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第118話 閑話22 辺境の村の少年、大人の階段を上る。

割とバレバレな謎の少年のお話の回です(笑)


「ネルソン!? お前、何を勝手に入って来ている!? 鍛冶場には勝手に入るなとクリン君からも言われていただろう!? と言うか盗み聞きしていたのかっ!?」


 鍛冶場の入り口に、頭の後ろで手を組んで立つ自分の息子、ネルソンが唐突に割り込んで来た事にトマソンは思わず大きい声を出す。


「父ちゃん父ちゃん。守銭奴はもういないじゃん。それに、盗み聞きも何も、あんなデッケぇ声で喚いていたら普通聞こえるって。周りの連中も皆聞いてたって」


 呆れた様な口調で言うネルソンに、トマソンは「ムグッ」と思わず唸る。


「う、うむ……言われてみればその通りだが……いや、そんな事より今の言葉はどういう意味だっ!? お前、自分が何を言ったのか分かっているのか?」

「どういう意味って……言葉通りじゃん。おっちゃんが鍛冶しねえって言うからさ。じゃあ俺が代わりに鍛冶をやるって。だからおっちゃん、鍛冶おしえてくんねえ?」


「何だこの口の利き方を知らねえガキは? 『だから』って、何がどう『だから』になってテメエみてえなクソガキに鍛冶教えなきゃならねえんだ、おお?」

「おっちゃんだって口の利き方大差ねえじゃん。話聞こえたけどさ、おっちゃん鍛冶師なのに鍛冶やらないで村から出て行くんだろ? 父ちゃんの話だと鍛冶師が居ないとみんなが困るそうじゃん。だから、おっちゃんがやらないなら俺がやるしかないじゃん? 誰かがやらないと困るんだし」


「だから、そこでなんでお前が出て来るんだネルソン!? お前、自分が言っている言葉の意味解っているのか? お前は今、鍛冶師に弟子入りしようとしているんだぞ? お前鍛冶なんて何の興味もなかっただろうがっ!? それにお前はまだ八歳だ、その歳で仕事を選ぶのは幾らなんでも早すぎるっ!」

「おい、勝手に決めるな。こんなクソ生意気そうなガキなんざ弟子にする訳がねえだろ。つうか、村を出て行くっつってんだろうが!」


「父ちゃん父ちゃん。興味ねえなら守銭奴が仕事している所見に来る訳ねえじゃん? それにその守銭奴はオレより年下なのに仕事してたじゃん」

「た、確かにあの子はやっていたが……だが、お前でも『アレ』は特殊な例だと分かるだろう? それにお前鍛冶師がどんな仕事かわかっているのか? 八歳で選ぶ様な仕事じゃない、もう少し大人になってから……」


「なぁなぁ、父ちゃん。父ちゃんこそ忘れてね? オレ、三男だよ? 上の兄ちゃんと下の兄ちゃんまでなら父ちゃんみたいに自警団って所で働けるだろうけどさ。オレは流石に無理じゃん? 将来考えたら昔の父ちゃんみたいに村から町に出て仕事を見つけるか、どっかの農家によーし? とか言うのに行くしかねえじゃん? でも今なら鍛冶師が空いてるじゃん。将来考えたら今仕事を見つけておいたほうがいいじゃん。大人になるまで待っていたら手遅れになってんじゃねえの? この村で生活しようと思ったらさ」


「お前……そんな事を考えていたのか……」

「いや、それは良いんだけどよ。だからなんでそこでワシがこのガキに鍛冶教えるって話になってんのか、それが分からねぇつってんだよ、オイ!」


 何も考えていない、ただ遊びたい盛りの子供だと思っていた己の息子が、意外にも良く考えていた事に親として素直に嬉しく思う。


 そして鍛冶師の男の言葉はキッチリと無視されている。


「あの守銭奴がさぁ、言ってたんだよね。鍛冶師はサイキョーにカッちょいい仕事だって。実際アイツさ、金槌一個で何でも作ってたじゃん? あんな風に出来たら、確かにカッケーじゃん。だから鍛冶師も悪くないって思ってたんだよね。したら、おっちゃんが鍛冶師しないで帰るって言うじゃん? じゃあ都合がすんげぇ良いじゃん。どうせこれから暇なんだし、帰る前にオレに鍛冶のやり方教えてってよ」


「だから人の話聞けよクソガキっ!? そんなんで覚えられる仕事なわけねえだろ、なめとんのか!? 大体そんなに鍛冶憶えてぇんなら、何で前の鍛冶師……守銭奴ってお前が呼んでいるガキに頼まなかったんだよっ!」


「いやぁ、頼んだんだけどさ。『年下が年上に仕事教えるってどうなんです?』って言われちゃってさぁ。オレも『ああ、それは無いよなぁ』って思ったし。したらさ、守銭奴が『今度来る鍛冶師は町で工房開ける程の凄腕の鍛冶師らしいから、教わるならそっちからの方が良い』って言うからさ。おっちゃん凄腕なんだろ? なら教える方も簡単に出来るってことだよな? だからちょろっと教えてくんね?」


