出て来るアレです。


意識していませんでしたが主人公の名前も似ていますからね(笑)

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