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第119話 老婆の憂鬱。

 ヒャッハー、新章突入だぜっ!


 テオドラがこの地、ブロランスの街に居を移したのはもう十二年も前の事だった。元は隣領——もっと遡れば隣国の生まれなのだが——に居を構えていたのだが、二十五年連れ添った伴侶に先立たれて一人で暮らすには少々都合が悪く、伝手を辿って今の場所に越して来たのだった。


 前の土地では伴侶が私塾を開き広く生徒を募集しており、伴侶が亡くなったのを機に塾を閉めこの地で数少ない親戚を頼ってこちらに移ったのだが、何もしないと老け込むのも早いと近所の子供を相手に手習いを教える、私塾とまではいかないちょっとした習い所を開く事にした。


 彼女自身夫の手伝いで私塾の生徒相手に教鞭を振るっていたので、余生を送るのには丁度いいと思っての事だった。


 教えるのは簡単な読み書きに初歩の計算。頼まれれば初歩的な魔法の使い方も教えていた。彼女の夫は元は隣国で宮廷魔術師を務める程の才能が有ったのだが、政治の才能は無かったために職を追われ、この国に流れて市井に紛れて教師の真似事をしていた。


 自分はそこまで学問に熱心では無かったので、本当に真似事の様な事しか教えていなかったが、それでも毎年二十人程度の子供たちが彼女について学びに来ていて、それなりに充実した生活を送っていた。


 子供達から貰える謝礼金は大した事は無く、それまでの蓄えと合わせれば何とか生活できる程度のつつましやかな物であったが、それでも彼女には十分楽しい余生を過ごせていた。そう思っていたのだが——


 しかし、それもこの二年程は少し様相が違った。二年前、フラリと現れた子供により彼女の生活は大きく変わってしまっていた。


 その子供は、当時まだ存命だった夫の教え子の一人で、衛兵になる為に基礎教養を身に付けるために夫に師事していたトマソンと言う男——衛兵になったが後に辞めたそうだ——からの紹介状を持って現れた。


 その時はまだ六歳だが孤児だと言い、読み書きを教えて欲しいと紹介状を持って現れた。やたらと丁寧な言葉を使い、最初は身寄りが無いなんて胡散臭い子供だと思ったし、簡単な読み書きとは言え勉学を始めるのにはまだ早いとも思った。


 ただ、その位の年齢から文字を覚える子供がいない訳でもない。謝礼も先に半年分払うと言ってきたので子供にしては妙に気が回ると思いつつも教える事にした。


 今にして思えば——それは間違いだったのかもしれないと彼女、テオドラは思う。あの子供が現れ彼女の下で学ぶようになって既に二年。


 その二年間でテオドラを取り巻く環境は大きく変わってしまっていた。何が変わってしまったかと言うと——




 先ずは朝の目覚め。この辺りでベッドと言えば藁だ。藁を敷き詰めて上に布をかけて、その上で厚手の布を被って寝る。それが庶民のベッドでありテオドラが生まれてからこの方ずっと使ってきたベッドである。


 しかし今は違う。紹介状を持ってテオドラの手習い所に転がり込んできた少年が、何処からか木材を持ち込んで来て、


『ご年配の方にこんなベッドではダメです』


 と言って瞬く間に木で枠を作ってベッドを作り、これまたどこから持って来たのか、中に布が敷き詰められた敷布団を敷いた、金持ちしか使わない様な布団式のベッドを作り上げてしまった。藁ベッドと違い適度に柔らかく、しかもチクチクと体を刺激してこないこのベッドの寝心地は最高だった。


 しかもそれだけでは無い。少年が言うにはこのベッドは「カイジョー(介助)ベッド」と言う、年寄りに優しいとか言う意味の解らない物だった。


 ベッドの横には大き目の木製ハンドルが付いていて、それを回すと平らだったベッドの上半分がくの字に置きあがり、腰を痛める事無く上半身を起こす事が出来ると言う優れモノだった。これにより、テオドラの朝の目覚めは快適な上に、寝起きがスムーズに行える様になっていた。


