第117話 閑話21 ある村に迫る落日。 後編
最近昼間や夜が暑くて上手く頭が働かないので、夜の9時には寝て朝の2時や3時に起きて早朝執筆すると言う、サマータイムならぬジジぃタイムを実施中です。
この時間は涼しいので比較的書きやすいのですが……コレはコレで眠気が中々とれません(笑)
「言っておくがまだあるぞ。この大馬鹿野郎はな、他にも一つの修理に掛ける時間を予め決めて、その時間内で出来る範囲での修理に限定する事であんなガキの駄賃の様な金額を実現させていやがった」
鍛冶師の男はクリンが置いて行った道具の中で、使い道が今一解らない葉っぱ型の皿の様な土器を手に取り二人に見せる。皿の底には焦げた後が見えた。
「確かにこれは時々クリン君が使っていたが……確か乾燥させたハーブを粉末にして燃やしていたことがあったが……?」
「コイツの上には乾燥させたマリーゴールドが乗っていたわ。燃えカスも多少乗っていた。そこから察するに、その再生炭と同じようにコレを粉末にして練って固めた物を燃やしていたんだろうよ」
「そうか……そう言えばそんな物も燃やしているのを見た事があるが……だがそれが?」
「解らんか。粉を練って作ると言う事は、同じ物が何個も作れると言う事だ。つまり『燃える速度が殆ど同じ物を作れる』と言う事だ」
「まさか……それを使って時間を計っていたと!? しかし、それは一体何のためですか? そんな事をしても大して意味は……」
村長が驚いて聞いて来るのに、鍛冶師の男は呆れた顔をする。
「そんなのは作業時間を計るために決まっておるだろう。この大馬鹿野郎が修理したと言う物を幾つか見せてもらったが、その中に明らかに途中で作業を切り上げた様な微妙に修理が終わっていない様な物や、コイツの腕なら治せそうな物が幾つかワシが来た時に治す様にと手付かずで返していたりと、不自然な物が幾つかあった。そんな事をする理由など『修理に時間が掛かるから炭代が割りに合わない』以外に考えられんだろう。その基準にする為に、練ったハーブが燃え尽きるまでに修理出来る物はし、出来ない物はそこで止めるか最初からやらないでワシに押し付けておったのよ!」
「何と小癪な真似をするじゃないか」と、何故か嬉しそうに鍛冶師が笑いながら言う。村長とトマソンはクリンがそんなことまで考えて仕事をしていたのか、と改めて知って背筋に冷や汗が流れる思いだ。
まぁ、コレも因果は別の所にあり、夏場に虫が鬱陶しかったので虫よけにマリーゴールドを乾燥させた物を蚊取り線香代わりに燃やしていたのを、長持ちさせるために練り香にして燃やしていたが、時間を計るために使えると考えて燃やしていただけだったりする。
トマソンは最初にクリンの鍛接技術を目にしていたが、村からの修理の仕事を受注してからは、割と粗さが目立つ事に気が付いてはいた。その辺はやはり子供なのだと勝手に考えていたのだが、まさか単に「必要以上に丁寧に直すと赤字になる為」に、必要最低限の修理に敢えてとどめていたとは思っても居なかった。
村長は村長で、まさか子供に「手を抜く」なんて技を使って鍛冶作業が出来るとは思っても居なかった。手を抜くと言うのはアレはアレで確かな技量が無ければできない事だ。そうでなければ「どこの手を抜けばいいのか」などの判断ができる訳が無い。
そんな二人の考えを見透かしたように、鍛冶師の男は「フン」と鼻で笑う。
