第76話 異世界ラーメンの仕上げ。
前回実食編と書きましたが、残念ながらそこまで行きませんでした。
と言うか例によって調子にのって細かくやり過ぎて文字数増えちゃったんですよっ!なので二分割する事にしました……申し訳ないっ!
夕食へのご招待が決まった以上は何時までも扉の所に居させるわけにもいかない。内心渋々ながらも二人を中に招き入れ、間借りしている間は土足禁止と決めた上がりの先に靴を脱いで入ってもらう。
「ここって、確か亡くなった鍛冶師が住んでいた小屋っすよね。随分広かったんすね」
「何も荷物が無いからそう見えるだけじゃないですか? それと僕しか住んでいないのもあると思いますよ。 多分大人が家族で住んだら家具とか食器とか考えたら、それなりに手狭じゃないですかね」
「何も無いと言うか、見た事無い物が幾つか有るのよ。何だこりゃ布織り機か?明らかに手製よな。 こっちは糸巻きか? って、本当に自分で布作ってんのかよ!」
「そりゃぁ、買えなければ作るしか無いですから。 じゃ、僕は料理の仕上げに入っちゃうので……見ても良いですが触らないでくださいね。……特に門番二号、アンタは壊すからダメだ」
「壊さねえよっ!? もう二ケ月も前の事を本気で根に持ち過ぎなんだわっ!」
マクエルの声を背中に、クリンは竈に向かう。その間に「班長相手にあの態度を取れる坊ちゃんスゲエ!」みたいな声が聞こえたが、何時も通りに「気にしない」スキルを発動し、ラーメン作りを再開させた。
先ずは煮込み続けていたスープの仕上げである。途中で中断したりしたがトータルで三時間ちょっとは煮込んでいるので煮込み時間はもう十分だ。ツリーフットガラと屑野菜をスープから引き揚げる。
屑野菜はもう煮崩れているので使い道は無く、乾燥させて肥料行き。ガラの方は骨の回りに肉が少し残っているので、勿体ないので食べられそうな部分を毟って使う。
そのままだと熱いので水で洗ってから肉を毟り取るが、これ自体はもう長時間煮込まれて出汁ガラなので肉自体の味は無い。代わりにスープの旨味や風味などは残っている。
時間と材料があれば、取り出したこの肉に香草やら小麦粉やらを混ぜて練って団子にし、油で揚げれば立派なトッピングとして使えたのだが、流石に今回は断念し、先程悩んでいた味付けの方に使ってしまう事にした。
スープを煮込んでいた鍋を脇に置き、代りに鉄鍋を竈に置く。十分熱せられたらその中に肉を浸けこんでいたラードを匙で一掬いして入れる。
今回貰った脂身を使ってもいいのだが、下処理とかしていないので直接使うのは躊躇われたので見送った。
ラードが溶けたら先程毟った肉を刻んだ物と商店から購入したキノコを刻んだ物、そして水路脇から取って来たハーブ類を刻んだ物を炒め合わせ、そこに味付けとなるドロっとしたバルサミコみたいな酢、塩、水とスープを掬い入れて煮詰めていく。
本当は酒も欲しい所だが流石にクリンの年齢では手に入れられなかったし、手に入れられた所で質の悪いワインかお粥みたいなエールだ。ラーメンに使うのにはどちらにしろ合いそうにないので諦める。
暫くコレを煮詰めて行くと辺りには香しい、少年にはどこか郷愁を誘う、少しだけ醤油を思わせる香りが漂い始めた。
「ああ、この匂い……やはり最初のラーメンは醤油だよなぁ……」
煮詰めながら香りをかいだクリンは思わず恍惚とした顔になる。これはクリンが生きた時代の前世紀に、まだ日本食が世界に殆ど知られていなかった時代に海外でシェフをしていた人物が、醤油が食べたくて仕方なくなり編み出した代用醤油の、更にそれの異世界アレンジ版である。
酢は加熱すると酸味が飛びコクや旨味が残り、キノコで別種の旨味と肉が脂で焦げた部分が醤油の香ばしさを演出している。ここに酒と砂糖があればもっと醤油に近くなるのだが、無い物は無いので今回は風味だけでも寄せたくてこの作り方にしたのであった。
