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第157話 別の世界ではそれをシュールストレミングと呼ぶんだぜ!

皆様お待たせしました!

何とかモチベをぶち上げて本日より再開します。

そして、再開一発目には調子こいて普段なら二話に分割して加筆している分量だが一括掲載、一話で5000文字オーバーだっ!

「それがここにあると言う事は、貴女方が僕の薬を試用した方々と言う事でしょうか」


 それは見覚えがあり過ぎる位にある自作の素焼き小壷であり、なんちゃって正露丸を入れる為に使用した物だ。


 それがここにあると言う事は、テオドラの言う集団で下痢を引き起こしたのは彼女達だったと言う事なのだろう。


「ワタシらは商売柄、人と会って飲み食いをする事が多くてね。そのせいかいくら気を付けていても偶に腹ぁ下すし、今回みたいに纏めてアタリを引く時もあるんよ。なんで良く効く下痢止めは必需品なんだけどね。少し前まではバーサンの下痢止めを使っていたんだが、この前、いい歳で薬草集めがキツイてんで引退しちまってね。以来代わりになる様な薬が無くて困っていたのさ」


 リッテルと名乗った女性はクリンが焼いた壷の蓋をコツコツと突きながら、


「で、そこにバーサンからコイツを譲られたって訳さ。最初はバーサンが仕事復帰したって聞いていたんだけど、どうやらそうじゃなくてボーズが勉強がてらにコレを作ったらしいね。最初は他の薬より効けばめっけもの、位のつもりだったんだけどさ。コイツは代り所かバーサンの薬よりも良く効いたよ、ありがとうね」


「お役に立てたのなら何よりです。ただそれはまだ試作みたいな物で、試用した人の話を聞いてもう少しだけ調整する予定です。でも、話を聞く限り、なんか想定よりも効きが良い感じなのですよねぇ」


「そうなのかい? まぁこちらとしては効果が高い分には有難い事さ。ただ、あの匂いだけは何とかならんものなのかね? ウチの連中も最初はあの匂いで飲むのを嫌がっていたし、飲んだら飲んだで口の中から暫く匂いが抜けなくてね。ウチらの様な商売だと匂いが残るのはちょっとアレなんだよ。せめてバーサンの薬位の匂いに収まらないかねぇ」


「無理ですね。ああ、いや出来ると思いますが、それはつまり普通にドーラばぁちゃんの薬の再現になるだけで、効果も殆ど変わらなくなると思います。今回僕が足した成分が効果を高めている可能性が高いです。そして、その足した成分にはこの匂いがあります。因みに作りたてはもっと匂いますよ。どうしてもというのならドーラばあちゃんの下痢止めの再現をしてみますが……」


「そうかい……そうなるのかい……ドーラバーサンの薬も魅力的なんだがねぇ。こっちの……セイロン、ガーンだっけ? 効果を体験した後だと流石にねぇ」

「……インドの島になっちゃったよ正露丸……」


 リッテルの発音に思わず突っ込んでしまったクリンだが、その声は彼女の耳にも聞こえた様で、


「島? ああ。この薬は元々その島の薬だったのかい。成程、だからセイロン・ガーン(この世界にはガンナラと言う大変臭い発酵食品がある。短くガンとも呼ばれる)か。面白い名前じゃないか」


 と言ってクツクツと笑う。ひとしきり笑った後に表情を引き締め、


「ガンナラも臭いから旨いって言うしね。この薬もこの匂いがあってこそって事なんだろうね。で、コイツは何時位に売り物にできそうなんだい?」

「そうですね。使用感や効果などを詳しく聞いて後はドーラばぁちゃんと相談次第、って感じですかね。聞いたら結構な人数が試して頂けたようですし、サンプル……実例としては十分だと思うので、微調整をするだけで済みそうですから割と早く売り物に出来るかと」


「そうかい! それじゃぁ、先ずワタシらの感想をボーズに伝えればいいかい? ここにいない奴らは後でドーラバーサンの所に行かせるから、そこで聞いとくれよ。コチラとしても、早めにコレが売り物になってくれると安心感が違うからね。一人ずつに必ず常備させておきたいくらいさ」


 どうやら彼女達はそうとうこのなんちゃって正露丸の恩恵にあずかったらしい。できれば自分達の分を確保しておきたいとの事で、早く薬が流通するなら協力を惜しまないとの事。早くもお得意様が出来そうな予感にクリンは内心ホクホクしていた。


