第127話 転生少年と露天商達。
偶にはテンプレ展開もやっておかないと。
まぁ、クリン君ですからテンプレ通りにはいかないんですが……
「おいおい兄ちゃん達、何言っているんだ。こんな小さい子に金集ろうとしている時点で十分恥だろう。ましてやアンタらに同情して金恵んでもらってんだ。落とし前も何も端から相手にされてないんだ。有難く這いつくばって頂いて金貰ってとっとと失せなさい」
——この場所でそんな事をしたらどうなるかまるで解っていない。
ニコニコと顔だけは温和な隣で露店を開いていたオヤジがにこやかな営業スマイルと共に言って来る。それを皮切りに、反対側の隣の露店を開いていたおばちゃんが、
「全くだよ。こんな小僧に恵んでもらっておきながら逆切れとか情けないを通り越して哀れだって話だよ、ホント!」
と喚けば向かいの露店から、
「ったく、ボウズは相変わらず甘いんだよ。アンナのは水ぶっかけて追い払う位で丁度いいんだよっ! 良かったな、あんちゃん達優しいボウズでよ。おら、商売の邪魔だサッサと小金貰って場所空けなっ!」
と声が上がる。他にも次々と色々な声が上がり挙って二人のチンピラに罵声にも似た声を浴びせて行く。
「なっ……何なんだコイツ等っ!?」
チンピラの一人が周囲の様子に慌て出し、もう片割れが、
「チッ」
と舌打ちして、クリンが銅貨を取り出した金入れの壷を奪おうと手を伸ばす。しかし、
「こらこら、欲をかく物じゃないよ兄ちゃん」
変わらぬ軽い口調のまま、露店のオヤジは傍らに置いてあった菜切ナイフを取り男と金入れ壷の間にダンッと投げつける。菜切ナイフは見事にクリンの即席露店の天板に突き刺さっている。
「ヒィッ!?」
「お前さんが取っていいのはソッチの……おや、四分の一銅貨もかい? 勿体なくないかい? ……まぁオレの金じゃないからいいか。そこの分だけだよ。さっきも言った通りに這いつくばって有難く貰いな」
変わらぬニコニコ顔のまま言って来るオヤジに、チンピラの一人は標的を変えた様だ。物凄い形相でオヤジを睨み、
「何なんだてめぇ、サッキからその舐めた口はっ!? 這いつくばれだと!? フザケててんじゃねえぞジジィ!!」
と凄んで掴みかかろうとするが。
「ゴチャゴチャうるせぇぞ若造!! テメエはオレら露天商から金を掠めようとしているゴミなんだよっ! 本来テメエらなんぞにくれてやる銅貨は一枚もねえんだよ! それをこのボウズが恵んでくれてんだ、這いつくばって受け取るのが当たり前だろうが!! これ以上オレらのシマで商売の邪魔する気なら市場から叩き出すぞ!?」
それまでのニコニコ顔から一変、額に青筋を立て鬼神の如き形相で立ち上がりチンピラ二名に怒鳴り付ける。それが合図だったかの様に、それまでニヤニヤと嘲る様に笑うだけだった他の露店商たちが立ち上がり男達を睨みつけている。刃物こそ持ってはいないが、棍棒の様な物や石や殴りやすそうな何かの塊だのを手に持っている者までいる。
既に蚊帳の外状態のクリンはその様子を眺めながら、
「あちゃー……やっぱこうなっちゃったか……折角金で誤魔化そうとしたんだからさっさと受け取ってどこかに行けばいい物を……」
額に手を当てながら呆れたように小さく呟いていた。
このチンピラの男たちは物を知らな過ぎたのだ。先ず、露店商人達の人のよさそうな顔に騙されている。露店も行商の一種だ。魔物が存在し身を守る為には野生動物すら反撃をしてきて、魔法もあり盗賊も居る様なこの世界で金と荷物を抱えて遠くから足を運んで露店をしようなんて連中が、大人しい訳が無い。
チンピラを怒鳴り付けたオヤジだけでなく、その反対側の恰幅のいいおばちゃんですら街の外からこの市場に荷物と金を持ってやって来ている。腕っぷしに自信が無い方がどうかしている。
ましてや露店のオヤジは農作物を売っている事からも近隣で農家をしている事は解る筈だ。クリンが短期間住んだ村ですら「自警団が居ないとまともに農作業が出来ない」のがこの世界の農家である。ましてや森から時々間引きしきれ無い魔物や野生動物が出て来るのだ。農民でもある程度戦えるのが当たり前なのがこの世界だ。
そしてこの場所。定期的に市場が開かれる通りの外れだ。「そんな場所を好んで選んで露店を開いている」様な輩が、人が良いだけの訳が無い。
こんな外れの区画では無く、もう少し中心地に行けば治安はもっと良くなる。幾ら場所代が安いとは言え、銅貨数枚余計に払うだけで安全な場所で商売が出来るのだ。
にもかかわらず、こんな外れで頻繁に露店を開いている。それはつまり「ココの区画で露店を開くような連中は大体脛に傷がある」様な連中ばかりと言う事だ。
裏社会に生きる程ではないまでも、賑やかな場所での商売が出来ないから場末で商売をしている。そしてそんな場所でも平気で商売が出来る程に修羅場をくり抜けて来た連中が溜まっているのがこの区画だ。
そんな場所で小金欲しさで絡んだらどうなるか。こうなる。
クリンが絡まれていてもある程度は放っておくが、度が過ぎると自分達の露店にまでこの手の輩が現れかねない。
