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第93話 腹芸は腹に顔を書いて踊る位に日本の伝統芸能です。

コッチ系の流れの話も実は結構好きなのです。



 頑ななクリンの様子を見て、村長は「フゥ」と息を吐き、ヤレヤレと頭を振る。


「君を見ていると、頭の良すぎる子供と言うのも考え物だね。もうこの料金を提示している理由は君にも察しているんだろう? ならこれで引き受けてもらいたい所なんだけどね」


 村長は揶揄を込めて「賢し過ぎる子供は嫌われるよ」と付け足す。


「ここまであからさまだと流石に察しますよ。要するに『無防備な子供が銀貨持っている事を村人に知られるな』って事なんでしょう? 理屈としては解りますが、治安維持はそちらのお仕事なので、それを理由にゴミみたいな金額でこき使われる謂れが僕にはありません」


 現代人だと分かりにくい感覚だろうが、古い時代の閉鎖的なコミュニティだとこういう考え方は割と多かったりする。百円玉十枚持っている子供よりも千円札一枚持っている子供の方が目立つ。


そして、子供がそんな目立つ事をしていれば普段気の良い人間でも魔が差してしまう事がある。だから子供に金は持たせるなと言う理屈である。


 知るかよ自制しろよ、とクリンからしてみれば言いたい所だが、ここではクリンはあくまでもよそ者であり本来居るべきでは無い人間だ。


 そんな人間の都合よりも元からいる人間の都合を優先させると言うのがこの手の閉鎖的な地域での「善良な人間」と言う物だ。


 クリンは生前、まだ体が動く時期に色々と活動的に行ってきた。旅行もそうだしスポーツやアウトドアで地方に行く事も多かった。また海外にも当時の年齢では頻繁に行った方である。なので、この手の考え方がある事を知っていた。


「大人は子供に賢さを求める癖に《《その子供が本当に賢い場合》》は気味悪いとか可愛げが無いとか小賢しいとか言って途端に叩いてきますよね。《《その小賢しい子供》》から言わせてもらえば『そんなん知るか』と言う話だと思いません?」


 すました顔で言って来るクリンに、村長は思わず苦笑いを浮かべてしまう。確かにその辺の子を「賢い子」と褒める事はあるが、それは「馬鹿の中では」と言う枕詞が付く。所詮本当に賢いなどとは思っても居ない。本心の中では確かに自分よりも賢いと思える子など薄気味悪い以外の何物でもない。例えば目の前にいる子供の様な。


「全くやり難い子供だよ。ソコまで理解しているのなら言うが、コレは君の為でもある。これから収穫に向けて徐々に他所からの人手が増えて来る。今までは近隣の村の知り合いが殆どだったが野盗騒ぎのせいで今回からは町からの伝手が大部分になる。村の連中なら子供が多少の小金を持っていた所で何もしない……と信じたい所だね。だが町の連中は違う。他所から来た者から見たら、村の外れに親も無く一人で住んでいる子供が金を貯めていると見たら格好の獲物に見えると思うだろう?」


「ですから、それは余計なお世話です。そんな事で僕の仕事を銅貨単位なんてナメた金額で叩かれる位なら、最初からやらない方が良いです。そもそもこの村では来年まで持たせる予定だったのでしょう? なら無理して僕をアテにする必要は有りません。僕がやらなくてもそれは元々の予定通りで、何も困らない筈です」


 元々無理して引き受ける必要のない仕事なのですから、と少年はすました顔で言い放ったのだった。


「う~ん……確かに断られた所で、最初は君の鍛冶技術を知らなかったのだから、元に戻るだけの事なのだけど……出来ると分かった以上はやってもらいたい所なんだけどね」

「そちらの状況は解りますが、そんな金額で引き受ける鍛冶師なんていないでしょう。普通は炭燃やしただけで銀貨単位の金を請求する物でじゃないですかね」


「確かにその通りなのだけどね。しかし君はまだ子供だ。銀貨云々の話を置いておいたとしても、大人の鍛冶師と同じ金額を払う事なんて出来ないよ」


 君はどこかの工房で学んだ正規の鍛冶師でも無いのだから、と村長は言う。


「大人の鍛冶師がいなくて困って子供の鍛冶師……モドキに仕事させようとしている時点で矛盾があると思いますけどね。子供に大人の仕事をさせようと思うのなら料金も大人と同じ分払うべきだと僕は言いたいですけどね」

「中々耳が痛いね。だが、実際の話として、君は大人と同じ事は出来ないだろう? 正規の料金を支払うのは流石に無理があるよ」


「確かに筋力的に大人と同じ事は出来ませんね。ですが《《大人しかできない事》》は、来年に回してくださいと言っていますし、子供の僕が出来る事なら《《大人にも負けないレベル》》の腕は有るつもりですし、やって見せたつもりです。それで納得されないのですから、こちらとしては値切られてまで仕事する意味は有りません。最初からやらないだけです」


「まったく……ああ言えばこう言うね。山向こうの村長も相当苦労したんだろうねぇ。しかし、こうなると諦めるほかは無さそうだねぇ」

「ああ、前の村の村長はそもそも僕の話なんて聞きません。何か言う前に殴ってきます。そして残念ですがその条件ではお受けできかねます」


 何やら双方決別の方向で話が進んで行っている事に、横のトマソンは慌てる。


「ちょっと待ってくれ。村長もクリン君も結論を急ぎ過ぎだ! なぁ、クリン君。君の言い分も解るし最もだとも思う。だが、農具だけじゃなく自警団の装備品にも余裕はないんだ。自警団の装備品はもうストックが無い。破損品を誤魔化しながら使っている状態だ。修理する手段が無いので諦める他無かったが、君のお陰でその手段が出来た。ここで修理してもらえなかったら、万が一の場合は団員の命に係わる。だから……」


