第511話 年末スペシャル閑話 元村幼女の秘密の友達と魔法の薬。その2
魔法により自分で出した煙を打ち払う様に、手にした扇子でパタパタと煙を散らしている楓に、自分で呼び込んだのだがモリーンはどうしても思ってしまう。
『登場する度にアレやってたら、何時か人に見つかっちゃうんじゃない?』
と。シュセンドーお兄ちゃんは「小人族は人間に見つかるのを嫌う」や「人に知られない様に活動する事を好む」と言われ、楓の姉である椿からは、
「我らはニンジャー。闇に潜み闇に生き、人知れず悪を成敗する存在」
と、モリーンには良く分からない事をまっ平な胸を張って言っていた。
「……要するに、人目に付かずコッソリヒッソリ、楽しい事をしましょう、と言うのが小人なのですよ。人目を忍ぶ、だから忍びなのです」
余りにもモリーンが理解してい無さそうな様子だったので、そう椿が言い直して来たのだが――
「椿ちゃんも楓ちゃんも、出て来る時に良くアレやるけど全然人目を忍ぶ気無くない?」
と言うのがモリーンが毎回思う事だ。
そんな彼女の思いを他所に、楓は煙が散ったのを確認した後パタンと扇子を閉じ、
「所で、今日はどーしたの? 何か用事?」
閉じた扇子の先端を下唇に軽く当てながら上目遣いにそう聞いて来る。子供とは言え流石に身長二十センチの小人族の少女よりは遥かに大きい為、どうしても見上げる形になるのだが、その仕草はモリーンには、
「相変わらず可愛いなぁ」
と思えてしまう。
「や、特に用はないけど……と、言うか楓がさっきから天井裏でゴソゴソ音立てていたから、きっと暇なのかな~と思って声を掛けただけなの」
「ひ、暇!? そ、そそそそ、そんな訳無いじゃない! 私は忍者だもの! 日々厳しい鍛錬に修行に訓練が待っているんだから!」
「……それ、全部同じ意味じゃないの?」
「……………はっ!?」
「まぁいいや……じゃ、そんな忙しいお友達とお話したかったんだけど、迷惑だった?」
「お友達!? お友達! もう、そう言われたらダメなんて言えないじゃない、もう、もう、モリーンちゃんたら可愛いんだからっ!」
扇子の先を顎に当てて残りの手を頬にそえて身に包んだ赤いニンジャー服とやらをくねくねさせる楓に、モリーンもホクホクといい笑顔になる。
この、少し変わったお友達との出会いを説明するのは少しばかり複雑だ。勿論、クリンに引き合わされたのが最初なのだが、その前に別の出会いから始まっている。
それは、モリーンがこの街に越して来た直後、派手にお腹を壊した時にまで遡る。例の鼻糞薬を飲まされて酷い味と匂いに絶望していたのが、翌朝にはあの酷い下痢が嘘の様に止まった時の事だ。
『え、なにこの魔法のお薬!? 匂いと味は酷かったけど凄すぎる!?』
と、余りにもの回復ぶりに本人がビックリし、その薬を作って彼女に与えたのが例のシュセンドーと呼ばれる少年だと知り、直後ヒョッコリと手習い所に姿を現したクリンの顔を見た瞬間、感極まった彼女は思わず少年に飛び付いていた。
『お兄ちゃん! お兄ちゃんのお陰で元気になったよっ!!』
引っ越してから僅か一週間(十日)程。両親以外に知り合いが誰一人居ない場所で、唯一以前から顔を知っていたクリンが、この時はとても頼もしく見えたのだ。
前の村の親しい友人だけにする時の様に、あるいは大好きな三人の兄達にする様に、全力で駆け出してその『首元目掛けて』全力で飛び付き抱き着いたのである。
年齢上は一歳しか違わず、またクリンは平均よりも身長が低いのだが、生まれ歳ではなく数え歳のこの世界で遅生まれの彼女は実質的には二歳近く歳が下だ。
なので頭一つ分は確実にクリンよりも背が低い。が、野生の森がすぐ隣にある田舎の村育ちの八歳児。挙句の果てに父親は脳筋に近い元衛兵で元自警団の班長。そもそもの身体能力が街の子供とは比較に成らない位に高い。
後にクリンが『アレはフライングネックブリーカーだった』と語る程の勢いで首に抱き着かれたらどうなるか。
『ぐへぇ!?』
クリンの首が締め上げられたのは勿論。当然その腕は少年の「首の後ろ」に倒されていたフード部分にまで勢いが殺されぬまま届く。
『ふげほぉっ!?』
『……うん? なにこれ?』
クリンの首の後ろに回した手に、何か奇妙な感触を感じ、思わず手をニギニギさせるモリーン。かっこ、田舎育ちの脳筋の娘、かっことじる。
『うぎゃやはひゃ!? ちょ、ダメ! な、何か出ちゃう!?』
突然の事でフードの中で身動きが取れなかった椿は、ガッチリと脳筋班長の娘の掌でホールドされてしまい、逃げ出す機会を失ってしまっている。
『ゲホッゴホッ!? ちょ、だ、ダメだからモリーンさん!? 力、力抜いて! 椿よりも先に僕の首が限界だから!? 後椿、暴れたら即バレでしょう!! 少し大人しく……あと、洩らしたら責任取って洗ってもらいますからね!?』
『ぬぎぎぎ……つ、潰れ……あ、ホントに中身が出る……って、主殿!? 流石にそれはご無体すぎでは!? って、いい加減離せ小娘ぇぇぇぇぇ……あ、漏れ……』
『うわ!? 冗談抜きで何か首筋が生暖かくなって来た!? も、モリーンさん、これ以上はちょっと洒落に成らないから力抜いて!』
慌てたクリンが首にしがみ付いたままのモリーンの腕をタップする様に叩いたので、そこでようやく彼女は自分の今の状態に気が付き力を緩める。
