第94話 既にこの場の誰も彼を幼児だとは認めていない模様である。
何か別の作品書いているんじゃないか、って位に込み入った腹の探り合いになっています。お陰で少し長くなりました……
「全く。もう少しこのタフな交渉を楽しんでも良いのだが、トマソン君のせいで興がそがれたね。これ以上腹芸をするのも手間だしストレートに話をしようか」
村長はそう言って表情を改めると、クリンの方に向き直る。
「村としては子供に簡単に銀貨を渡すと言う風潮は作りたくない。君は良いけれども他に同じ事が出来る子供がいるとも思えない。君だけ特別扱いしても理解出来ない子供や親の方が多い筈だ。そうしないと近隣から子供でも銀貨が稼げると勘違いして集まりかねない。だから君への報酬は修理一つで銅貨五十枚。本当はそれも危険だと思うが流石にそれ以下にしたらそれはそれで村の常識が疑われる。最低ラインはココだと思うよ」
先程の事をトマソンにも分かりやすく噛み砕いただけなので、クリンは断ろうと口を開きかけるが、村長が目で訴えて来たので取り敢えず口を噤み先を促す。
「しかし、言われてみればこれだけでは君に一方的な不利を押し付ける事だね。春までの村の滞在を認めたとしても……それも君にはどうでもいい事なので交渉になって居ない様だね。なので、これに加えて君がこの村に滞在中の税の免除を付けると言うのはどうだろう。君は森で色々取って来るから、毎回裏門で結構な量の税を払っているね。それを免除しよう。それだけでなく村で掛かる税金全て此方で負担しよう。君は利用して居ない様だが水車小屋の粉挽、パン焼き竈、共用トイレの使用料など、村での生活でかかる税は全て免除だ。この鍛冶場についている水車の利用も無税になる。他の村の連中には、元々五歳児から得られる税額などたかが知れている、と言う説明もできるし、色々とやってくれる君にとっては税がかからなくなると言うのは結構大きいと思うが違うかね?」
村長が新たに提示した条件に、クリンはフム、と顎に手をやり考え込む。確かに、森での拾得物が多いクリンは実の所高額納税者の一人だ。
一度に手に入れる量こそ大人の方が多いが、少年の場合は採集道具をその場で作って持って帰ってくるため、回収頻度が高く総量で平均的な大人を上回る拾得量を誇っている。
その上、賃料こそタダだが不動産を一人で借りているので、土地建物税が実はかかっている。通常は年間で年の頭に纏めて払うのだが、クリンの場合は途中から借りているので今の所月割りでの納税なので十分払いきれているが、割と良い値段を持って行かれている。
それらが纏めて無くなるのだから、確かにお得感はある。そして、村長以外は彼がそれだけの税を払っている事を知らない。子供だからその辺りは安いと勝手に思い込んでいるようだ。実際隣で聞いているトマソンも「え、そんな条件でいいの?」みたいな顔をして聞いていた。
正直に言えば完全に割りに合うとは思わない。そもそも税金分を考えた所でクリンはこれまで銀貨数枚分程度しか払っていない。それに大部分が物納なのでそれ程負担でも無い。
しかしこれから春までの半年間無税になると言うのなら、森での拾得物を増やせば増やしただけお得になるし、狩りで獲物が取れても本来税で持って行かれる分を商店で買い取ってもらって現金に換える事も出来る。今まではそれやると税金が取られるのでやらなかったが、そちらでも収入が見込めるのなら……と、クリンはふと、そこで気が付く。
「……あれ、それってつまりこれまでは……」
その事実に思い到ったクリンはジットリとした視線を村長に向ける。すると——村長は素知らぬ顔でフイッとさり気ない様子を装って視線を逸らせた。
「……このオヤジ……全く村長と言うのはどいつもこいつも図々しいねぇ……」
やっぱり「そのつもり」だったと見て取ったクリンはフンッと忌々しそうに鼻を鳴らすが、村長は視線を逸らせたまま、少しだけ愉快そうな笑みを浮かべていた。
「え、ええとクリン君? 何か二人で納得している様なところ悪いんだが……俺には何が何だかわからんのだが……?」
