第161話 全く、無茶をしやがるぜ……
鍛冶作業の続き。今回は水減し編です。
今欲しい物は何か。そう聞かれたらきっとこう答えているだろう。
「金床と大金槌と小槌、ヤットコ、それと火掻き棒と大き目のハンマーヘッド」
と。赤く焼けた卸金を濡らした木の棒で抑えつつ、自慢のハンマーで叩きながらクリンは切実に思う。
「木枝のヤットコなんてやり難いったらありゃしない! 直ぐ燃えるし何度も交換しなきゃいけないし、安定しない! そして石の代用金床なんて力加減間違えたら割れるっ! ああ、嘘嘘! やっぱりこうなったら工業機械が欲しいっ! スプリングハンマーに加圧式圧着機、ローラープレスでもいいっ! 3DCAD搭載のレーザー切断機持って来いやぁ! もう原始的な鍛冶はコリゴリだぁぁぁぁぁぁ!!」
ガンガンと赤鉄を叩きつつ自棄になって叫ぶ。やはり鉄製品が殆ど無いのが痛い。器用に動かせるようになった両足で濡れた木の棒を操り無理矢理鍛冶をしているのが現状だ。
手作業の鍛冶は大好きなのだが、流石にここまで何もない状況だと現代工業の設備を使っての鍛冶作業が恋しくて仕方がないと言う物。
水減し作業もその後に待っているヤットコ作りも基本伸ばすだけなので何とかなっているだけだ。ヤットコが完成すれば大分楽になる筈だ。
「それまでの我慢っ……前の村に居る間に作れなかったのは痛かったなぁ……材料が足りなかったから言っても仕方ないんだけれどもっ!」
焼けた卸金を叩いては炉に戻し、再び焼けたら叩くを繰り返す。玉鋼と卸金の違いは、雑な分け方をすれば一度完成品の鉄になっているかいないかだ。
古鉄卸の卸金は一度鉄として溶かされているので玉鋼程に不純物を含んでいない。なので叩いている間に剥がれて落ちる部分が少なく、また伸びもよく割と扱いやすい。こんな大雑把な道具でも何とか伸ばしていく事が出来ている。
今回クリンは純粋に己の筋力だけで伸ばして行っているが、それは偏にこの森の鍛冶場には「なんちゃってスプリングハンマー」を作っていない為である。
作りたいのは山々なのだが、本体だけなら作れなくはないが何せそれに使えそうなハンマーヘッドが無い。今使っているハンマーを使ってしまったら本末転倒だ。
なので六歳の身体で無理して鍛冶をしているのだが、本来筋力が弱く体力も比較的無い少年には鍛冶はまだ無理がある作業だ。
スプリングハンマーの代替となる物を作らずに鍛冶に踏み切ったのには、一つだけ現状のクリンでも鍛冶を出来そうな当てが有ったからだ。
それは魔法である。ただ現状使えるクリンの魔法は初歩魔法だけなので、現状はハッキリ言ってクソ雑魚魔法だ。屁の突っ張りにもならんと言う奴である。
クリンが当てにしているのは正確には魔法では無く魔力。より正確には魔力を用いる魔力操作、それの副産作用である。
魔力はこの世界の人間なら普通に持っている物であり、その魔力は血液の流れと共に体内を自然循環している。そのままではただの血中成分の一つで特に何か効果が出ている訳では無い。強いて効果をあげるのなら「魔素がある世界で生きて行ける」という所か。
まだ詳しくは解っていないが、この世界の人間は体内で魔力を精製できるので魔素が無くても生きて行く事は可能であるが、魔素がある世界の方が適しているらしい。
その、この世界特有の謎粒子とも言うべき魔素を体内に取り込み魔力と反応させて体内で循環させる事で魔力の流れを感じる事ができ、魔力操作と言う物が出来るらしい。その辺は実はHTWと同じ仕組みの様なのだ。
赤ん坊の時に散々トライして無理だったのでこの世界の魔力操作とは別の概念なのかと思っていたのだが、魔法を使える様になった今は出来なかった理由が良く解る。
HTWの世界観をプレーヤーに楽しませる為に作られた設定に、魔力操作の事がちゃんと記載されている。
ただ、クリンが理解していなかったのは「それは魔力と魔素を反応させた後の話」で、反応させる前に操作しようとしても出来る訳が無い、という事だった。
「そりゃぁそうだよね。HTWでも誰しも魔力(MP)があるのに、無条件で魔法が使える訳じゃないもんね。魔法を教えてくれる所で勉強して、呪文を覚えてから初めて魔法が使える物だったし。スペルだけ覚えて唱えた所で勝手に魔法が使える訳じゃないもんね」
この辺はゲーム的な辻褄合わせとも言える仕様だが、VRゲームではコマンド選択をして魔法を使うだけでは無く特定のワードを実際に唱える事でも魔法が使える。
本来はゲーム内でNPCやプレーヤーキャラに初歩魔法を教えて貰い、魔法を覚えて使い続ける事で魔力とスキルレベルを上げ、新しい魔法を覚えて行くのだがゲーム外で攻略サイトなどで転載されている呪文を丸暗記し、それをスキルも無しにゲーム内で唱えたら使えてしまう様ではゲームバランスが崩れる。
折角のVRゲーム。「それじゃゲームつまらなくなるから禁止ね」などと言うメタな事を言ってしまえば興醒めと言う物である。