 が、その後すぐに先程のお姉様方が戻って来て、口々にてんで好き勝手に薬の感想を垂れ流し、ついでにムチムチプニプニと再び果樹園状態になってしまい、ちょっとだけ後悔してしまった六歳のクリン君であった。





 こうしてなんちゃって正露丸はあっという間に使用データが集まり、各薬草の配合比や抽出法などを微調整した後、テオドラと相談の結果翌週から目出度く販売薬品のラインナップに加わる事になる。


 当初、この匂いで忌避する者が続出していたのだが、例のリッテルを筆頭とするお姉様方が買い占める勢いで殺到し、それが話題に繋がり試す物がチラホラと現れ瞬く間に売れ筋商品になって行く。この世界というか、文明度が低い世界だと食中毒による下痢や水当たりは割と切実な問題なので、この効きの良さなら臭くても我慢できるらしい。


 因みに買い占めはクリンが認めなかった。元々効果が高いので沢山持っていた所で保管に困るし(実際の正露丸も一瓶買って何年も残っている人が居る筈)、何よりも大量生産できるような物でも無いので、必要な人以外には売らないし売る量も一日分をセット(九粒)で最大三日分までの制限を付けた。


 代わりに一日分で銅貨二十枚と庶民にも手を出しやすい金額にした。まぁ、それでも前世の感覚だと九粒で二百円も取っているのはボッタクリみたいな物でしかないのだが。


 因みにもっと高くてもいいとも言われているが、あまり高くすると魔法薬ポーションが買えてしまうので、この位の金額がまぁ妥当な所だろう。テオドラの腹下し止めの薬が三日分で銅貨三十枚な事を考えたら十分高い。





 その様に微妙に売り物を増やし、木製食器の制作や薬の調合、狩りに薪拾いに水路の掘り起こし等々、日々忙しくしているクリンであるが、クリンがこの街、ブロランスにやって来てから二ヶ月と少しが経つ頃、一つの転機が訪れようとしていた。


 それは、何時もの様に露店を開く前にテオドラの手習い所に顔を出し、ココ何回かで運び込んでいた材料を元に『ある物』を組み立てていた時の事だった。


「え? 魔法? もう教えて貰えるんですか!?」

「ああ、そろそろ頃合だねぇ。というかもう大分前から文字を完璧に覚えているから、そろそろ教える事が無くなって来ているからねぇ。早いけれどももう教えてもいい頃だと思うのさね……って、サッキからこそこそ作っているその箱は何なんだい? それにまた砂利だの砂だの落ち葉だの持って来たのか小僧? ウチの中庭はゴミ捨て場じゃないよ!」


「コレは自家製の簡易浄水器です。今作っているこの木箱の中に布、石、小砂利、砂利、砂の順に敷き詰め、その上に更に炭、木皮から取り出した繊維、細かい枝や落ち葉などを入れておきます。まぁ要するに自然の大地と同じような構造ですね。この上から水を掛けると自然と濾過されて綺麗な水が箱の下のこの穴から……って、それは後でいいです! ついに、ようやく、やっと魔法が学べるんですねっ!?」


「いや、それこそどうでもいいさね! 浄水器だって!? そんなのは普通水路とか溜池とかの大きな施設で使う物だろっ! 何でこんなサイズでそんな物が作れるんだい!?」


「そりゃ何千何万人もの人間が使う水を濾過しようとすれば大掛かりになりますが、ばぁちゃんやココの子供が使う程度の水ならこの程度でも十分役に立ちます……いや、だからこんなのはどうでもいいですっ! それよりも魔法ですっ! 何時教えてくれますか? 今ですか? 早く教えて下さい、ハリーハリーっ!」


「お黙り、このおバカっ! 家庭用の浄水器だぁ? こっちの方がよっぽど大ごとだよっ。本来施設で使うような物をご家庭に持ち込むんじゃないよっ! この事が知られたらどれだけ大変な事になるのか、解っていないのかい!?」


 テオドラが大声で怒鳴る様に言ってきたので、クリンはココでようやく落ち着きを取り戻す。そして老婆に向かい——鼻で笑い飛ばした。


「大事にする様な馬鹿の事なんて気にする必要が何かありますか?」

「はぁ? 何をいっているんだい、いいかい良くお聞き。浄水機の機構ってのはね……」


「コレを大型化しただけです。基本はコレと同じものです。そして、これは地面を掘れば同じような構造が出てきます。『それだけ』の物です。ドーラばぁちゃんなら地面の中がこんな感じになっているのは知っているでしょう?」


