第506話 国越え道中記。
此方の国の国境の村での手続きは実にアッサリとした物だった。国境通行料と言う名前の出国料金を支払らい、持ち物から持ち出し禁止の物品(主に違法物)を持っていないかをチェックされただけで、実にサックリと村を出る許可が下りた。
「随分緩いですね?」
「そりゃあ、出る分にはね。この周辺の国だと出国手続きは大体この様な物だ」
「そうよ。国境警備とは聞こえがいいけど、要するにこの村の人は所詮ただの村人だもの。余り面倒な検査なんてしないのよ」
と、既にいくつかの国を行き来している冒険者二人は何時もの事、とばかりにこの緩さを気にしていない様子で、前世での出入国の厳しさが頭にあるクリンは、今一つ腑に落ちず首を傾げていた。
その様子に気が付いたのか、ライラが「納得いかないって顔ね?」とニヤニヤしながら聞いて来たので、クリンは頷きを返す。
「そもそもがね、国から出て行こうって考える人間って言うのは、大体が変わり者なのよ。一歩国から出たら何があるかわからないのよ、ココは。国内、領地内であるのならその国なり領主なりが住人を守るけど、国から出たらその必要は無いもの。それは移動先の国も同じ。他国から来ただけの人間なんて守ってくれないわよ」
そう言われてクリンは、
「ああ。そうか、そこも魔物や魔獣が関係してくるのですね」
「その通りだ、クリン君。安全な国から出て行こうって人間に構う暇があるのなら国内に力を注ぐ物だ。そして、出て行った人間を調べたいなら、その人間が移動した国が責任をもって調べればいいだけだからな。だから出て行く人間に対しては大体どこの国も、その人間が国にとって重要人物であったり、若しくは国の名誉を傷つけるような犯罪者でもない限り、大体素通りに近い扱いだよ」
ライラの言葉を受け継いだラックがそう言って来るのに、クリンは、
「成程……入国者を調べる苦労は相手に押し付けて金だけ取れればいいと……うぅん実に西洋的な考え方……マジでこんな所も似ているのなぁ」
と、割と身も蓋も無い感想を口にする。
「もっとも、それはコチラが少人数だったからでもあるけどな。コレがキャラバン規模の商隊とかなら持ち出せる量が段違いだからな。チェックはもう少し厳しくなる」
「少なすぎても逆に怪しまれるからね。一人旅で国境超えだと『何かあります』と言っている様な物だからね。一人で魔物や魔獣の出る国境や街道を超えるなんて正気の沙汰じゃ無いもの。そう言う意味では、私達もどこかで国境を超える為に人数を集める必要があったから、クリン君の依頼は渡りに船だった、と言う事よ」
「ま、オレたちの様な冒険者や、傭兵とかなら一人で超える事も有るがな。だが警戒されて検査が厳しくなるから、面倒を避けたいなら道連れを募るのが楽なんだ」
確かに国同士の行き来は楽ではあるが、条件を満たさなければ手間が掛かる。そして、条件を満たしていたとしても、今度は移動は楽だが定住が難しいらしい。
「俺とライラはこの国の生まれだから、元の住人帳に記載があるから問題は無い。だがクリン君の場合は……ブロランスの街の住人記録は無いんだよな?」
「ああ。確かに僕は住人では在りませんでしたので無いですね。ただ、有難い事にふぁ……何とか村では住人台帳に記載がありますし、ブロランスの街では通商記録と言う物があるので、国外でも一応商人としての身分証代わりに成るので出入りは楽になると言われているので、そちらは用意してあります」
通商記録と言うのは、要するに「定期的に行商なり露店なりを特定の場所で行っていた」と言う証明である。
街なり村なりで、単発ではなく定期的に商売が出来ていれば、役所に申し出れば出してもらえる証明書だ。
これがあると言う事はつまり商人としての実態があり、資産もそれなりにある証明である為、他国でも税金や通行料などを支払える目安となる為、身分証明と言う程に効力は無いが「少なくとも食い詰めでは無い」と言う事で、難民や貧民と違って「この国でも税金が取れる商売が出来る」と言うアドバンテージとなり、持っていると警戒率が下がる。
因みにクリンが何故コレを持っているかと言えば、そこは為政者側である――事は一応は秘密ではあるが少年には割とバレバレな――謎商売の女達の元締めを自称する女性と、某手習い所の老婆二人による入れ知恵である。
この通商記録は他国でも大体採用されているので、実はたとえ他国でも更新されれば記録を辿ろうと思えば辿れるのである程度の動向を知るのにも利用できたりした。
その辺りはキッチリと抜け目のない謎商売の元締めと老婆である。
そして、この場合は実は雇われ冒険者の二人にも別の意味がある。
「ああ……道中の話で何となく分かっていたが……やはりクリン君の目的地はこの国では無いのだな」
「まぁ、魔法を勉強したいって言っていたしねぇ。そうしたらこの国じゃなくて北の魔法国……マキロギアを目指すのが道理よねぇ」
「「解ってはいたけど」」と二人が残念そうに言う。通商記録は行商などを行うのに有利な証明書であり、詰まる所クリンはこの国に留まる気はなく通過するだけのつもりである事が嫌でも知れてしまったのである。