 欠点はハンドルを回すのに少し腕が疲れる事だったが、それでも年々起き上がるのが億劫になってきた彼女には画期的な代物だった。


 そのカイジョーベッドから起きると台所に向かう。台所の横には勝手口がありそこから外にでると井戸がある。この辺りの井戸は桶に紐を付けて投げ入れるだけの物だが、この井戸も《《一見》》それと同じ様にしてあるが、井戸には櫓の様な物が付けられ屋根までついており雨の日でも濡れない。だがこの屋根は単にその為だけについている物では無い。屋根の下には大きい滑車が付けられており、テオドラが桶を投げ入れるとシャーッと軽快な音を立てて井戸を滑り落ちて行く。


 やがてボチャンと音がして着水したのを確認すると、テオドラは滑車を通して紐の反対側が取り付けられた、円形の奇妙な物体の前に立つと、その物体の前にある板を足で踏む。すると板が沈み込み、彼女が足を放すと板が跳ね返って元に戻り、また足で踏む。それを繰り返すと円形の物体が回転し紐を巻き上げて行く。


 コレも二年前に現れた少年が作った物だ。原理は良く解らないが『足踏み式ミッシーンの構造を利用した』とかで、足で板を踏むだけで紐が自動で巻き上げられて水が汲める仕組みになっている。


 コレのお陰で彼女の朝の水汲みは大分楽になっていた。『本当はガチャポンプがいいんだけど、アレ鉄沢山使うしまだこの世界じゃ早いと思うんだよね』と意味の解らない事をいっていたが、彼女にはコレで十分以上に役に立っていた。


 こうやって上まで巻き上げられた紐を巻き上げ機のストッパーとなっているレバーで止め、汲み上げられた桶の水を井戸のすぐ横に設置されたトイに流す。


 トイの先には大きな長方形型の箱。押しかけてきている少年はジョースイ機と呼んでいる箱で、そこに水が流れてたまって行く。理屈は知らないが、この箱に水を入れると水の汚れが取れるとかで直接飲んでもお腹が緩くなったりしなくなる。


 一度興味本位で中を覗いてみたが、何やら枝やら葉っぱやらコケやら砂やらがはいっているだけで、こんなので本当に水が綺麗になるのかと思ったが、この箱に水を入れてから使うと実際に水で当たる事が無くなった。


 ただしこの箱に水を入れると綺麗になって出て来るのに半日以上かかるので、毎朝こうやって数度水を井戸から汲み上げ箱に流しいれる必要が有る。


 テオドラは水を入れ終ると一旦台所に戻り水を入れる瓶を取り、少年がジョースイ機と呼ぶ箱の先端に取り付けられた蛇口の下に置く。レバーを捻れば昨日の間にジョースイされて溜まっていた水が流れ出て瓶に入って行く。


 ジョースイの効果か知らないが、この水を飲む様になってから初めてテオドラは水が旨いと思ったし、それまでの水とは口当たりが全然違い、今では日常に使う水は全てコレでないと気が済まなくなってきている。


「……ベッドもそうだけど、コレも大概だねぇ……」


 溜まって行く水を眺めながらテオドラは一人呟く。ベッドもそうだが井戸の水組み上げ機やこの浄水器も、形は確かに奇妙だが材料や構造自体は何処にでもある物や一般的に流通している物と大差ない。しかしこれらの道具を使った時の効果は絶大だ。使い心地が絶対的に良い。


 水が一杯に溜まると蛇口の栓を閉め瓶を持って台所に向かう。台所には素焼きのレンガで作られた二連の竈がある。以前は他の家と同じく単に粘土を盛っただけの簡単な物だったが、気が付けばコレも少年がレンガ製に作り替えていた。