ジッと睨み続ける五歳児と素知らぬ顔でニヤついている初老も近い中年のやり取りに、不思議そうな顔で聞いて来るトマソン。クリンはチラッと彼の顔を見た後に「ハァ」と溜息を吐いた後、
「交渉相手がコッチなら楽だったんですけどねぇ。村長の言う通りにもう少し仕込んだ方が良いかも知れませんね」
「そうだねぇ。村から出て行って町で揉まれて来たからもう少し出来ると思っていたんだけど、田舎の村とは言え次期団長候補がこれでは困るからねぇ。少しは君を見習って交渉と言う物を学んでもらおうかな」
と、二人で何やらOHANASIが進んでいるが、やっぱり何の事かトマソンが分からないでいると、クリンが苦々しそうな顔で、
「要するに、このオッサンは今まで人の事を子供だ何だと言っておきながら、キッチリと大人と同じ税金吹っ掛けてたんですよ。で、そこを突っ込まれると困る状況になりそうだから、譲歩に見せかけてシレっと普通の子供として扱いだそうとしているって事です」
クリンの視線と言葉を受けた村長はカラカラと笑いながら、
「いやぁ、最初は一人で生活できると言い張る子供に、出来る物ならやって見ろと大人と同じ扱いをしたんだけれどもね。そしたら、気が付いた時には結構な額の税金を支払うまでになっているじゃないか。おまけに商品になりそうな、税金が掛かりそうな物は前もって聞き出してきて税金がかからない状況に持って行きつつ、それを物納で納めて来る芸まで見せているんだからね。流石に子供が納税額上位に来ると村としても示しが付かないし、将来的には『なら他の子供からも税を取るべきだ』とか言い出す輩が出かねなくてね。実の所結構困っていたんだよ」
何せ納税したら記録が残る。このままいけば下手したら秋の徴税の際に高額納税者の一人としてクリンの名前が入りかねない。
しかもそれがわずか五歳の子供でほぼ森からの拾得物と制作物による納税だと分かれば、徴税官から「子供がそんなに稼げるなら他の子にもやらせた方がいいし、大人ならもっと稼げる筈だ」とか言われかねない。
外聞が悪い上にこんな特殊な例を基準にされたら溜まった物では無い。しかし、かといって今更少年の税を減税するのもそれはそれで不公平を呼ぶ。
何とか上手い収め方は無いかと考えていた所に今回である。支払いの事に関しては帳簿上で調整して来年に来る予定の鍛冶師に乗せてしまえば何とでもなる。
不自然に安い受注額も野盗被害にかこつけて緊急措置と言う事で大量発注による薄利で誤魔化せる。
残るは如何にクリンに「税金を払わせないか」である。それをこの機会に果たしてしまおうと言う腹積もりであったわけだ。
その事を、今回の会話で察したクリンがトマソンに解りやすく説明してやると、
「村長……あんた、こんな子供からそんなに税金絞って居たのか……挙句に優遇にかこつけて結局譲歩を求めているとか……」
「いや、私としてもこの子がここまでやるとは思っていなかったからね。不可抗力だよ。それに、払う金額を増やせない以上は取る方を無くす方でバランスを取るしかないだろう? 結果としてこれ以外の方法は今の所ないんだよ」
村長なりの落し所と言う事なのだろう、とトマソンは思う。だがそれにしては少々子供相手に大人気ない気もする。結局村長がやろうとしているのは「極力村に負担が掛からない」と言う手段でしかなく、クリンへの負担は結局高い様に彼には思えた。
「成程、普通の子供として扱い、村への負担を減らそうと言う村長の考えは解った。だがそれでは少々足りていない様に思う。子供扱いするというのなら、ちゃんと手順を踏んで子供として扱うべきだ」
そうトマソンが言い出し、村長は何の事かと首を傾げる。
「村長、この村で孤児が出た場合、里親を見つけるか神殿で預かるか、若しくは後見人を建てるのが一般的な対応の筈だ。これまでは大人扱いで税まで取っていたのだ。だから後見がいなくてもよかっただろう。しかし、子供として扱うのならちゃんと子供としての対応、里親か神殿預かりか後見人を付けるのが筋です」
「……む」
