第95話 古狸と子狸の化かし合いは、双方的には自分の損、他人的には痛み分け。
リアルを混ぜると決めてはいますが、何処までリアルを求めるか、その匙加減が毎回悩みます。今回がその典型的な例です。
自警団の人間が自分の身の回りについて回るのが公認されれば、それは村長がしっかりと後ろ盾についていると言うアピールでもある。
少年が小金を稼いでもそれを目当てに手を出したくても自警団が見ているし、村長が後ろに控えているのだ。厄介事は大分減る事は間違いない。
「ちょ、トマソン君!? 何勝手に決めているのかな村長の私を無視して! しかも何を勝手に自警団の派遣を決めているのかね? それ、結構費用馬鹿にならないだろう!」
「村長、この場合貴方の意見など知った事か。団員の身の安全の方が優先だ。装備を整えられる機会を逃してたまる物か。それに、あそこまで修理費を叩いたんだ、村長もそれ位は身銭を切ってもいい筈だ」
「……おお? トマソンさんが頼もしいっ!? 先程の交渉ド下手ぶりとは大違いだ!」
「交渉ド下手ってな……まぁそちらは確かに苦手だと自覚しているが……」
「ぐぬぬぬ……そうか、交渉はアレだったけれども、元からトマソンはこう言う規則関係にはめっぽう強かったね……まさか逆手に取る方まで出来るとは、少し見直したかな」
「村長まで……まぁいい。どうだろうかクリン君。これならそれなりに釣り合いの取れる条件だと思うのだが。どうかこれで引き受けてはくれないだろうか」
その言葉を聞いてクリンは目を瞑って考え込み——ややあって大きな溜息と共に、
「そんなの引き受ける訳無いでしょうが。折角見直したのにダメダメですね」
やはりバッサリと切って捨てたのであった。少年の言葉にトマソンが再び目を剥くが、村長の方は額に手を当ててヤレヤレと、こちらも盛大に溜息を吐いた。
「全く……トマソン君は詰めが甘いよ。途中までの規則を利用する所までは良かったのに、交渉になると途端にダメだなぁ。君、期間とか依頼する量とかその辺吹っ飛ばしているじゃないか。そんなアラを見逃してくれるような甘い相手なら私も最初からここまで苦労していないよ。やはり交渉術は後でちゃんと仕込まないと駄目だね」
「……あ」
サーッと顔を青ざめさせるトマソンを尻目に、村長はクリンに向き直ると咳払いをする。
「コホンッ。まぁ彼への説教は後でするとして。改めてクリン君には村の備品の農具と自警団の装備品の修繕を頼みたい。個人所有の農具や装備品は除外する。そちらを受ける場合は村とは別の仕事として受けてもらい、費用はそちらから貰って欲しい」
それからは最初に出された条件に細かい修正がなされた案の提示だ。修理費用は変わらずに修理一回銅貨五十枚。暑い時期は量を減らし朝と夜だけの作業。涼しくなったら本格的な修理。そして一日に支払われる銅貨は五十枚までで、残りはクリンが村を出て行く時に出される報奨金に計上されて支払われる。
後はトマソンが出した案の通りに村長が後見人となり、税は全て村長が代理支払いと言う名の肩代わりを行い、自警団員の派遣をして少年の身の回りの警護と言う名の人足になる。費用はコレも村長持ち。
期間は村の備品の農具と装備品が一通り修繕されるまで、若しくは春にクリンが出て行くまでに出来るだけの個数。個数的には農具装備品合わせて、恐らく四百を切る位であるとの事。最も損傷が激しかったりクリンの体格的に無理な物もあるので、最終的な数は大分少なくなる予定だ。
「うん……それなら悪くない条件ですね。『概ね』その条件なら引き受けてもいいかな、とは思います」
腕を組んで考えながらクリンがそう言う。トマソンは素直に喜色を浮かべたが、村長の方はピクリと眉を跳ね上げる。
「概ね、と言う事はこの条件でも何か不満があると言う事かな?」
「はい。『修理は一個につき銅貨五十枚』と言うのはお受けできかねます」
「……値段に関しては先程説明した筈だけどね」
「そこでは無く。『一個』と言う事は、それはつまり状態や修理工程に関わらず一律の金額でやれ、と言う事です。値段が安いのはこの際諦めるにしても、仕事としてお受けするのなら流石に全部同じ金額なんてのは認められません」
少年の言葉に村長も「むぅ」と唸り黙ってしまう。確かに一個幾らだと、例えば歪みだけがある物と歪みと穴が開いている物、どちらも同じ料金しかかからないと言う事になる。更には歪みがある物も、少し凹んだ物と、ボコボコに変形した物が同じ料金で治せてしまうなんて事は、確かに不公平な話だ。