 これ以上立派に、かつ大型に作るとパン焼き竈として扱われてしまうので、税金がかからないギリギリのサイズにしてある、と少年は言っていた。


「八歳で税金対策とか考えるって、それこそ大概だねぇ……」


 ハァッ、と溜息を吐きながら誰に言うともなく呟く。手製らしいレンガは無駄に形が揃っていて段差が少なく、使い勝手は腹が立つほど良い。


 そのレンガ製竈に炭を入れ——コレも少年の自作らしく、やや煤が多く出るが異様に形の揃った奇妙な炭だ——て、その炭の回りにつけ火様の雑木を並べ、


発火イグニッション


 初級魔法——所謂生活魔法で火を点ける。ふと少年の前で初めてこの魔法を使った時に「おおすげえぇ、魔法だっ! 本物の魔法だよっ!」とやたらと感動していたのを思い出し、思わず鼻で「フフン」と笑ってしまった。


 焚き付け用の雑木に火が回ると、テオドラはレンガ竈の横に取り付けられた木箱のレバー、少年が言う所の「戦争ワー式鞴」の棒を押し引きして風を送る。この鞴はやたらと軽く風が送れ、しかも押す時にも引く時にもどちらでも風を送れ、身体能力が衰え始めているテオドラでもあっという間に炭に火が移り赤々と燃えさせることが出来た。


「家事が楽になるのは有難いんだけどねぇ……やはりコレも大概だねぇ。家事に炭が使える家なんてどれだけあると思っているんだろうね……」


 竈の上に鉄製の五徳(これも少年が作って置いて行った)を乗せ、金属製のポット(これは元々あった物だが少年が作り替えた)に先程の水を入れ、更にその中に大麦とライ麦を炒って混ぜた物を匙で一掬い、放り入れて竈の上に乗せる。


 コレも少年が持って来て彼女に勧めた物で「麦湯」と言う飲み物だ。この辺りでは大麦でエールを作る為、そんな飲み方をした事が無かったのだが、少年が言うには彼の出身地であるボッター村とやらでは、コレを湯煎して飲むのだと言う。


 最初は苦いし焦げ臭いし家畜の餌であるライ麦まで入っていてそんなのは人間の飲み物では無いと思っていたのだが、コレを飲む様になってから何故かやたらと便通が良く体調もすこぶる良い。聞けばボッター村では元は薬として飲まれていたらしい。


 それも頷ける効果であり、今では朝の目覚めにコレを飲まないと気が済まない位になっている。何なら飲み物は全てこの麦湯かジョースイした水のどちらかである位だ。エールはもうほとんど飲んでいない。


 十五分ほど煮出した麦湯を、これまた少年が作ったチャコシと言う物で濾してカップに注ぐ。そのカップを手に、再び勝手口から外に出て、中庭状になっている井戸やその周囲を見渡せる軒下に設置されていた奇妙な形をした椅子に腰かける。


 椅子自体は何の変哲もない、何処にでもある木製の四本足の椅子だ。普通では無いのはその椅子の足の先だ。足先には左右それぞれに、雪国で使われると言うソリと言う道具のレールに似た物が取り付けられ、緩く湾曲している。


 その椅子に腰かけると、体重の移動に合わせて緩やかに椅子が揺れる。ギィギィと少し軋んだ音を立てながら揺れる椅子の座り心地は悪くない。いや、ハッキリ言ってかなり良い。記憶になど残っていないが、赤ん坊を入れておく揺り籠はこんな感じだったのではないかと思われるぐらいに揺れる椅子と言うのは気分が良かった。


『元々この椅子は、家に引きこもっている年老いた母を心配した農家の兄弟が、足場の悪い不整地でも倒れない椅子を作ろうとして出来た、と言う伝説があります。外で座るには場所を選ばないので良いかと思って作りました』


 と、例の少年が言っていた。確かに下手にしっかりした椅子よりも、外で座るのならこの揺れる椅子の方が余程心地よいと彼女は思う。


『まぁ、数ある所説の一つですけどね。他にも腰痛持ちの政治家が腰痛いから痛くない椅子を作れと言って作らせたって説もあります』


 と、折角自分向けの良い話だと思っていた所に余計な事を言われて複雑な思いをした事もあったのだが。


 何はともあれ。少年が「揺り椅子」と呼ぶこの椅子に腰かけ、ゆらゆらと揺られながら中庭を眺めつつ麦湯を飲むのがここ最近の彼女、テオドラの朝の至福の時間となっている。


 なっているのだが。テオドラはカップを片手に「ハァ」と溜息を吐く。


「快適だし優雅なのは有難いんだけどねっ! アタシゃこんな物を作ってくれと頼んだ憶えは無いんだけどねっ!? 何か知らない間に家ン中に見た事の無いアレコレがどんどん増えてドンドン快適になって行っているのは何なんだろうねっ!? あの子は人の家を勝手に快適な魔境に変えて何がしたいんだろうねぇ!?」


