第180話 勿体ぶった登場にも意味がある。と思いたい。
少し長くなりそうなので分割したら少し短めになりました。
どういう風の吹き回しなのか、と言うのがこの時のクリンの正直な心境である。何かがこの周囲に住み着いているらしい事は何となく察していた。
最初の方に食べ物や水などをクリンが気が付かない程度の量を持っていくだけだった。クリン的には当初こそ気のせいかと思っていたが、職人としての目を持つと自負している少年だ。直ぐに勝手に持っていく存在が居る事に気が付き、直ぐに正体を突き止めようとしていた。あれだけ用心深い少年がそれをしない訳が無いのだ。
しかし、苦労して身に付けた気配察知や危険察知スキルにも引っかからず、狩りで鍛えた観察眼でも何かの足跡や移動痕を見つける事が出来ずお手上げ状態だった。しかしなんちゃって正露丸を作る様になった頃から、謎生物の活動が鈍り出し匂いがしている間はライ麦が盗まれる頻度も減ったために放置していたのだ。
ただ、この二ケ月程は開き直ったのか、明らかに存在する痕跡をガッツリと残す様になっていた。
それでも頑なに姿を見せる事は無かった為に、これからも姿をさらす気は無いのだろうと思っていたのだが、何故か今日になって向こうから声を掛けられた。
何となくこちらの言葉は理解出来ている様子なので、知能が高い生物ではあるとは思っていたが、まさか言葉を操る事が出来るとは思っていなかった。
『はてさて、一体どういう相手なんだろうね。ここまで姿を隠し続けたんだから気になるってものだよね、やっぱり』
内心でそう思いつつも、
「フム。コレまで姿を見せようとせず、コミュニケーションも拒んで来た相手が『話を聞いてほしい』と言うのなら、無下にも出来ませんね」
クリンはそう言うと、柏手の直後の手を合わせたままの姿勢を解き背後を振り向く。
そこには果たして——
「……は?」
クリンは思わず気が抜けた声を出す。何故ならそこには——
「誰も居ねぇじゃん!? え、あれぇ? 幻聴かなんか!?」
キョロキョロと辺りを見回してみても、壁と床以外にはクリンが用意した簡易社と供え物を乗せた三方があるだけで、ガランとしたままだ。クリンが慌てふためいていると、
「ああいや……誰も姿を出すとは言っておりませんが……我々も掟で『みだりに人間に姿を見せてはならない』と言うのがありまして」
「いやいや、普通は話の流れ的に後ろから声かけられたら後ろに居ると思うじゃん! 『話を聞いてほしい』って相手に姿を隠したままとか、何この肩透かし!」
「確かに自ら願い出ておいて、姿を見せないのは不義理だと思いますが、なにとぞご容赦を。出来ましたらその前に確認させていただきたい事がありまして」
「えぇ……話を聞いてほしいとか言っておきながら確認させてくれとか……」
「お気持ちは重々分かります。ですが、コレまで観察した所、貴方様は中々用心深い方で居られるご様子。それならば我らの心情も察していただけるのではないかと」
「うっ……それを言われると弱いですねぇ……しかし『我ら』ね……そうか、複数だったのか……それは盲点だったな。まぁいいや。確認したい事とは何でしょう?」
「おお、お聞き届け頂きありがとうございます。では早速お聞きしますが……そこの見た事も無い様式の簡易神殿に納められているのは、もしかして古の大神、時空神セルヴァンではありませんか? そして幾つも神像を彫られているようですが、それも全てセルヴァン神を模して彫られているのではないでしょうか」
全く予想していなかった神の名前を言い当てられ、クリンは思わず目を瞬かせる。この存在達がセルヴァン像に食い付いた事も意外であったが、コレまで露店でセルヴァン像を売ったりしていたが初見でそれがセルヴァン像である事に気が付いた物は居ないし、クリンがセルヴァンの名を出すまで判らない者しかいなかった。