「僕がまだ見習いと言う扱いで安いのは納得するにしても、せめて作業によって金額は変えて頂きたいですね。そうですね……小型、中型、大型で分けて、それぞれのサイズの歪み取り、傷消し、砥ぎ直し辺りがそれぞれ一回につき小型三十枚、中型四十枚、大型五十枚。損傷が大きくなればプラス銅貨十枚から二十枚。穴塞ぎは傷の大きさで……小指の先サイズで銀貨一枚。親指の先サイズで銀貨一枚と銅貨二十枚、親指二本分で銀貨一枚と銅貨五十枚。それ以上はやって出来なくは無いですが正直後から来る鍛冶師さんに任せた方が良いと思います。個数ではなく工程でそれぞれこれ位の値段なら受けてもいいです」
「む……確かにそれも一理ある……しかしちょっと細かすぎないかい? それに歪み取りに値段の差があるのは兎も角、穴塞ぎの方が銀貨単位なのはね……」
「それを譲る気はないですよ。幾ら僕が見習い扱いにしてもね、流石に鍛接をする加工で銅貨は無いです。僕の年齢にコレは関係無いです。逆に銀貨単位を取っていない方が不自然な筈ですよ」
「う、う~む……」
村長は腕を組んで考え込み、やがて絞り出すように、
「……君の要求だと歪みと傷が重なった場合、金額も上乗せされて行ってしまうね?」
「そうですね。ですが、それが普通じゃないですかね? 普通は作業一つ幾ら、作業が増えればその分加算されるのが当たり前だと思いますが」
そうクリンは言うが、実は《《この辺りの地域》》では普通では無かったりする。この辺りの習慣として現世の中世世界に近い物があり、基本的にやる事は全て大雑把である。
つまり「全部作り直すか全部適当に直す」の二択がこの辺りでは普通だったりする。歪みを直すのに、クリンは板金工法で叩いて歪みを取るつもりでいるが、この辺りの工法ではそんな面倒な事はしない。万力の様な物で引っ張って伸ばすだけだ。酷い歪みがマシな歪みになる、それが普通の工法だ。
穴も鍛接で塞いだりしない。鉄板を上から当ててリベットで接ぐか溶接するか回りを大きく切ってその部分を新たに鋳造するか。その程度だ。それで治らなければ鋳潰して最初から作り直す。一々高度な技術を使って直すなんて面倒なことする位ならその方が早い。
それがこの世界での一般的な修理法である。なので、クリンが言ったような損傷の頻度や接合部の大きさで値段が変わると言う考え方が理解出来なかったりする。
そして、クリンの修理法もその延長にある物だと思っているので、技術料と言う考え方が無い。この辺りの鋳造の修理法と変わらないと思っている村長にはどうしてもそこが理解出来ていなかった。
「それは正直解り難いね……ではこうしよう。炭を使わないで修理出来る物は銅貨五十枚。炭を使って穴を塞いだり歪み取りが必要な物は銀貨一枚と銅貨二十五枚。極端に大きい物は追加で銅貨二十五枚。これでどうかな? 注文する量を考えれば妥当な所だと思うよ」
クリンの方も、前世とゲーム時代の感覚が残っており、知識の中には前世の中世ヨーロッパ辺りのそういう習慣を知っていた筈なのに思い到らなかった。
こう言う認識の違いがあったために、少年は内心「がめついジジィだなぁ」と思いつつも、これ以上は堂々巡りになりそうであったので、大きくため息を吐きながら、
「分かりました。今回はそれでお受けしましょう」
と、クリン的には大妥協をして条件を飲んだ形になり、少年の工法を知らない村長的には大幅に譲歩したと、双方が損を飲んだつもりでの修理受注成立となったのであった。
「ああ、そう言えばクリン君。形式はどうあれ君はこの村内では無税になったから、この鍛冶場の水車を使っても構わないよ。アレが使える方が君も楽になるだろう?」
「……それは謹んでお断りします。アレ結構傷んでいるから修理しないと使えないの知っていますよね。来年来る鍛冶師と一緒に村総出で頑張って直してください」
「……流石に調査済みかぁ……君なら勝手に直して使ってくれそうだと思ったのだけどねぇ……やっぱり引っかからないか」
「タダでさえ修理費用安く叩いたのに更にタダ働きなんて御免です」
「村長……それは流石に欲深いんじゃないか?」
「はははは、トマソン君にも言われてしまったねぇ。あ、君はこの後説教だから。自警団に戻って仕事引き継いだらウチに来るようにね。全く、あんな情けない交渉しかできないなんて冗談じゃないよ」
「………………勘弁してください」
トマソンの説教と再教育もめでたく成立の運びとなった様である。
現実世界の中世ヨーロッパってマジでこんな感じなんですよね。細かく値段決めても理解出来なかったりします。
現代の、それも日本人をやっていると結構この辺りって解らないと言うか理解出来ないんですよねぇ……なので踏襲するかしないか本当に迷いました。
今回は踏襲するパターンで推し進める事にしました。
そして。
意外と交渉がド下手である事が暴露されてしまったトマソンでした!
実はこう言う交渉はマクエルの方が得意なんですよねぇ(笑)