「馬鹿野郎、鍛冶仕事はチョロッとで覚えられる程甘くねえよっ! 俺だって先代の親方の下で十五年やってようやく工房開けた程度だよ! テメエみたいなガキは何十年かかるか分かったモンじゃねえよっ!」


 単に村や町で鍛冶仕事をするだけならば、そこまで技量が無くても務まる。しかし、町で工房を開くとなると話は異なる。国によって多少異なるが、町で専門鍛冶師の工場の数は大体上限が決まっている。


 武器や防具と言った戦略物資を製造できるのだから規制が入るのは当然である。従って町で工房が開けると言うのはその地域の為政者に許可を貰えた、或いは貰える程の技量が在ると言う事でもあり、数少ない工房枠を勝ち取って商売ができるコネと実力があると言う証明でもある。


 勿論、工房を開かずに鍛冶を行う事は出来るが、信用がまず違うし作れる品物が限定される上にほぼモグリの扱いを受ける。店を構えて商品を売る事は出来ないので、制作した物品は下卸しとして納品するか、露店で投げ売りするか、町を避けて地方集落で鍛冶屋をやるか位の道しかない。


 この鍛冶師の男は既に弟子に資格を譲ってはいるが、その工房主をしていた程の男だ。鍛冶師の中では一流と言って良く、本来はこんな田舎の村に鍛冶師として来る事は無い。


 運良く弟子の為に早期勇退を考えていた所を引っ張って来れたのだ。この鍛冶師が居れば彼の腕前に寄せられて周囲から人も集まりやすくなる。そんな打算があるからこそ村長がこうも必死に彼を引き留めようとしていた。


 そんな相手である事を知ってか知らずか、ネルソンは頭の後ろで手を組んだまま面白くもなさそうに、


「えー、おっちゃん凄腕だって聞いてたのに……オレみたいなガキ相手に、鍛冶仕事教える事も出来ねえの? 実は大したことないんじゃねえの?」


 と、組んでいた手を解いて鼻をほじりながら軽い感じで言う。


「……ああん? 今なんつったガキ?」

「だってさ、守銭奴は『子供は頭が柔らかいから早くから修行始める方が物覚えが早い』って言ってたのにさ、おっちゃんだと何十年もかけねえと教えらんねぇって事じゃん?」


「……いいか、良く聞けよ、ガキ。鍛冶仕事はな、遊びじゃねえんだ。一歩間違えれば大怪我に大火傷が待っている危険な仕事よ。お前みたいなガキが面白そうだで始めて覚えられる様な、そんな簡単な仕事じゃねぇ……」


「ふーん。教える事出来ないんだ。町のこーぼー主って鍛冶師は」

「………………あのな、小僧。耳の穴かっぽじって良く聞けよ? 鍛冶仕事ってのはな……」




「なんだ、出来ないんだ……凄腕なのに」




「……………………………」


 世の中に業種を問わず、職人と呼ばれる連中がいる。その職人と呼ばれている人間が、絶対に言わない、或いは言いたくない言葉がある。そのナンバーワンが『出来ない』である。


 腕に自信のある、特に自分の仕事に誇りを持つ職人は『出来ない』だけは絶対に口にしたがらない傾向にある。彼らにとってクライアントからの注文に対し『出来ない』と言うのは、『自分の腕が未熟だと自分で認めている』のと同義だ。特に、同業者が一度やった、或いは出来ると言った事の場合、特に『出来ない』とは口が裂けても言おうとしない。


 因みに言わないセリフのナンバーツーは『無理』である。この二つの言葉を簡単に言うような職人は、同業者の中ではかなり低く扱われる事もある。


 職人である以上は、引き受けた仕事に『出来ない』と『無理』は無い。それがプロの職人だ。だから彼らは仕事を受ける前に細かくごねるし、断るにしても『条件があわない』とか『そんな事やっていられるか』と言葉を濁す。


 そして一度仕事を引き受けた後に、条件や料金を変えられたとしても、可能な限りその条件に合わせようとする。完全に遂行出来ないにしても『最初から出来ない』とは絶対に言わないのだ。


 だからクリン君もアレだけ文句を言いつつも仕事を受けた後は『出来ない』は言わないし、銅貨二十五枚なんて冗談な金額でも仕事を可能にする工夫をしている。


 そんな魔法の言葉を、一流の腕があると自負している職人に向かって放てばどうなるか。それは当然の様に——




「上等じゃクソガキがぁぁぁぁぁぁぁぁっ! 教えてやろうじゃねぇか!! その代わり、テメエ覚悟しやがれ、覚えられね出来ねぇ諦めるは許さねえぞ!? ワシがテメエみてえなどこの馬の骨と知らねえガキに教えるんだ、死ぬ気でやれ、いや死んでも覚えやがれよ!! 覚えられなかったらぶっ殺すぞ、おぉん!?」