「まぁ……商売がしたいだけなら別にブロランスの街を離れる理由がありませんから。この国の先にある魔法国って所で、魔法を勉強したいから出て来た訳ですしね」
「そうだよなぁ……この国もそれなりに魔法学が発達しているが……ほぼマキロギアのおこぼれみたいな物だからなぁ」
「行けるだけの行動力と財産があるのなら、この国で魔法を学ぶ必要は無い物ね」
「と、なると……やはり当初の契約通りに国境を超えた先の街で契約終了かな」
「そう……なるわねぇ。私達は最初からこの国に用事があるから戻ってきた訳だし……この国にいる間の護衛を、と言われても直ぐには無理だしねぇ」
元々が二人の冒険者はそれぞれの故郷に一度戻る予定でクリンの依頼を引き受けた
だけだ。ココから更に契約を更新したくても、どうしても自分達の用事の為に一度契約を終了させる以外に無い。
「僕としても、このままお二人を雇い続けても良いのですが……流石にお二人の用事が終わるまで待っていたら冬になり身動きが取れなくなりそうですので、出来ればその前にはこの先の魔法国に辿り着いておきたいのですよね」
国境の村を出ての道中でその様な話をしていると、やがてその日の宿営場所に到着する。この国境の村と村の間は緩衝地帯でもあるので、直ぐに隣国の国境の村に付くような事は無い。大体が一日から三日は掛かる程度の距離が取られている。
これは戦争が起きた場合に直ぐ攻め込まれる事を互いに防ぎ緊急対応する時間を稼ぐ意味と、それぞれの国で魔物や魔獣の氾濫が起きた際にこの様な緩衝地帯で一旦その氾濫の進行を遅らせると言う意味もある。
なので、実はこの緩衝地帯での野営が最も危険である。どちらの国にも属していない扱いなので魔物を間引く巡視兵も居なければ犯罪者を取り締まる衛兵も居ない。
その為この緩衝地帯での野営は緊張を強いられるのだが――
「うん、折角周囲に他の集団も居ませんし、運良く鳥も狩れましたし、国境超えたお祝いと言う事で、今日は焼き鳥にしましょうか! 日本酒は無いですが白ワインと蜂蜜はありますから、自家製醤油で焼き鳥のタレも作れますからね!」
こう言う世界での旅では、少年の様に水を運べたとしても大体が酒、それもワインやそれに類する醸造酒を持ち歩く事が多い。
水よりも傷みにくく、また酒精が低いが水よりは雑菌が繁殖し難い為に傷口を洗うのに使えるし、何よりも火を使わないで体を温めるのには酒は使い勝手が良い。
また蜂蜜も長期保存の効く食べ物で、パンにでもしみ込ませておけば長期間カビが生えにくくなる。
前世地球では、三千年前のピラミッドから当時の蜂蜜が発見され、一切腐る事無く問題なく食す事が出来ており、今の所最長の消費期限を誇る食べ物の一つだ。
その為、クリンも旅の食料として野菜売りのオヤジの所で蜂蜜を仕入れてそのまま持ち込んでいたし、白ワインは旅の宿屋とかで売っている。
因みに。この白ワインは以前クリンがテオドラから譲られた、牛のキ〇タマ袋の水袋に詰めて持ち運ばれていた。
「ああ……そういやウチの田舎でもその水袋を使っていたヤツがいたなぁ……流石に俺は使う気にはならなかったが……」
「いや、アタシは初めて見たけど……うわぁ、コレ……モロにそのままじゃない……あのさ、忘れているかも知れないけどアタシは一応女なんだよ? 流石にコレは……ねぇ?」
布で気休め程度に包んではいるがバッチリとωの形状が見て取れた挙句にデロンデロンと柔軟に揺れるソレを、初めて見せられた時の冒険者二人の反応がコレである。
「……どこかの老婆は、喜々としてコレ渡してニヤニヤしていましたが?」
「そんな妖怪みたいなばぁさんと一緒にしないでくれる?」
と言うやり取りがなされていた、曰く付き(?)の水袋から白ワインを注ぎ、蜂蜜を醤油に混ぜて溶き合わせた物を、串に刺して軽く焼いた鶏肉にドプンと付けてさらに焼いて行くクリンに、冒険者二人は周囲の警戒を忘れてゴクリと喉を鳴らす。
「コレはまた……暴力的な匂いのする物を……」
「ちょ、護衛の最後の方に来て『コレ』はズルくない!?」
ご丁寧に七輪モドキに鉄串を並べて網代わりにし、炭火で焼かれてジュクジュクと醤油タレが焦げて周囲に香ばしい香りを撒き散らし始めたクリンに、冒険者二人も悲鳴じみた声をあげてしまう。
「た、確かに醤油の香りは素晴らしいと思っていたが……こんな食べ方もあるのか……」
「焼かれたらダメでしょう、コレは!? と言うか、今まで何でやらなかったし!?」
「それはまぁ……まだそこまで醤油の量ないですし、蜂蜜もそんなにないですし。それに、今回はお祝いも兼ねて……と言う口実で実は鳥を狩れたので、食べたくなって仕方なくなったんですよね。前までは塩焼き鳥オンリーでしたし。あ、味噌ダレの焼き鳥も良いかも……この際だから作ります?」
「お願いだからやめて!?」
「マジで契約を終了させたく無くなるじゃない!?」
と、結局危険地帯での緊張感が全くない騒ぎとなり、しかもHTWでミッチリと腕を磨き上げた少年により、
「焼き鳥は遠火の強火でじっくりと焼かないと旨さがでないのですよ」
と、じっくり時間を掛けて焼かれてしまい、その間ずっと醤油が焦げる香りに晒された冒険者二人は「はよ食わせろ」と騒ぐ胃を押えるのに苦労するのであった。