「成程、団員の命が危険にさらされるのは、村の住人の命が危険にさらされるのと同義ですから切実なのでしょうね。命が掛かっているのだから、村の為に一肌脱いでくれと、つまりトマソンさんはそう言う訳ですね」


 トマソンの言葉を遮り、クリンが穏やかな口調で言う。やはり聡明な子供、ちゃんと状況を説明すれば理解してくれる、と彼は安堵しかけ——少年の目がさめきり、無感情に近い顔で自分を見ている事に気が付く。


「その為に僕に不利益を被れと? 村の為に僕の技術を安売りしろと? それは流石に冗談では無いですね。僕は別にこの村の生まれでは在りませんし、確かにこの村に現在お世話になっています。ですが、装備を修理して銅貨五十枚? 村に恩があるから貴方達の命を支えるのにその金額でやれと? 鍛冶作業に最も向かないこの時期に? ハッキリ言って論外です。元々アテにしていなかった癖に、急にそんなのを押し付けない欲しいですね。そんなのを飲む程にこの村に恩義はありません」


 正論すぎるその言葉に、トマソンは反論できず思わず狼狽してしまう。自分の言った事は《《村の為に犠牲になれ》》と言うのと変わりがない事に気が付いてしまったのだ。


「……はぁ。ちょっと黙ろうがトマソン君。町で衛兵をしていたから多少は学んで来たと思ったんだけどねぇ。情に訴えるのも手段の一つだが、相手を見てやらないとそれはただの悪手だよ。君は頻繁にこの子と顔を合わせているのだから、そんな事をしたらどんな反応をするかは君の方が理解している筈だろう……全く、君の村の村長では無いが本気で少し仕込む事を考えた方が良いのかもしれないねぇ」

「……ノーコメントで。僕にとっては付け入る隙は多い方が良いですから」


 何やら訳アリ顔で目配せをしだす村長とクリンに、トマソンは訝し気な顔になる。


「やれやれ……本当に町でこういう交渉事をして来なかったんだねぇ。コレは少し君の評価を変えないといけないかなぁ」

「え? い、いえ自分は……あ、いや俺はほぼ実働業務しかしていなかったので……政務関係は隊長に任せてきましたから……と言うか、何が何やら……交渉は決裂したのでは?」


 しどろもどろになって思わず衛兵時代の口調で答えそうになっているトマソンに、村長はわざとらしく大きなため息を吐く。


「ハァ……君にも分かりやすく言うと、今のは『君に技術が有ろうが村の連中から見たら子供でしかないんだから、他の子供も納得する料金で我慢してくれ、下手な前例作って他の子供も大人料金で請求して来たら溜まらない』と私が言った感じかな」

「それに対して、僕が『知るか、そんな理由で買い叩かれてたまるか、こちらに一方的な損を求めないでもっとまともな条件持って来い』的な返答をした所です。そして『別にこっちは仕事受けなくても最初と何も変わらないから困らない』と言った感じです」


「……そうだね、そんな感じの発言だね。本当に、こういう腹芸交渉が出来る五歳児って何なんだろうね。そして、そこに今君が『農民には多少の余裕があるけれども自警団にはそこまで余裕が無い』と言う事を暴露した所だね。こんな強かな交渉相手に弱みを晒すなんて、何をしてくれるんだと言うのが本音かな」

「僕の方からしたら、何でこんな頭回る人がたかだか地方の村の村長をやっているんだろうって感じですけどね。普通にどこかの領地で文官とか出来ると思います。そしてトマソンさんがポロってくれたのでそこを突こうと思っていた所です」


「ハハハハハ、これでもこの近隣では一番大きな村だからね。そこの村長なのだからこれ位の交渉事が出来ないと務まらないよ。しかし、まさか五歳児相手に役人連中を相手にするのと同じような交渉をする羽目になるとは思いもしなかったよ」

「……これまでの会話でそんな素振りは全く感じませんでしたが……」


「ハァ……何を言っているんだい。最初からクリン君はずっと言っているじゃないか。『条件が合わない』とか『その条件では受けられない』と。つまりこの子はコチラの言い分を理解したうえで『こちらが一方的に不利益を被るのではなくそちらも不利益を被れ』と言っている訳だよ。そうしたら妥協するってね。五歳でも出来る事……では流石に無いか。それでも頭の回る人物ならこれ位はやって来る。そんな事も解らない様では困るね」


 君は将来的には自警団の団長をしてもらう予定なのだから、と村長は苦虫を嚙み潰した様な顔で言って来る。「コレは本気でこういう交渉事を教え込まないと駄目だね」と呟いている自分の村の長に頼もしさを覚えると同時に、衛兵になる前に一般教養を学ばされた時の事思い出し、その鬼講師の顔を彷彿とする村長の表情に思わず「うはぁ」と声に出していた。


意外とこの村長さん頭が良くて腹芸が得意だったりしたんですね。漸くそれを披露する場面が出来ました(笑)

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