システム的な禁止事項に「世界に充満する魔法粒子とPCのMPを反応させる事で魔法が使えると言うファンタジー的な理屈をつけて、それらしい設定で丸暗記と言うお手軽な方法では使えなくする位の芸当をやって見せるのがHTWでありMZSと言う会社である。
そのシステム制限の理屈がこの世界の魔法理論に非常に似ていたのは偶然なのかセルヴァンが敢えてHTWに寄せたのかはクリンには分からなかった。
何にしてもこの世界の魔法の仕様がHTWの魔法の仕様と親和性が高い事に変わりはない。ならばHTWで「魔法職じゃない職業でもMPを使うスキルを付けて不公平感を減らす」という仕様も、この世界には似た様な物が必ずある筈だ、とクリンは考えた。
ヒントはある。それは前の村でトマソンやマクエル、ロッゾや青頭マルハーゲン等の門番ズが、時折クリンの前で見せていた異常な体力に筋力。
クリンが森の中で薪を拾って帰ってくる間、子供用サイズとは言え鉄片が埋め込まれた木鉄剣を振り続けて薪の残骸を量産して見せた体力。そして木工所から百キロ以上ある丸太をたった二人で担いで来れる筋力。
門番ズの中に魔法が使える者は居なかった。それは間違いない。使えていたのならクリンがとっくに使い方を聞き出している。
「と言う事は、あの人達はHTWで戦闘職がMPを消費して使う『魔力系身体操作』、それと同じか近いスキルを身に付けていると考えるのが道理なんだよね」
それはHTW内において、戦闘職系のスキルを身に付けた者が使える技法で、MPを消費する事で、体内魔力を増幅させて様々な身体能力を強化させるスキルだ。そして大体が継続スキルだ。一度使えば数分間だけ筋力のステータスにプラス数パーセントされたり、HPを数分間体力ゲージの数パーセント分を継続回復したり、MPの継続回復に気力ゲージの消費軽減など、別名「自力バフ」と呼ばれる、自分だけに効果があるスキルだ。
どれもゲーム内ではそこまで強力では無い。スキルレベルを上げた所で最大で十パーセントも能力が上がらない。魔法職にバフ系魔法をかけてもらう方がもっと効率がいい。ただ、初期から使えるスキルであり特にソロの時には実に重宝する、戦闘系の基本と言われるスキルだ。
「武術系のスキルはまだ発現していないけれども、危険察知とか気配察知は間違いなく身に付いているしコレは戦闘系スキルだ。なら僕にも自力バフが使える筈だっ!」
まして今は魔法が使えるので魔力操作も出来る。HTWでも魔力操作を覚えていれば魔力身体操作もスキル無しで使え、魔力身体操作が出来れば魔力操作も直ぐに出来る様になる、互換性があるスキルだった。
「フレーバーテキストでは基本は同じとあった筈……ならばきっと出来る! いざっ! 『魔力循環、魔素転化、発動、オーラコート《筋力増加》』っっっ!!!」
魔法では無いので魔法言語による詠唱は必要無いのだが、初めての試みである。念には念を入れてテキスト通りの文言でスキルを発動させる。
特に何かエフェクトが出たり派手な効果音が鳴ったりはしない。が、クリンが詠唱と同時にスキルを発動させたい、と強く思うと魔素を取り込んだ魔力が勢いよく体内を駆け巡り、手にしたハンマーが少しだけ軽く感じる様になる。
「……っしゃっ! やはり思った通りにオーラコートが使えてるっ! これならスプリングハンマーには遠く及ばないけれども十分今の僕の筋力だけで鉄が打てるっ!」
成人男性には及ばないが、それでも両手で槌を振るえばそれまでよりも力づよく水減しが行える。
それまでとは比べ物にならない位に作業効率が上がるが、コレは時間制限がある。MPは無限では無いし、継続スキルであっても継続時間がHTWと同じとは限らない。他のスキルの様にスキルレベルが低い間は効果が弱まる様に変化している可能性も十分に考えられる。作業効率と手際が問われる筈だ。
ここでクリンは更に、
「クラフターズ・コンセントレーション!」
生産スキルも重ね掛けする。壁は無いが屋根はある。クリンの認識ではここは既に彼の作業場だ。思惑通りにクラフターズ・コンセントレーションも発動する。
六歳とは思えない速度で瞬く間に鉄が伸びて行く。ただココまで作業が高速化かつ強力化してしまえば槌は兎も角代替金床や濡らした木枝ヤットコが早々持たない。
クリンの魔力と集中力が切れるのが先か、作業場が持たなくなるのが先かの競争の様相になったが、この競争には少年が勝利した様だ。金床かわりの石が壊れる前に、水減しの作業を終わらせる事が出来た。
だが——代わりにクリンは魔力と体力を使い果たし、その場でグッタリと暫くの間倒れ込むのであった——
相変わらず生き急ぎをする少年である。
とうとう魔法……では無いか。魔力を使った鍛冶工法まで使いだしたクリン君。しかも重ね掛けまで披露する始末!
設備が無い程度では挫けない模様。まぁ恨み節は出た様子ですが……