入院時代に知識欲に従い集めまくった情報は料理方面にまでも及んでいた。侮れない少年である。思いつきの即席で作り出したにしては妙にそそる香りは、マクエル達にも届いた様だ。
「な、何だコレ? 嗅いだことが無い匂いだが……妙にそそるのよな……」
「何すかね……初めて嗅ぐはずなのに妙に懐かしい感じがするっす……」
ソワソワしだした二人を他所に、クリンは麺打ちに入る。と言っても寝かせまで済んだ後なので後は伸ばして切るだけだ。
麺棒など流石に作っていないのだが、麺を作った時に使った鞣し用の叩き棒は角があると皮が割けてしまう事もあるので、なるべく滑らかな円形に作ってあったので、麺棒としても十分代用できた。
竈の横に据えられた作業台に打ち粉をし、その麺棒で生地を伸ばしていく。HTWでは料理もクラフト系の技術に含まれる為、クリンは当然の様にこの手の作業も経験済みだ。
VRと現実の違いはあるが、多少の不手際が自覚できた程度で後はゲーム時代と遜色のない手さばきで麺を伸ばし、折り畳み、また伸ばしていく。
数度繰り返せば生地は完成だ。それを切っていくのだが、本来は切る為のガイドとなる当て木などを使うのだが、そんな物は当然無い。多少不格好になるが叩き棒が直線なのでそれを目安に打ち直したナイフで麺の形に切っていく。
調理用ナイフでは短く麺を切るのには向いていないので、少しでも大きいナイフが良かったためにこれになった。だが専用の麺切り包丁で無い上に、混ぜ物の多く小麦ですらない怪しい異世界麵である。
前世の中華麺のつもりで切ったら崩れそうだと感じ少し厚めに切っていく。そのせいか切り分けた麺は中華麺と言うよりはきし麵やフッチーネ(平打ちパスタ)の様な感じになってしまった。
「ははぁ……ランメンとか言うのが何なのか解らなかったが、パスタ料理だったのか」
物珍しそうに眺めていたマクエルが、クリンが打った麺を見てそういう。この辺りでもパスタは食べられる事は食べられるが、小麦の産地で好んで食べられており大麦主体のこの辺りではそこまで広く浸透してはいない。
「まぁ、パスタの定義は広いですから一応その中に入りますが、この場合は多分ヌードルと言った方が正確ですかね」
クリンがそう答えると、マクエルも青頭の男も首を傾げる。
「そうか、聞いた話だと昔ランって国が東にあって、そこから入って来たパスタがヌードルって呼ばれていたって聞いたな。だが、同じじゃねえの?」
「一応違いはありますよ。パスタは『ソースで食べる』のが基本で、ヌードルは『汁で食べる』のが基本です。スープパスタとかフライドヌードルもありますが、それは変形とか例外の部類で、主流はソース用に発展したのがパスタで汁物に入れるのに発展したのが麺です」
別の鍋に湯を沸かして、そこに麺を解し入れながらクリンが言うと、マクエルは感心したように頷き、
「成程なぁ……確かにそれなら別の物と考える方が良いよなぁ。ならラン風パスタでは無く、ランヌードルと呼んだ方が良いのかねぇ」
と何気なく言ったが、少年にとってはその響きがあまりにもの前世のラーメンと似ていたので、思わず笑ってしまっていた。
幅広麺なので茹で時間は少し長めがいいと思い、その間に具材と汁を用意する。
と言ってもコレも簡単だ。ラードに浸けていた肉を引き上げ一人二枚目安で薄く切り取り、鉄鍋で付いたラードごと両面焼くだけだ。あっという間にチャーシューと香味油代わりの完成である。
細かく書きすぎてまさか作るだけで一話必要になるとは……一応ですね、この通りに作れば醤油モドキもラーメンモドキも作れそうなレシピにはしていますハイ……