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第97話 現実はゲームの様に上手くはいかない。しかし時として上手く行っちゃう事がある物だ。

折角だからトマソンさんにも幼児の苦労を味わってもらうの回です(笑)



 薪拾いの後、再び軽く休憩し涼しくなるのを待つ。その間、クリンは完成したばかりの鑿と、以前作り直したナイフを駆使してゴリゴリと神像を削り出していた。


 トマソンはそれを見ながら「何だかんだ言いながら、やはり熱心なのだなぁ」と、少年の信仰心が意外に強い事に改めて感心していたが、クリンからしてみれば、確かに信仰心と言うか感謝を持ってはいるが、ハッキリ言えば単純に神具関係の制作が木工のスキルを覚えるのと上げるのに効率がいいからである。


 まぁ、あくまでもHTWではそうだった、と言うだけでこの世界でも適応されているかは謎だが、多分踏襲されていると思い積極的に作っているに過ぎない。


 やがて日が傾いてきて少し涼しくなり、農具の修理の再開である。平炉だと全体を温めるには向いているが部分的に赤らめるには向かないので、手甲を直した際に急造したレンガ炉をそのまま使う。


「いやぁ、解体しないで良かったよ。思っていたよりもガッチリと目地が埋まっていて、壊すの面倒だからって後回しにしたのが幸いしたねぇ」


 その運良く残っていたレンガ炉に炭を入れて火を熾し、赤く燃えるまでの間に歪んで穴の開いた農具を叩いて歪みを取る。尚、火を熾す為のブロアーはトマソンが必死に回している所だ。


「全くっ……ハァハァ……前の鍛冶師が生きていた時には……ふぅふぅ……見た覚えのない物がチラホラあると思えば……ゼェゼェ、こんな物まで作っていたとはっ!」


 ハンドル式にしたため多少は楽になったとは言え、やはり手動のブロアーは大人でも動かすのに結構疲れる様子だ。


「ハハハハ、子供の僕が鍛冶作業をやろうと思ったらそう言う物を駆使しないと出来ませんからね。今の自分が出来ないのならそれが出来る様になる道具を作る、実にシンプルな事だと思いません?」


「ハァハァッ! 思わないなっ! 俺にはそれは本末転倒と言う様に……思うよっ! ク、クリン君、コレは何時まで……フウ、ハァ……続ければいいのかなっ!?」

「それは僕にとっては誉め言葉ですね。あ、その位火が熾れば暫くはいいです。回すの止めて大丈夫ですよ」


「わ、解ったっ! ゼェハァゼェハァ…………しかし暑すぎるなっ! 夕方になって涼しくなったとは言え、やはり火を熾している上にコレを回す運動が加わると、汗が止まらん……よく今まで一人でやっていたよ」


「ハハハハ、暑さは鍛冶をしていれば真冬でも付いて回りますからね。 あ、そこの壷に井戸から汲んで来た水がありますから、飲んでくれていいですよ。ちゃんと一度沸かしているので平気ですよ」

「あ、ああ、ありがとう……ふぅ……水がこんなに美味いと思ったのは久しぶりだよ。しかし、クリン君は良く平気な顔で炉の前に居られるな……暑くないのかい?」


「勿論暑いですよ。ですが慣れですよ慣れ。暑いと言った所で涼しくならないですからね……と、よし大体こんな物かな。じゃ、ちょっと焼きますんで離れて貰っていいです?」


 クリンはそう言ってトマソンを炉から遠ざけると炉の前に座り、何時もの様に器用に足でブロアーのハンドルを回し風を送りつつ、両手でヤットコを操作し火の当たる位置を調節していく。


「そ、そんな技まで……とんでもなく器用な五歳児だ……ウチの子供が同じ位の時にこんなことが出来たとは到底思えん……」

「はいはい、ちょっとどいてください。今回は手甲と違って湾曲していないからアレ使いますんで」


 そう言って穴に鉄片を詰めて赤く焼けた農具をヤットコで挟み、なんちゃってスプリングハンマーの元に向かい、右手でレバーハンドルを操作して動かし、左手と足でヤットコを操作する、例の独特なスタイルでパンパンパンと景気よく穴を埋めていく。


「こ、コレも見た事が無いと思ったら……こんな設備まで作ってたのか……」


 たった二ヶ月で、鍛冶場が自分の知らない魔境の様に変貌している事に今更ながら気が付きトマソンは恐れ戦いていたが、クリンはそれを尻目に炉とスプリングハンマーの間を行き来し、あっという間に穴を塞いでいくのであった。


 こうしてクリンはそれまで行っていた村での雑用の仕事を一時中断し、臨時鍛冶屋がスタートされた訳である。相変わらず安く叩かれた感はあるがそれでも手元に入る金額はそれまでとは違い、村を出て行く資金は着実に溜まって行く。


 修理内容の確認役と言う名の鍛冶の手元補助はトマソンが固定では無く、他にもマクエルとロッゾ、それともう二人程のクリンが顔を見た事が無かった自警団員が入れ替わりで付いている。どうやらその五名がこの村の自警団の中核メンバーらしい。


 団長は顔を出していないが聞いた話によると結構な高齢との事で、ほぼ名前だけで何か取り決めがある時に議長の様な役割をしているに過ぎないらしい。


 クリン命名の青刈りマルハーゲンなどもこの作業に就きたいとゴネたらしいが、団の装備品の修理がある事と少年の口の回り方が良い事で若い団員では太刀打ちできないので、班長クラスの人材に限定された様である。


