第124話 お得意様の我儘はどこまで許されるのか。
今回も短め。暑い時間をさけて早朝に逃げてもそろそろ余り効果が無くなってきている感じです。何でしょうねぇ、この暑さ……
「……お? よぅボーズ。今日は露店やってんだね。最近見なかったからくたばったのかと思ってたよ」
と、クリンの顔を見るなり砕けた口調でそんな罵声じみた声を掛けて来る。
「おやリッテルさん、おはようございます。珍しく早いですねぇ……もしかしてこれから寝る所ですか?」
「はい、オハヨーサン。お察しの通りにこれから寝る所だよ。昨晩は久々に宵っ張りで仕事でねぇ。んな事より何時もの有るかい? ボーズが最近来ねーから切らしていんのよ。アレがないと寝起きが悪いんよ。ついでにう〇こも出ねえんでねぇ」
ダルそうな顔と声で言い、のっそりとした動作でクリンに手を突き出す。その手の平には半銅貨(大銅貨)が一枚乗っている。それを見て少年は大きくため息を吐く。
「まだ市場の開催前ですよリッテルさん。そしてこれでも僕は子供なのであまり下品な発言はご遠慮願いたいのですが。後その格好はおっぱい見えそうなのでちゃんと服着てから出直してください」
クリンの言葉通り、リッテルと呼ばれた女性は通常女性が服の下に着るシュミーズ(肌着)姿のままで、それも何故か胸元が大きく分かれた物を身につけており、ともすればやや張りが失われてきている大き目の「ソレ」がこぼれ出そうになっている。
「いいじゃねえかよぉ~どうせもうすぐ鐘鳴る時間だろぉ。アタシはさっさと寝たいんだよ。それにボーズみたいなガキに見られた所でアタシは気にしねーよ。それとも何かい、もう色気づいて来たのかいボーズ?」
わざとらしくシナを作ってクリンを挑発するが、当の少年は「ハァ~」と溜息を吐いただけだった。
「いえ、僕では無く隣のおじさんの目が釘付けになっていますので、サッサと引っ込んでくれません? 衛兵呼ばれたら面倒なんですよ」
とクリンが言うと、リッテルはそこで初めてクリンの隣の露店に気が付いた様で、
「あん……? 何見てんだオッサン。エロい目で人の乳見やがって、金取るぞコラ」
割と整った容姿なのだが年齢とその疲れた雰囲気で、ジロリと中年オヤジを睨みつけるその顔はとてつもなくおっかない。
哀れメンチを切られた中年オヤジは「ヒィッ!」と悲鳴を上げて首を引っ込めて自分の露店の陰に隠れてしまった。
「こらこら、善良なおっさん……でも無いか。兎も角一般市民を脅さないで下さい」
「んな事はどうでもいいからさ。早く売っておくれよ例のブツ。いい加減眠いから待っていられないんだよ」
どうやら本気で眠いのか、目をシパシパさせながらクリンの肩に腕を回してウザ絡みをしてくる。売ってくれるまで止める気がなさそうなので、少年は再び盛大に溜息を吐き、
「何か怪しい違法物の取引みたいな言い方しないで貰えません? 全くもう……市場のルールで開始前の取引は本来御法度なんですよ?」
「かてー事いうなよ。んなルール守っているやつなんざ殆ど居ねぇっての」
ケラケラ笑いながら、クリンの肩に回した手をクリンの服の隙間に突っ込み、そこに手に持っていた半銅貨を押しこんで来る。
いい加減面倒になって来たクリンは、仕方ないかと肩を竦めて彼女の言うブツ——麦湯用に炒った大麦とライ麦を詰めた壷を荷物の中から取り出した。
実際、この街と言うかこの世界の奴らは割と時間にルーズで、決められた時間を守る方が少ない。周りを見渡せばそこかしこでもう商売を始めている姿が見られる程だ。何なら鐘が鳴った後は通れない筈の荷車や馬車が、鐘が鳴った後も一時間程は普通に通って行く位だ。
「お、これこれ。いやぁ、最近寝起きにこれ飲まないとさぁ、目ぇ覚めた気がしないんだよねぇ。後どういう訳かこれ飲むとう〇こがよくでるんよ」
「大麦とライ麦ですから食物繊維が多いですからね。と言うかウチの露店は飲食物や薬も扱っているんですからう〇こを連呼しないで貰えませんかねぇ」
「細かい事気にすんなよ。んじゃ、アタシは寝るからな! 愛しているぜボーズ、次はもっと早く露店出しに来いよっ!」
麦湯の素を受け取るが早いが、リッテルはサッとボロアパートの中に戻って行ってしまった。
「……銅貨五十枚分の安い愛ですねぇ……まぁ常連さんなのですから有難くはありますが」
クリンが服の中に突っ込まれた半銅貨を取り出していると、陰に隠れていた中年オヤジがひょっこりと顔を出す。
「いやぁ、アレは何時も夕方辺りにボウズの店に来る人だろ? この時間に見るのは初めてだが歳は行っているが妙にエロい女性だねぇ……そういう商売の客まで顧客に居るなんて、ボウズもやるねぇ。将来はボウズが客になるほうかな、ハハハハハ!」
そんな事を言って来て、クリンは軽く肩を竦め、
「夜の仕事が多いとは言っていますが《《ソッチ》》のお仕事の人では無いと思いますよ」
「えぇ、そうかい? こんな時間から寝るなんて、そう言う仕事だろう?」
「まぁそう考えたくなるのも解りますけど……おじさん、ここ市場通りですよ? 外れとは言え大通りに面したアパートを、そう言う仕事の人が借りれる訳無いでしょ」
「……ああ、言われてみればそうか……」
「それに、夜の商売の女性にあんな手の人は居ませんよ。多分もっと怖い商売の人です」
「あん? 何か言ったかボウズ?」
「いいえ別に何も。それよりも早く準備しないと、鐘が鳴ってしまいますよ」
クリンに促され、中年男性は「それもそうだなっ!」と応じて自分の露店の準備に戻って行った。その姿を見送りながらクリンは先程リッテル服の中に手を突っ込まれた時の事を思い出す。商品を渡す時とか代金を受け取る時とかに何度も感じていたが、今回の事で少年は確信を持った。少なくともあの女性は夜の商売を生業にはしていない、と。
クリンはクラフターを自認しており、中でも鍛冶を一番の得意としている。この世界に来てからはほぼ農具か装備品にしか手を出していないが、HTWでは鍛冶師を名乗る以上は当然武器の制作も行って来ている。
そんな彼だからこそ分かる。自分で武器を使うのは得意では無いし、戦う事も好きでは無い。それでも自分で武器を作るのだ。それを扱えばどういう手になるのか知っている。
「あの手にあるのは明らかに剣ダコだね。それも日常的に扱っていなきゃあんな手にはならない。夜の商売の人がしていい手じゃないよ」
その声は小さかったので誰の耳に届く事は無かった。
よし、犬の方は見抜かれたけれども猫の方は読まれていないっ!!
そして気が付いたらまたどストレートな発言するお姉ちゃんが出てきている……