「この大馬鹿野郎がヤッツケ仕事や手抜きをしていた、とか考えているのならお門違いだ。そもそも銅貨二十五枚で修理しろっつうのが無茶なんだよ。それで儲け出そうとすりゃ、直ぐに再修理前提で狭い範囲で修理するしかねえよ。しかも修理された物を見る限り……フンッ、コイツは『テメエの腕』上げる絶好の機会だと、限られた時間でどれだけ全力で修理できるか、なんて遊び感覚でやっていやがるな」
鍛冶師の男はそう言ってトマソンが身に付けている手甲を指差す。
「衛兵崩れ。お前のその装備もこの大馬鹿野郎が直した物だな? 革と装甲板の間に指を突っ込んで見ろ」
そう言われ、何の意味があるのか分からないが、トマソンは取り敢えず指が入りそうな隙間を見つけて入れてみる。特に抵抗も無く差し入れられ、抜く時も簡単に抜ける。
「言われた通りにやって見たが……コレが何か意味あるのだろうか?」
「指、ケガしてねえだろ?」
「うん? ああ、確かに何ともないが」
「普通手抜きしようとしたらよ、そう言う裏っ側なんざ手付かずでバリだらけよ。どうせ革で隠れるからな。だがこの大馬鹿野郎はキッチリとヤスリ掛けてやがる。完全じゃないが怪我はしない程度にちゃんとやって有らぁ」
そんな気遣いまでしていたのか、とトマソンは改めてあの少年の芸の細かさに驚く。こういう仕事は腕に自信がある職人や拘りの強い職人に多い。普通の人が触る場所は普通に造ればそれでいいが、へそ曲がりは先ず真っ先に普通の人が触らない所を触る。そう言う所にこそ気を付けて作業するのは、古い職人気質の人間の性の様な物だ。そう鍛冶師は言う。
「やはり気が付いて無かったようだな。まぁ、兎に角だ。この大馬鹿野郎は銅貨二十五枚だ五十枚だの仕事を実現させるために、ココまでの事を平然とやってのけたのよ。恐らく正規の金がとれていたらもっと丁寧な仕事は出来ただろうによ。しかも肝心の客であるお前さんらは全くその事に気が付いておらず、村からさっさと追いだしたのだからこの大馬鹿鍛冶師も不憫よ。いや、こやつにとっては寧ろ良かったのかもな。こんな物の価値が分からん馬鹿共に腕を使い潰されるより遥かに良いだろうよ」
何も言わなくなった村長とトマソンに、鍛冶師の男は面白くなさそうに「フンッ」と鼻を鳴らすと、二人に背を向け自分が纏めていた荷物の所に向かう。
「まぁそう言う訳だ。どんな仕事をしようが全く気が付かず、正当な金を払おうとしないこんな胸糞の悪い村で鍛冶などしとられん。ワシはこの馬鹿野郎みたいな真似をする気は無い。コイツの忠告に従ってさっさと村を出て行くさ……腹ただしいがな」
「……忠告?」
「ああ……まぁお前さんらに解る訳ないよな。忠告つうか、盛大な自慢だな。ったく、やる事が一々厭味ったらしい大馬鹿野郎だぜ」
鍛冶師の男は苦々しい表情に、口元だけ笑みを浮かべ立ち止まるとクリンが残していった加工具類にもう一度視線を向ける。
「なんで前の鍛冶師がこんな物を態々残していったと思う? この道具は全部あの大馬鹿野郎が自分で使う為だけに作った物だ。それを解体しないで残していったってのはな……この野郎、ワシに向かって『どうだ、俺はこんな道具を作ってこの村の連中の無茶に答えて鍛冶してやったぞ!』って自慢してやがんのよ。このワシに、『同じ事ができるか?』ってなぁっ! ああ、腹立つじゃねえか! ここに残していった道具はぜーんぶ『こう言う物使わないとこの村では仕事にならないから使いこなして見せろ』って言う、自慢と気遣いだよ! このワシに向かって!! 三十年以上ずっと鍛冶一筋だったワシが!! 気遣われているんだぜ!? 滑稽じゃないか、なぁ!? この村で鍛冶屋をするならこれ位の事をしないとやっていけねえと教えてやがるんだよ、この馬鹿は! このワシに向ってよっ! やるわけねえだろ、んな苦労すると分かり切っている事をよっ! 半分引退決め込もうって鍛冶師に無茶言うんじゃねえよ、誰に向かって煽ってんだクソガキがっ!!」