 ただ彼の場合はクリン相手に大ポカをやらかしているので班長クラスの立場であっても除外されていた確率が高い。


 しかし、彼は以前の約束でラン麺の作り方を学びに、暑さで日中の仕事が出来ない時間帯に転がり込む様になり、気が付けば勝手にトマソン達班長クラスの補佐役に収まっていた。そういう所は割と如才のない男だった。





 そして気が付けば季節は夏の盛りを迎え、それもあっという間に過ぎ麦が色付き始め、やがて収穫時期も終えてひと段落した、本来クリンが村を旅立つ予定だった時期に差し掛かっていた。


 この頃にはもう一通りの損傷のある農具や自警団の備品の修繕は終わっていた。持ち込まれた修理品は大体半分と少し、気持ち三分の一程の物がクリンでは修理不可として来年に回され、三分の二はクリンの手によって修理された。


 これにより村長も自警団も備品に余裕が出来てホッと安堵の溜息を吐いていた。だが仕事自体はこれで終わりではない。秋の収穫で新に破損した農具や警護で破損した装備品が出たのと、来年に向けてのメンテナンス作業が待っている。


 お陰でクリンは冬までは確実に仕事にありつけると言う結果になっており、ホクホク顔で修理を続けていた。何せ仕事を探しに行かなくても向こうから持って来てもらえて、しかも安定してお金が入って来るのだ。笑いが止まらないと言う物——


「じゃないんだな、コレが! 正直お金はゴミだっ! 何だよ歪み取りで五百円って!今日日きょうび板金屋の凹み戻しだってそんなお小遣いレベルで治してくれないよっ!そっちでは無く、真に価値があるのはこの受注量だっ! こんな段階でこんな沢山鍛冶仕事出来るなんて、ラッキー以外の何物でもない!!」


 と、村レベルの修繕依頼と言う、五歳児には過酷な量の修繕鍛冶を受けて熟している事に狂喜乱舞していたのである。コイツ、どMかよと言いたくなる所なのだがコレは少年にとっては僥倖な事である。


 数百単位の同じ仕事を延々とただひたすら繰り返し熟していく。この言葉はゲーム、特にMMORPGをした事がある者なら聞き覚えがある筈。


 そう、ゲームではお馴染みの作業「スキル上げ」である。ゲームでは数百単位の材料を集めて、永遠と繰り返し同じ物を制作する、或いは行動を繰り返すと言うのは常套手段である。効率のいいスキル習得法を見つけたらただひたすら数を熟していくだけ。それでスキルがみるみる上がる。


 しかし、コレを現実で考えればどうか。先ずそんな事が出来る機会などない。当然だ。百単位の製品など作った所で、それをどうすると言うのか。ゲームならクリック一つでゴミ箱行きか分解されて素材に戻るかがあるが、現実ではそうはいかない。


 ましてや何かを作ればコストが掛かるのが現実世界。一々捨てたり分解していたら大赤字も良い所だ。そして、物理的にそんな量を熟せる数の品物や素材を調達できるのは大手の製造メーカーとかである。個人経営の鍛冶屋とかでそんな量を受注して熟せるのは大店に囲われている店か領主とかと契約して私兵に備品を卸している様な所しかまず無い。


 それが先代の鍛冶師が亡くなった事と野盗襲撃の煽りが重なり、スキルを持たないが鍛冶が出来る五歳児にお鉢が回り、ゲーム時代を彷彿とさせるスパルタスキル上げが出来る、それも修理素材も燃料も費用も全部相手持ちだ。


 しかもただ座って待っているだけで、勝手に道具を壊して新しく仕事を増やして途切れる事なく続くのである。


 スキル習得の、最初の一レベルを上げるのに膨大な量の経験が必要となるこの世界のスキル。普通は年単位で熟さなければいけない量の鍛冶仕事がこの数カ月で纏まって入ってきているのだ。


 クリンからしてみれば上げ膳据え膳でスキル上げさせてもらっている様な物。このペースなら村から出て行く頃にはスキルが付きそうな感じだ。もし付かないにしても、一年以内には確実につくであろう。


 他のスキルの発現に数年かかっている自覚のある少年にとっては、笑いが止まらないとは正にこの事である。


 村長は修理費が子供相手には破格の高額のつもりらしいが、クリンから見れば冗談みたいな安値である。しかし纏まった量の鍛冶仕事は寧ろもっと安くても全然文句が無い位に価値がある事であった。


「もっとも、それやったら後から来る鍛冶師に恨まれそうなんだよね。まぁ今でも結構大概だとは思うけれども。ま、安いとはいえ農家の仕事よりは断然高いから旅費がガンガン溜まって行くのは有難いことではあるね。僕の食生活も大分充実したし」


 と、少年は満足そうに呟いているが、実の所そんなに食生活は変わっていなかったりする。大麦が買えそうな収入があるので変えようと思い、一度買って粥にして食べたが前世の記憶があるクリンには、ライ麦と大差のない程度に不味いとしか思えなかった。


 だったら今まで通りにライ麦でいいやとそのままライ麦粥生活を続け、それに野菜が一種類二種類入る様になっただけである。


 それか時々マクエルがラードを作りに来て——一度教えたのだが自宅では匂いが残るとの事で場所を借りて作っている——使用料代わりに油カスを置いて行くのでそれを粥に入れる機会が多くなった程度である。


 後はこの数カ月、村の重要な商売道具である農具を多少なりとも直せる事が知れ渡った様で、村での少年の立ち位置も多少変わって来ていた。


季節も変化しますが、村の生活もはやり変化していく物。


尚、クリン君は一応味覚音痴では無いのですが、大麦粥もライ麦粥も等しくマズイものでしかないので、なら安い方でいいじゃん、とライ麦生活を続けています(笑)

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