「は? あ、ええ。確かにコレはセルヴァン様をモデルにして制作した神像です。ちょっとした縁がありまして木材加工関係のスキルを覚える練習として作らせてもらっています」
クリンがそう答えると謎の存在は声に喜びを滲ませ、
「おお、やはり! ただの木像にしては荘厳な作り。見た事のない造形様式ですが神秘を確かに感じさせる彫り、さりとて神像にしては思い当たる神の姿とは異なる。もしやと思い確認させて頂きました。やはりセルヴァン神の像でしたか」
と、感慨深そうに言う。
「何より、その簡易神殿。見た事の無い様式なれど確かに神域を思わせる重厚な装飾。確かにコレはセルヴァン神を祀るのにふさわしい物。やはり貴方様も敬虔なセルヴァン神の信者であられましたか!」
思わぬ方向から己の制作物を褒められ思わず表情が緩むクリン。だがぶっちゃけこちらの神像や社のスタンダードを知らないので、前世のデザインを踏襲しているのでこの世界ではやはり異形に映るらしい事に、何となく居心地の悪さも覚える。
「ええと……確かにセルヴァン様……セルヴァン神を模して像を作らせて頂いていますが、僕はこの辺りの地域の様式を知らないので、知っている様式で代替させてもらっています。ですので、信者と言われる程に敬虔では無いかと」
「ご謙遜を! これ程の像、これ程の神殿を制作できるお方が信徒で無い筈がありません! ともあれ確認したい事は確認できました。これから我らの姿を見せます。セルヴァン神の信者であるのなら姿を現しても掟に反しませんから」
謎の声がそう言うと、クリンから少し離れた所の床で「ポポポンッ!」と何かが弾ける様な乾いた音がし、薄く煙が上がる。そして煙が晴れると、そこには——先程と全く変わらぬ丸木がむき出しになった床だけがあった。
「って何だよこのオチ!? 思わせぶりな演出しておいて結局誰も居ないじゃん!」
「いえ、此方です」
唐突に横側から声を掛けられ慌ててそちらを向くと、ソコには三十人程の小柄な人間がズラリと並んでいた。
いや、これは小柄と言うよりもハッキリと小さい。一番前にいる老境に入っているとみられる人物の身長は凡そ二十五センチ程か。一番体格が良い者でも三十センチを超えているかどうかと言った所だ。
「え? 何でそこに!? ってあの演出はなんだったのさっ! って小さっ! そして多っ!! 精々数人だと思っていたけどまさかの団体!?」
「いやぁ、申し訳ありません。普段人に姿を見せる事がない為、つい習慣で陽動を挟んでしまいました。人間の死角を取らないとどうも落ち着きませんので」
「忍者か暗殺者かよコイツ等……てか小人だったのか! 小動物か何かかと思っていたけどまさかのファンタジー種族だったとはっ! すっげぇ!! 異世界って言うならやはりこうじゃなくちゃねっ!」
これまでほぼ人間以外の種族を目にしておらず、魔法を使っても生活魔法と呼ばれる地味な物が主体であった為、未だにファンタジー感が薄かったのだが、明らかなファンタジー要素の登場に一気にテンションが降り切れるクリン。だが当の小人達は意味が分からずキョトンとしている。
「ニンジャー? と言うのが何かわかりませんが……御覧の通り、我らは小人妖精族です。その中でも森小人の一族が一つ、トゥムトゥム族です。私はその部族の長をしているランティム・トムティム・ホロイスラー・ポチャムン・キラムン・バンタリア・トゥムトゥムと申します。以後お見知りおきを」
そう言って深々と頭を下げて来た小人族の長に、クリンは、
「長いわっ! 一発で覚えられるかっ!!」
全力でそう叫んでいた。
はい、ようやくコイツ等を登場させる事が出来ました。
そして、コイツ等が登場してきたと言う事は、ようやくクリンが街に着いてから半年たったと言う事です。長いなっ!?