 温かい麦湯を飲み、ユラユラと揺れる椅子の振動を楽しみながら、テオドラは思わず大きな声で叫んでいた。


 彼女ももう老境にある身だ。日常生活に色々不便が出てきているのは確かだ。だからこそ知り合いがいて、そこそこ賑わっていて、子供にソコソコの勉強を教え、そこそこの収入を得て、そこそこの余生を送るためにこの街に越して来た。


 それがどうだ。あの少年が転がり込んできたと言うか勝手に上がり込んで来てからの二年と言う物、彼女の身の回りの生活はどんどん楽になりドンドン豊かになっている。


 朝からエール以外の飲み物を飲めるなんてのは本来金持ちにしか許されない生活だ。しかも生水がそのまま飲めるなんてのは街の人間には先ず叶わない。


 どこかの辺境の山の中の清流でなければまず無理な事だ。そして藁ではないベッドで寝起きが出来るなんて贅沢は普通の庶民には願っても出来ない事である。


 それなのに自分は今庭を眺めながら快適な椅子に腰かけて優雅に朝から麦湯とやらを嗜んでいる。一体どこの王侯貴族なんだろうかとテオドラは思う。


 少年が知らぬ間に持ち込んで来るアレコレは、テオドラを快適と言う名の堕落の道へ誘う、悪魔の道具のように思えてならなかった。


 と、そこへ——


「おっはようございます! ちょっと仕事に夢中になって一週間ほど来れなかったけれど、ドーラばぁちゃん起きてます~? と言うか生きていますー? 一週間でポックリしていないですよね? あ、今日は揺り椅子の新バージョン持って来たんで楽しみにしていてくださいね~、直ぐに組み立てますんで」


 と言う、丁寧な口調だがお気楽な感じの声が掛かる。その声にテオドラは盛大に顔を顰める。

「来やがったね、全ての元凶……その愛称でアタシを呼ぶなつってんだろ小僧! つうか、勝手に上がり込むんじゃないよっ! そして何でアンタは人の家に来る度に変な物持ち込んで来るんだい!?」


 ドーラことテオドラが家の中に向けて怒鳴る。するとややあって勝手口から、


「ああ、やっぱり朝はココでしたか。いやぁ、アレコレ作ったは良いけれど街で売れるかどうか解らないんで人体実験に……ゴホッゴホッ! もといっ! 僕にとっては勉学の師ですからね。師の体調をおもんばかってアレコレと差し入れしているだけですよ、ドーラばぁちゃ……ドーラ先生」


 悪びれた様子も無くそう言って姿を現したのは。伸ばし放題の薄い金髪を一纏めにして手製の紐で括り後ろに流した、小柄な少年——




 ——現在八歳となったクリン・ボッター(ボッター村のクリン)少年その人だった。


はい、ようやく新章突入です。

そしてリクエスト通りに、クリン君を早く街に行かせてみました。

具体的には0行でなっ! これなら文句あるまい(´_ゝ`)

そして展開が遅いとの声に答えて1行で2年進めたった!


まぁ、それは冗談です(笑)

元々新章はこうする予定でしたので。予定通りに行けばこの章は少し飛ばし気味になりますかね。まぁ予定通りに行った試しはないんですが(笑)


尚、裏設定を暴露しますと、テオドラの為に作った物は、揺り椅子と竈以外は全て最初の村でクリン君が作ろうとして秒で壊された物だったりします。


なにはともあれ、新章突入。成長したクリン君の活躍(?)をお楽しみください。


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