第125話 八歳児の露店経営。
この街の習慣とクリン君の商売の説明回です。
露店の準備中にひと悶着あった物のその後は鐘が鳴るまで特に何も起こらず、晴れて鐘の音と共に市場の開始となる。地球の時間で言えば大体九時からの店開きだ。
この街、と言うかこの国の大きな都市では大体三時間毎に鐘が鳴らされ時間を知らされる。朝六時、九時、正午、午後三時、午後六時、の五回鳴らされるのが一般的であり、この街では独自に夜九時にも鳴らされている。
大きい街であるので、夜の商売向けに深夜(この世界ではその扱い)九時までは一部の門が開けられ夜間営業する店もあるが夜の九時を過ぎてからは通行も営業も禁止になっている。ただ抜け道はあり、新規の客の出入りが出来ないだけで九時前に入りさえすれば外に明かりが漏れないように戸を閉めてそのまま営業をする事が出来たりする。まぁ要するに夜の商売ってヤツである。店の出入りや通りの通行をしないで室内でおとなしく酒をのんだり「いたしたり」する分には規制が無い。
もっともこの辺はクリンには関係の無い話であるので割愛する。この街では朝の鐘(六時)と共に門が解放されるので、それに合わせて街に入り、ドーラの家に顔を出してから市場に向かい受付をする、と言うのがクリンのこの街でのサイクルだった。
市場が始まって人の流れが徐々に増えて来るが、クリンの露店の前を通り過ぎ市場の中心に向かう者が多く暫くの間は暇な状態が続く。
だが中にはチラホラと馴染みとなった客が訪れ、大体はドーラ直伝と対外的には宣伝している魔改造生薬を買って行く。一番人気はやはり正露丸モドキだ。元々余りにも体調が悪ければ魔法薬を使えばいいので、この手の薬草由来の薬は民間療法の扱いであり、そこまで強力な効果は無い。
この正露丸モドキはこの世界の生薬の中では特に効果を発揮していた。元々古い時代からある物で既に原材料が公開されており、HTWでもフレーバーアイテムとして正露丸に近い丸薬のレシピが載せられている。
テオドラの下痢止めが不完全ながらもこのレシピに近かったために、この存在を思い出したクリンが試しに作ってみた所、此方の世界の薬草類は魔力を含んでいるせいか現実の物よりも効果を発揮した様だった。そして、効果も高い代わりに匂いの強烈さも高くなってしまっていた。コレも魔力効果と言う奴なのだろう。
この匂いは実物を知るクリンをしても「臭っ!」と顔を顰める物なのだが、効果の高さに対して魔法薬では無い事もあり、値段がかなり安く抑えられている。
それでも一日分九粒で銅貨二十枚(二百円)と、現実の値段から見たら高めなのだが、この世界の薬としては小分けにしてある分良心的であり、どんなに酷くても三日分有れば下痢が止まるので、いきなり魔法薬を買うほどの金が無い庶民には人気があった。
他にも解熱剤、喉の痛み止め等も人気があったが、此方はテオドラのレシピを多少飲みやすく出来ただけであり、効果的には正露丸モドキ程に目に見えて解りやすい物では無かったので、そこまで売れる物では無かった。
もう一つ、人気商品になった物がある。それはハンドクリームだ。元はクリンもお世話になったセントジョーンズワートを用いた火傷用軟膏だったが、それを成分を押さえて炎症や軽度の外傷に効く成分を追加した軟膏を、ハンドクリームとして売りに出した所、特に女性を中心に人気が出て、小皿一個分で銀貨二枚と強気の値段だったのにあっという間に売り切れてしまった。
元々はテオドラが冬場に手荒れが酷いと悩んでいたので、セントジョーンズワートの抗炎症剤効果を利用したハンドクリームをでっち上げたのだが、この世界にはまだこの手の美容になりうる薬品は出回っていない為、試しに露店で捌いたら即売れしてしまった。
以来女性客陣から再販を強く強請られているのだが、クリームのベースとして使っている蜜蝋が簡単に手に入らないし、シアバターも見つけていないので大量生産のしようが無く、人気商品であるのだが冬場の期間限定の上に数量限定として普段の販売を取りやめたのだった。
当然女性の顧客からは「何とかならんか」と言われていたが「何ともならん」とクリンは平然と返していた。何とか出来るなら既に自分以外の人間が量産している筈だ、と説明して何とか納得してもらっている。