 こうなる。額に青筋を浮かべ鬼の形相をしたゴツい鍛冶師の男の顔面が、八歳児の眼前スレスレで盛大にメンチくれている。さしものネルソン少年も顔色を青くさせてコクコクと頷いている。


 大人気ない。実に大人気ないが、職人とはこういう生き物である。己の仕事(プライド)をコケにされて、ヘラヘラ笑って許してくれる程に優しくない。


 この瞬間、八歳のネルソンの将来は鍛冶師になる事一択となった。それもタダの鍛冶師では無い。『一流の』鍛冶師になる事が定められた。


 一流職人が絶対に口にしない、したがらない言葉を使って煽ったのである。他の道はもう存在しない。彼に残されたのは鍛冶師になるか一流鍛冶師になるか超一流鍛冶師になるかしか残っていない。何故なら——


 「職人に出来ない、無理と言う言葉は無い」からである。


 こうして。衰退の道しか残っていなかったとある村に、新しい鍛冶師の卵が誕生する事が決まり。一人の八歳児の人生が確定してしまった事で、辛うじて新しい道が開けたのであった。







「オウ、村長!! そんな訳でこのクソガキを育てなきゃならねえ。ったく、クソ面倒で仕方ねえけどよ、一度決めた以上はやってやらぁ! だからこのままこの村に残ってやるから鍛冶場はこのまま使わせろよ!」

「あ、ああ……それは構わないし、願ってもない事だよ! いやぁ、助かった……有り難うネルソン君! 君のお陰だよっ!!」


「ああ、言っておくが仕事はしねえからな。俺が受けたのはこのガキを鍛冶師に仕込む仕事だ。仕事するならこのガキだ。しかし、ある程度使える様になるまで仕事はさせねえ。そして仕込めたとしても銅貨なんてふざけた金額じゃ仕事させねえからな、覚えておけっ!!」

「そ、そんなっ! それじゃぁ何も変わっていないのと同じじゃないですかっ!? 彼が仕事憶えるまでどうすればいいんですかっ!?」


「知らねえよ。ワシはお前等の為に仕事をする気がネエのは変わってねえからな! どうしてもってんならこのクソ可愛くねえバカ弟子に頼むんだなっ! 馬鹿でも弟子は弟子だからな、ソイツの頼み位ならきいてやるがよっ! ハッハッハ! このガキにそんな余裕が残るか見ものだわっ!!」


 鍛冶師の男は楽しそうに笑い鍛冶場に向って行き——ネルソンはやや顔色が悪いまま、


「……なぁ父ちゃん父ちゃん。オレ、もしかして『地雷踏んだ』ってヤツなんかな」

「……ああ、クリン君がたまに言っていたな。多分そうだと思うぞ。全く、何処であんな言い方覚えたんだお前。あそこまで煽ったらもう戻れないぞお前」


「いや、守銭奴に言われたんだ。『ネルソン君の言葉は職人の胸を抉りますから、どうしても職人に頼み事したい時は何時も通りに言えばいいですよ』って。何か、無茶苦茶こえぇ事になったんだけど……大丈夫かなオレ?」

「……知らん。男子たる者、自分の言葉には自分で責任を持て。まだ八歳で大分早いが、お前はもう自分で将来を決めたんだ。ならその道を進むしかない」


「……だよなぁ……はぁ、まぁ将来無職でおんだされるよりマシだーって守銭奴なら言いそうだし……アイツみたいに職人ってのになるのも悪く無いか……」


 ハァ、と溜息を吐きネルソンは、


「バカ弟子って、多分オレの事だよなぁ。これ、やっぱ弟子入りした事になるんだよなぁ……もしかしなくても早まったかなぁ……」


 とぼやきながら、鍛冶師が入って行った鍛冶場に向かってトボトボと歩いて行った。

以上でクリン君が去った後の村編は終了です。


実際の職人さんにコレ言わせようとしたらマジでこんな感じになります。そしてもし言わせちゃった場合。物凄く職人から嫌われます。

ヘタしたら職人に知れ渡って次から引き受けてくれる人が居なくなる位に嫌われます。ですので興味本位で試さない事をお勧めします(笑)


割と、職人気質を理解されている方にはこの展開読まれまくっていますが、知らない人はただのギャグやマンネリだと受け取られていたので、一度説明する必要があるなぁ、と思い今回の流れになりました。


なのでこの流れでは村を潰すのは難しいので今回は生き残りました(笑)

まぁ、この村の話は後にまだ何回か出す予定ですので……その時も生き残れればいいよねぇ……


なにはともあれ、こぼれ話はコレで終了です。まだいくつか残っていますがそれは別の機会と言う事で。


次回からは本編の再開です。

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