『ホッ……た、助かった……椿、大丈夫です?』
『……大丈ばないです、主殿……ぷしゅぅ……………』
フード越しに感じる気配で、椿はダウンした様だと感じたクリンは「ヤレヤレ」と呟きながら額に手を当てる。
『うむぅ……まさかこんな事でバレるとは……流石に予想外です』
まさか自分にこんなスキンシップをして来る相手がいるとは思っておらず、どうした物か、と呟く。
が、当のモリーンはクリンから離れ、ニギニギと手の感触を確かめる様に何度も握っては開きを繰り返し、自分のその手とクリンのフードへと目線を行ったり来たりさせている。
『お兄ちゃん……今の感触……それに、何か聞いた事が無い声が……?』
咄嗟の事で椿はボイス・ブリングを使わず素で声を上げてしまっており、小人の声とは言え首筋にしがみ付いていたモリーンにもバッチリと聞かれてしまっていた様子だ。
その事に、クリンはもうどうしようもない、とばかりに頭を振り——
『こうなったら仕方ないですね……モリーンさん。ちゃんと話しますが……その前に、一つ約束して欲しい事があります?』
『約束……?』
『これから話す事は、絶対に、誰にも話してはいけません。教えてもいけません。それが守れるのであれば、ちゃんと教えます』
少年のただならぬ様子に、モリーンもそれがとても重要な事である事が悟られ、彼女は自分に出来る精一杯の真剣な表情で、
『……うん、わかった。お母さんにもお父さんにも、お兄ちゃん達にも、絶対に言わない! 誰にも教えない! わたしだけの秘密にするっ!』
と答え——彼女なりの真摯な姿に、クリンは苦笑を漏らしながらも、少女に本当の事を、フードの中にいる小人族の少女の事を話すのであった。
クリンから聞いた話は、とても信じられない物だった。
それは当然だ。確かに実際に魔物が存在し、魔法も使え、神や妖精と言う物が実在の存在として認識されている世界であっても、小人族の存在はやはり御伽噺に属する事柄だ。
モリーンが育ったファステスト村でも、小人族は昔話か御伽噺でしか出て来ない存在であり、実際に目撃したと言う話は聞いた事が無い。
精々が何か悪い事が有れば「小人の悪戯」とか「小人の仕業」とか言う話を聞かされた程度だ。ほぼ悪戯したり悪さをした子供を嚇す常套句の様な物だ。
だが、実際にフード越しではあるが触ったし、何よりも話の途中でクリンのフードの中からおびえた様子の椿が顔を出し、たどたどしい挨拶をして来たのを目の当たりにすれば、信じるより他が無い。
と、言うよりも、誰にも話してはいけないと言う秘密が、こんな素敵な生き物に対する事であったと知るとモリーンは眼をキラキラとさせて、
『ぜーったいに誰にも言わない! はかばーまで持って行くっ!』
と硬く誓うのであった。
そう。父親であるトマソンや、手習い所の主であるテオドラは、モリーンがクリンに懐いているのは、偏に正露丸の効果に寄るものだと考えていたのだが、実はそうでは無い。
御伽噺や昔話の中にしか存在しないと思っていた存在、小人族を実際に従え、彼女の前に見せたこの少年が、今までとは異なる世界を彼女に指し示してくれる、文字通りの道標に見えた為である。
この偶然の出会いにより、小人族の存在を知ったモリーンは、更に椿以外にも小人が存在しており、何ならこの家の周囲に連絡係として何人も潜んでいる事を教えられ、更にはただの犬やふてぶてしい猫だと思っていた彼らが、こちらもほぼ御伽噺にしか出て来ない「せいれーじゅー」と言う不思議生物である事を知り、彼女の好奇心は爆速で刺激されまくったのである。
そんな、それまで存在しないと思っていた存在を連れ歩き、何ならその不思議生物たちに挙って崇められる様に守られ、魔法の様に下痢を止めてしまう薬を作り出し、モリーンは理解不能に近い知識を多数持ち、前の村で「オハジキ」なる物をたやすく作り出す少年は、奇跡の様に映ったのである。
しかも椿と名乗った小人族の少女のみならず、小人族に「ニンジャー」なる魂の拠り所と呼べる生き様――モリーンは難し過ぎて意味が今一つ理解出来なかったが――を教えたのもこの少年なら、手習い所の椅子や机、彼女でも簡単に水くみが出来る不思議な井戸を作ったのもこの少年で、挙句の果てにこの街に来て一番のお気に入りであった彼女の寝心地が良くてふかふかなベッドを作ったのも彼だと知る。
ここまで来れば、懐かない方がどうかしているレベルでスーパーお兄ちゃんにモリーンには見えていた。
小人さん達の事をもっと知りたいし、せいれーじゅーと言うモフモフで本当はとっても大きいワンちゃんともっとふてぶてしいデカ猫ちゃんの事をもっと知りたい。
何なら、自分の為に作ってくれたオハジキの作り方も、あのくちゃいけどとっても効きの良すぎる魔法のお薬の作り方も知りたい。
そう思ってしまった為、モリーンはクリンにベッタリと張り付き、貪欲に彼から知識を吸収しようと勉学に励む事になったのも無理もない話であろう。
因みに。モリーンが執拗にクリンの鳩尾目掛けてヘッドバッドのダイレクトアタックを敢行する様になったのも、この出会いで首回り、特にフードの辺りには皆には話していけない、不思議なお友達が存在していた為であるのだった。