薬以外での主力は木工細工だ。主に木皿や木コップを売っている。木工が育ってからはコチラの方が作りやすく、またHTWの技法を用いているので木目が綺麗に出る加工が出来ており、最初の頃は大して売れなかったのだが徐々にその木目の美しさから売れる様になり、今ではこの木製食器をメインに露店を開いている。因みにこの食器の値段は他の店の物よりもやや高いのだが、質が良いと評判を受けて売れ行きは良い。
麦湯の素は好みが分かれるのか、特定の人物だけが買っていくので売れ残る事は無いが売れ筋と言うほどでは無い。何より地味に二百グラム程度入った小壷で銅貨五十枚とそこそこ高いのも賛否が分かれている原因でもある。
本来は鍛冶職人として金属製品を売りたいのだが肝心の鉄材が安定的に手に入らず、未だに自分の工具類を作るので一杯一杯で殆ど売っていない。
たまにナイフを作成して売っているがまだ一つしか売れていない。まぁその一本しか作って居ないのだが。
そして、最近になって地味に売れ出してきているのが木像関係だ。当初木工上げの為にセルヴァンの像を量産していたが、量産し過ぎてしまい現在の住処をかなり圧迫してしまっていた。
HTWでなら再加工なり焚き付けの燃料なりに出来たのだが、この世界では、と言うよりも実在する神様をモデルにしちゃっている手前、燃やしたりしたら流石にマズいだろうし、捨てるのもコレも以ての外だ。
結果としてドンドンと倉庫に溜まる一方で持て余していたのだ。因みに、以前の村、ファステスト村の鍛冶場にも結構な数の木像を残して来ており、こっそりと鍛冶場の屋根裏に隠しておいたのだが——新しい鍛冶師がズラリと並ぶそれを見つけて盛大にビビったと言う事が有ったとか無かったとか。
しかし溜まる一方では困る事に変わりはない。折角露店を開くのだし商品の一つで売ろうと考え、露店を始めた当初から少しずつ持ち込んでは売りに出していた。
他の露店を見渡してみれば、意外とこう言う神様を模した像とか小物とかが売られていたので、お土産代わりに売れるだろうと思っての事だった。スキル上げとは言え、いや寧ろだからこそ丁寧に作り技術の粋を込められ、神像は精巧な作りなっていたのだが、如何に世界の始まりを司る神で古の大神と呼ばれていようとも、悲しいかな現在ではセルヴァンはどマイナーな神である。
当初はさっぱり売れなかった。半年で三個ほど売れた位だ。それも神像としてではなく木製の置物若しくは重石代わりに買われていった程度だった。
その流れが変わったのが、木工スキルが生えたと実感出来たので戯れに神像以外の物も彫ろうと、HTWのレシピに何故かあった木彫りの熊を彫ったのが切っ掛けだ。
前世では北海道のお土産の代表だったこの熊の図面が何故かアーカイブに存在していたので彫ったのを、セルヴァン像に混ぜて売ったのだが何故かコレが受けた。
躍動のある動物の置物と言うのはこの世界では大変珍しい物だったらしく、一体だけしか彫らなかったのが取り合いの様相を呈し、追加発注を受け彫った物が即売れした。
この出来事に、もしやと思い『森の動物シリーズ』と銘打ってウサギだの野鳥だのをモデルに彫って見たら、コレが結構な勢いで売れて行った。
やがて大きい物では作るのに時間が掛かるからと十センチ前後のサイズの木彫りに変えたのだが、コレが却って良かったのか更に売れた。
これに味を占めて前世のTRPG用のフィギュアを真似てモンスターシリーズを彫ってみた所、此方は街の子供達に大いに受け、親が子供のお土産としてセットで買っていくケースが増えた。
その流れで二主神と十二支神像の十センチサイズを彫ったらコレクター心を擽られたのか爆発的に売れた。特に女性神モデルのミニサイズ像が売れた。
調子に乗って前世の美少女フィギアを模して作ったのがいけなかったのかも知れない。ただ、このミニ神像シリーズが売れ出してからはセルヴァン像も、実は古の大神を模した物だと知れ渡り、チラホラと売れ始めたのは嬉しい誤算だった。
この様な感じで、同じ物は数が少ない物の豊富な種類を売る事で、|ボッター村のクリンの露店は元々単価が高めというのもあるが、中々の売り上げを誇っていた。
こうやって見ると、二年経ったクリン君はものすごい勢いでやらかしていますねぇ(笑)