 浄水機構自体は前世でも古くは古代エジプト時代には生まれていて、古代ローマ時代には都市の水の浄水に使われていたとされる。


 この世界でもはやりかなり古い時代に生まれ広く使われている。前にいた村でも水路の上流には大雑把だが簡単な浄水機能が付けられている。


「そりゃぁまぁ……だがこんなサイズの浄水装置があるなんて聞いた事ないよ?」

「それは不勉強ですね。山の中や森の中の集落にはこのような物を使って川の水を浄水して飲み水を確保している地域もあります」


 そうクリンは言うが、実はそれはコチラの世界の事ではない。前世での話だ。日本では室町時代にはこの手の小型浄水器は山村などでは使われているし、ヨーロッパでも中世後期には雨水をためてこう言う濾過器で浄水している村落も文献にある。


 ここまで文明的に似ている世界だ。必ず同じような事をしている地域が何処かにある筈だ、とクリンは踏んでいる。そして博識なテオドラなら——


「ああ……そう言えば昔にそんなような話を聞いた事があるね……ある地域では井戸水でも泥が混じった泥水しか出ないって。だから藁や草や葉っぱを重ねた所にその泥水を掛けて濾過させて飲み水にしているって……そうか、それはもしかしたら小僧が作ろうとしているコイツと同じ考え方なのかもねぇ」


 やはり知っていたようだ。そして、此方でもちゃんと同じような物が活用されていた事にホッと胸をなでおろす。コレで話は早くなる。


「つまり構造さえ分かっていれば、このサイズの浄水器を造れて当たり前と言う事です。そんな物を有難がって騒ぐようなのはただの馬鹿です。無知な人間の事を慮って不便な生活を送るなど愚の骨頂ですよ」

「しかし、実際にこの辺りじゃそんな物を使っている奴なんて居やしないよ。この辺りでは珍しい事に変わりはないんだよ、ボウズ」


「そりゃそうです。ばぁちゃんが言った通り『水道施設の大本』で濾過しているのですから自分の所で態々やる奴はいないでしょう。そして、これは『自然環境の再現』でしかありません。自然の無い街中では作り難いのは当然です。街中では材料集めが大変ですしメンテナンスをする必要もあるので手間がかかります。つまり面倒なんですよ、コレ」


 だからクリンは態々森から砂や砂利などを運んできている。街の中ではそれらを集めるのは面倒でしかない。加えて濾過を続ければ濾過機能も低下していく。定期的な清掃とメンテナンスは必要になる。


 つまり、こんな物は真似た所で維持は出来ないし、盗んだとしても何れ無用の長物になり果てる。ちゃんと知識のある人間ならこんな物を見た所で『便利だね』で終わる話だ。騒ぐのは大して知識が無くて脊髄反射で生きているような愚物位である。


「それにこの方式の濾過器は濾過が終わるのに半日から丸一日かかります。個人で使うなら兎も角多人数で使うのには向いていません。欲した所で効率悪いですし量産したくても街中では材料がありません。盗んだ所で知識が無ければ維持もできません」


 クリンがそう言い捨てるとテオドラは苦笑するしかない。


「そうだね……これはアタシが少し先走り過ぎたねぇ。ま、使っている所さえ見せなければコレが何なのか解るヤツはいないし、解るヤツなら欲しがりはしないだろうねぇ。でも、何で急にそんな物を作り出したんだい小僧?」


「だってばあちゃん、夏場には水が臭くて飲めないって言っていたじゃないですか。麦湯にすれば飲めるでしょうが、どうせなら少しでも美味しい水で淹れて飲む方が良くないです? 同じ飲むなら美味しく飲んでもらいたいと言うのが製作者の心情という物ですよ」


「ハッ! ただそれだけで浄水器を作るのかいっ!? 何ともまぁ酔狂な小僧だ事! 流石にアタシでもそんな事は考え付かないよ!」


 水に並々ならぬ拘りを持つのが日本人の性と言う物である。その為には家庭用浄水器だって作ってしまうのが日本人。クリンは物作りに関しては変態だが、飲食に関しては大概日本人も十分変態である。


「ご理解いただけた様で何よりです。では早速魔法を学びましょう! さぁさぁ!」

「駄目だね。先ずはその浄水器を造ってからだね。どうせ教えるなら、旨い麦湯を飲みながら教える方が、教える方には教え甲斐があるって物なんだろう?」


「……これは一本取られました。その通りですね。ではご要望通りにサクッと仕上げるとしましょう!」


 その様に言われてしまえば是非も無し。クリンはその日の露店の予定を取りやめ、全力で浄水器を仕上げるのであった。

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