「そして、当人が神殿預かりも里親も拒否している。その上で今回村の都合でクリン君に負担をかけるのだから、村の代表たる村長の貴方が後見になるべきだ」
「……むぅ、確かに手続き的にはその方が望ましいだろうね。だがクリン君は冬前……今回の話がまとまっても春には出て行く身だ。後見人と言う事は彼が成人するまでの保護をする事になる。流石にそこまでは出来ないよ」
後見人が何かわからなかったクリンが首を傾げていると、トマソンが、
「後見人と言うのは一種の身元保証人だよ。里親の様に養子として迎えたり孤児院の様に保護したりするわけでは無いが、孤児の身元を保証して何か問題が起きた場合は援助をする、保護者みたいな物だ。後ろ盾って言う方が分かりやすいかな」
と説明する。要するに直接保護はしないが子供が自立(成人)するまでの間に、身元を保証してクリンの場合は関係無いが、相続するべき財産があるのならそれまでの間維持管理を行う代理人の様な制度だ。
後見人が居ると、そのコミュニティ内での身元を後見人が保証せねばいけないので、ある程度以上の身分や地位がある大人がなる事が通常で、それを村長に求めていると言う事であり、つまり村内でのクリンの生活を村長が責任をもって保障する、と言う事である。
「クリン君は冬前……この話が纏まれば春には村から出て行く事になっているので、確かに後見人は必要ないかも知れない。けれども、村長が後見人になるのなら色々な優遇が公然とできるようになる。例えば税金の免除も、ただ免除するわけでは無く『後見人が代理人として納税する』と言う方法で、実質的にクリン君は納税の義務が無くなる」
「……僕的にはどっちでも同じ様な物じゃないです?」
「いや……確かに悪くは無いね。子供だから大した税が取れないと説明するよりも、私が代理で納税している事にすれば、納税者の名前は私になりクリン君の名前が出て来なくなる。そして『本来の』子供の納税額なら私が肩代わりした所で負担でもない。だが、この村の子供なら兎も角、他所の子を私が後見するのは不満が出る筈だ」
「そこで、今回の依頼です。本来鍛冶師に依頼するべき事を子供に任せるのなら、それなりの理由が必要です。例えばクリン君が『野盗に襲われた村の鍛冶師の子供、或いは弟子であった』とか。それなら鍛冶師が来年までいないこの村で村長がこの子の後見人を務める理由になり得る筈だ」
「フム……確かにそれは悪くない。それなら成人前に後見人を降りるのも『町へちゃんとした鍛冶師の下で修行する予定であった為』とすれば、役人に報告する際も問題が無いね」
トマソンの説明に、村長が顎を撫でながら面白そうに頷く。だが、
「それ、そちらにメリットがあるだけで結局税金がかからない以外は僕にメリットは無いと思いますが? 要するに首輪付きになって村長に監視されるって事でしょ?」
「クリン君、言っては悪いが、元々五歳の他所の村の子供が一人暮らしをしている時点でそれなりの監視がされている。ましてや今この村で鍛冶仕事が多少なりとも出来る希少さを考えたらこれ位の囲い込みはされて普通だよ」
「ぬぅ……それは否定できないかも……ですねぇ」
クリンにしても、やたらとトマソンやマクエル、ロッゾなどがうろうろと自分の回りにいる事が、監視を兼ねている事も当然気が付いているし、特に束縛されないので放置していた身だ。でなければこうも都合よく何かを作っている時に様子見に人が現れる訳がない。
「それに、君のメリットはこれからだ。君が村からの依頼で鍛冶作業をする間、自警団から人を一人必ずつけよう。他にも森などに採取に行く場合も要請があれば人を付ける。 名目は君の保護と観察だが、君に付ける人間はその間はどんな作業でも手伝わせる。手元補助でも荷物持ちでも何でもやらせてくれ。実質的には君専用の使用人に近いかな。費用は全て村長持ちでクリン君には一切負担はかからない。これならどうだい?」
「……ほほう? そー来ましたか。それはそれは……それと先程の冬の間の滞在と税免除が入るのなら、確かに悪くない話ですね」
次回で長かったお金の話も決着予定。