それを許す気が無い露天商達は、何か事が起きれば普段の温和な仮面を脱ぎ捨て荒くれ者の片鱗を見せつけて来る。
クリンがリッテルとの会話で「善良なオッサンでは無い」と称したのはコレが理由だ。農作物なんてどこでも売れそうな物を、選んでこんな外れで売る様なオッサンが善良である訳は、やはり無いのだ。
因みに他人事の様な顔をして様子を見ているクリンだが、この少年も漏れなくそちら側の部類に入る。元々身寄りが無い子供が露店をしているのだ。訳アリ以外の何物でもない。露店を開いた最初の頃こそもっと治安の良い場所を借りていたが、子供と言う事で他の露店から舐められるし買いたたかれる事も多い。
それなら最初から訳アリの人間が集まるこの区画で商売した方が楽だと考えて、好んでこの区画で露店を開いている。
そんな頭のネジがぶっ飛んでいる八歳児がおとなしく金など出す訳が無い。最初こそ絡まれる事が多かったが、強かな少年は小器用に立ち回り次第に周囲の露天商からの信頼を集め、二匹の犬や猫が露店について来る様になってからは絡んで来る輩は激減していた。
「な、なんなんだコイツら、寄って集って……」
「お、おい、なんかやべーぞ……」
周囲の様子に気圧されたのか、チンピラ達は互いに顔を見合わせ、うち一人が舌打ちをしながら——それでもキッチリとクリンの出した銅貨を拾い集め——クリンを睨むと、
「覚えていろよガキ!!」
「お前もだオッサン!!」
口々にそう捨て台詞を吐いて逃げ去ろうとする。が——
「ほう……覚えておいていいんだね?」
そんな押し殺した声が聞こえたのか、チンピラ二人の脚が止まる。
「本当に憶えておいていいんだな? この界隈の露店の奴らは『本当に一生忘れない』けれども、それでいいんだな?」
露店の誰一人として、商売の時に見せる笑みを消し、全くの無表情でチンピラ達の顔を見返している。その様子に思わず、
「ひっ!?」
「じょ、冗談だよっ! お願いだから忘れて下さい!!」
二人は震えあがりながらそう答え、そそくさと野次馬を掻き分けて通りの向こうへと逃げて行ってしまった。
その後、暫くの間は露店主達もその後を黙って見ていたが……やがて辺りが爆笑に包まれる。露店主だけでなく通りを行く客も腹を抱えている。
売主である露天商がまともな連中で無いのなら、買い手である通りを行く客たちもまともでは無いのが道理と言う物。
店主達が口を挟まなければ客の彼らが口を挟んで来ていた事は疑いようが無い。ここはそう言う通りであり、正規の露店市で最も柄の悪い連中が集まる区画。良く解っていない様なチンピラがイキれる場所では無い。
「庇ってもらって悪いですね、おじさん。お陰様で助かりました」
「うん? ああ、気にしなくていいよ。と言うかこちらの都合さ。あのまま放っておいたらボウズん所のワンコ共が暴れ出しそうだったからね。そしたら流石に衛兵が来る騒ぎになるだろう? それはオレも困るって物だからな。持ちつ持たれつよ」
普段の人のよさそうなニコニコ笑顔を顔に張り付けた露天商の男は、クリンの後ろの犬達に目をやりながら言う。
「大分前みたく、その二匹が噛みついて骨でも砕いたら大事になるからなぁ。こちとら静かに商売したいんでね。悪いけれども割り込ませてもらったよ」
そう言って「気にする事は無いさ」と言いながら自分の露店に戻って行く。他の露天商達も口々に「そうそう」とか「流血沙汰になったら厄介だからね」とか言いながら戻って行く。彼等も本来は少年一人で何とも出来た事は知っている。だがそれだと衛兵が来る騒ぎになりかねない、と言うより以前ほっといたら犬が馬鹿共のナニを食いちぎってしまい大騒ぎになった事が有る。
犯罪者では無いので衛兵が来たから即捕まる訳では無いが、探られたく無い腹しか持たない連中であるので、衛兵が来ないに越した事は無い。
こう言う、親切と言うよりも打算と保身が強く働くこの地区の同業者たちの事を、クリンは意外と嫌いでは無かった。こういう本気で信頼できそうにない関係と言うのも、クリンにとっては寧ろ馴染みやすいとすら言えた。
だからこそ、安全を金で買うよりもこの胡散臭い連中に交じって商売をする事を少年は選び——この状況が楽しいとすら思っていたりする。
尚。先程まで我関せずと荷台の上でへそ天で寝ていたナッ太郎の姿はいつの間にか消えていた。恐らく、寝るのに飽きて散歩にでも出かけたのだろうとクリンは軽く考えていたのだった。
「あ、皆さんにお礼代わりに麦湯を一杯ずつ、とも思ったのですがおじさんが僕の荷車にナイフ突き立てて傷付けてくれやがりましたので、チャラにさせて頂きます」
「……世知辛いねぇ、ボウズ……」
と言うやり取りがあり、隣の露店のオヤジにブーイングが殺到したとかしなかったとか有ったと言うが、それはこの際関係無い話とさせて頂く。
この地区のイメージは、寅さんに出て来るテキヤ連中に近いイメージですかね。
……今寅さん解る奴なんて居るのかな(笑)
しかし、こうやって書いてみて思ったけれども、やっぱりクリン君は良い性格してますよねぇ……八歳でこんなヤバい所で商売とか、頭のネジ飛び過ぎだと書いた本人ですら思います(笑)