それまで落ち着いて解説して見せたのが嘘の様に、道具類を見ながら鍛冶師の男は怒気も顕わにそう吠えた。
どうやらコレはコレで、実は職人同士には分かる職人向けの自慢であり煽りであったらしい。その事だけは何とか理解出来たトマソンは、
「クリン君らしいのだが……せめてやる前に一言言っておいて欲しかった……いや、言っていたか……置き土産とはコレの事だろうな」
とぼやき、村長は頭が痛いと額に手を当てて、
「村を出て行ってから、そんな子供っぽい面を見せるとか、性格悪すぎだろうあの子……」
と、こちらはコチラで「あの子らしくはある」となんか納得してしまっていた。
「……そうだよな。コレはやっぱりガキがやる事よな……なぁ、衛兵崩れ。お前さんや村長がこの大馬鹿の事を子供と何度も呼んでいたが……本当にガキだったのか?」
一通り吠えて気が落ち着いたのか、静かな口調に戻った鍛冶師の男が聞いて来たのに、トマソンは頷きながら答える。
「ああ。この村に来た時は五歳だった。出て行った時は六歳だ」
「信じられねぇな……修理の腕に甘い所も見られるから若ぇとは思っていたが、五歳のガキにこんな仕事が出来る物か? ……だがこのガキっぽい自慢の仕方見りゃ確かにその位の小僧とも思える……もし本当にこの大馬鹿野郎が五、六歳のガキだったってんなら……アンタらはそれ以上の大馬鹿野郎だな。確かにワシに比べたらまだ甘ぇがよ、後十年もすれば十分一流になれる位の腕の、将来性しかねぇ鍛冶師をあっさりと村から追い出してこんな老い先が知れたジジィを招いてんだからよ」
「良い面の皮ってやつよ」と自嘲気味に笑い、村長とトマソンに目を向ける。
「悪いがな、ワシにはこの大馬鹿の様な情熱はもう残ってねえのよ。テメエらの様な物の価値も職人の苦労も解ろうとしない奴らの元でよ、恐らくこのガキは『スキルが上がるからまぁいいか』みたいな感じでよ、ポコポコ良く解らねぇ道具作ったんだろうよ。だがワシはそこまでして割りに合わねぇ仕事受けてお前等を喜ばせる義理も体力も筋合いも無ぇ。折角煽りくれたガキにゃ悪いけれどよ、ワシぁお前等の様な不義理な奴らの為に働く気はコレっぽっちも無えのよ。老後の余生ついでにやるつもりだったからな。だから鍛冶師が欲しいってんなら他所を当たってくんな。もうワシにその気は無ぇよ」
鍛冶師の男はそれ以降何も言おうとはせず、荷造りを再開してしまった。理由を聞かされたトマソンと村長はその言葉の正しさに納得してしまい、それ以上何か言う事が出来ず、ただその作業を見守る事だけしかできないので有った。
こうして。新しく村で鍛冶師を擦る筈だった男は村を見限り、定住する事は無く村から出て行ってしまい。やがてこの村では鍛冶師を粗末に扱い買い叩くと言う噂が広まり、新しい鍛冶師が村にやって来る事は無く、静かに衰退への道を進む事になる。
筈だった。しかしその未来は、
「なぁなぁ、おっちゃん。それならオレが鍛冶師やるからさ。出て行く前に鍛冶のやり方、オレに教えてくんねぇ?」
と言う生意気そうな少年の一言により回避される。
はい、実は同業者相手にはライバル心バキバキのクリン君でした。
同業者には分かる様に仕事の成果で後任に煽りくれていたりします(笑)
後、道具を残していくのならついでに自慢もしたかった様です(笑)
そして。最後の最後に出て来る謎の少年(棒読み
と言う訳で閑話はあと一話だけあります。